ややこしく、熱い


 肝心の実行委員の集まりの方は、滞りなく終わった。

 一週間以内にクラスの出し物を決めてくること。その時、できるだけ他クラスと被らないようにすること。

 これが実行委員の最初の仕事だ。


「春野くん、わたし空手があるから。じゃあね」


 そう言って背を向けた菊川さん。

 が、またすぐ振り返った。


「あ、その前にこれ共有しとく」

 菊川さんがスマホをなにか操作すると、ポケットに突っ込んだ俺のスマホがブルブルと鳴る。



 見ると、リアル用のメッセージアプリに新着通知が来ていた。


 クラスのグループチャットの上に、『舞由』と書かれたメッセージ欄。

「あれ、連絡先交換したっけ?」

「いやいや、グループチャットの参加者一覧からたどれるじゃないの」


 あっそうか。こっちのアプリは普段使わないからいまいち慣れない。


 開くと、いくつかのリンクと、お化け屋敷・喫茶店・アトラクションといった文字列が並んでる。

「とりあえず、出し物候補をリストにしといたから、これで来週みんなに提案しようか」


 

 菊川さん、仕事ができる。さすが陽キャ(?)……



 と思った瞬間、最後のリンクを見て俺は吹き出してしまった。


「ちょっと、どうしたの?」

「いや、だって最後のやつ……」


 俺は二度見して、念の為リンクをタップしてみる。


 

『スキル『パワー』で怪力無双 ……』


 うん。どう見ても俺の小説だ。



「ごめんごめん、それはさっき言った、わたしの今ハマってる小説。よかったら、春野くんも読んでみてよ」

「ああ……わかった」


 気の抜けた返事を俺がしているうちに、菊川さんはバイバイと手を振って廊下に出ていってしまった。



「…………」


 言葉が出ない。

 まだ周りには他の実行委員の生徒がいて雑談をしているのにもかかわらず、その声がいまいち耳に入ってこない。


 俺はもう一度手元のスマホに視線を落とす。



 陽キャ美少女の菊川さんから、個別チャットで連絡が来て、しかも俺の作品のリンクがおすすめだと紹介されている。



 ――興奮と動揺で、どのルートで高校から最寄り駅まで歩いてきたか、よく覚えていない。



 ***



 帰宅する。


 夕飯を食べて、風呂に入り、自室でリラックスする。



 いつもなら、ここから執筆作業に入るか、深夜アニメが始まるまでWeb小説のチェックをしているかである。


 でも今日はその前に、やらなければいけないことがあった。



 まいひなさんとのメッセージのやり取りをスマホで開く。

 そのスマホを一旦机の上に置く。


 軽く深呼吸。


 

 ――今さら何ひよってるんだ俺は。

 決めたんだろやるって。


 何かややこしいことになっちゃったけど、最初から興味を惹かれていたのは事実。

 まいひなさんと菊川さんが同一人物だとわかって慌てたけれど、それでも依頼を受けたことが嬉しかったことに代わりはない。


 それにどんなことであれ、小説を書くのは自分の実力アップにつながる。


 いや、それより何よりも。



 自作について、自分の考えたキャラについてあれだけとりこになってくれる人が現れたら、その人の期待に応えてやりたいに決まってるじゃないか。


 リアルとかSNSとか、そういうのは置いといて、である。



 面と向かってしびれちゃうなんて言われたら……



『まいひなさん。依頼、お受けしたいと思います』



 ゆっくりとその文字を打ち込んで、送信ボタンを押す。


 はー…………



 なんでだろう。肩が凝っている。

 変に力が入っていたのか。


 間が嫌になって、トイレに立つ。



 ――部屋に戻ると、スマホがそれはもう鳴りまくっていた。


『ありがとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

『ありがとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

『ありがとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 えっと、誤爆?

 ここまで来ると怖いよもう。


『いえいえ、こちらこそ。まいひなさん落ち着いて』

『あっ、すいません……でも、落ち着けないです! あのリュウを生み出した、創造主様に書いていただけるなんて!』


 創造主様ってなんだ。間違ってはないけど持ち上げが過ぎる。


『そんな大げさなものじゃないですよ。で、何文字ぐらいがいいです? 本編の更新の合間に書くんで、短くてもすぐには難しいですが』


『10万字……と言いたいところですが1万字でお願いします』


 1万字でもそんなに短くはないが……



 いやでも。

 菊川さんの笑顔が脳内によぎる。


 多分、長いのを書けば書くほど、菊川さんはあんな笑顔を浮かべるんじゃなかろうか。


 あれを思い出すと、身体が熱くなる。

 美少女に褒められて、嬉しくない人はいない。


 菊川さんが、俺を俺と知らずに褒めてくれる。

 彼女はリュウについて話してるわけで、俺について話してるわけではないはずなんだけど。



 うん、やっぱりややこしい。


 確実なのは、俺と菊川さんとの変な関係が始まったということだ。

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クラスの陽キャ美少女に二次創作夢小説を書くようお願いされています しぎ @sayoino

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