陽キャパワーと勢い

 ***



「春野くん? 行くよ」

「ごめん、どこだっけ実行委員会」

「特別教室B。別棟」


 翌日の放課後、いきなり実行委員会の集まりがあった。

 教室の出口でわざわざ待ってくれていた菊川さんと、別棟へ向かって歩いていく。


「でも意外だね。春野くんってこういうのはやりたがらないのかなと勝手に思ってた」

「えっ? まあ、あれだ、暇だったし?」


 立候補した本当の理由を菊川さんの前で言えるわけないので、俺は適当に濁す。


 ってか、菊川さんと1対1で話すなんて初めてである。

 わずかにほほえみながら会話する菊川さん、陽のオーラが全身から溢れ出してるかのよう。


「菊川さんは? やっぱり唯一帰宅部だから? 他にやりそうなやつがいなかったから?」


 ついその陽キャパワーに気圧されて声が小さくなってしまうのをこらえて、俺は喋る。

 2次元の美少女を前にしてもテンションが上がるだけなのに、3次元になるとどうして緊張してしまうのか。


 

「それもあるけど、わたし冒険してみたかったんだよね」


 冒険?


「正確には、思い切って新たなことをやってみたい! って感じ」

「それが、文化祭の実行委員?」

「うん。最近、勢いで行動したら良い結果が生まれた、ってことが何回かあったの。だから、その勢いに任せて今回もやってみようかなって」


 陽キャ、ノリと勢いを重視しがち。

 そんな勝手な偏見で、俺は納得する。



 いや、待てよ。

「そうなのか。具体的にはどんな良い結果が生まれたんだ?」


「えっと、中間試験で、わからなくて勢いで書いた答えが合ってたことと、空手で当たって砕けろぐらいの気持ちで格上の人と試合したら勝てたことと……あと、前から気になってた人に思い切って依頼をしたら、すごく好意的に接してくれたことかな」

「前から気になってた人?」

「うん。……小説の作者さん、なんだけど」


 やっぱり。

 

 ということは、あのメッセージのやり取りを、菊川さんはおおむね喜んでくれているということである。

 とりあえず一安心だ。


「小説? ……どんな?」


 この際だからもう少し聞いてみるか、と俺はとぼけてみる。


「えっとね……なんていうのかな、マンガみたいな小説なんだけど、最近はああいうのが流行ってるのかな、普通の主人公が異世界に転生して活躍するお話」

「ああ……確かに流行ってるな。へえ、菊川さんってそういうのも読むんだ」


 どことなく言いづらそうな菊川さん。

 やはり大っぴらにWeb小説を読んでるとは周りに言ってないのだろうか。


「うん、たまたまSNSで流れてきたのを読んだら結構面白くて……特に主人公がかっこよくて。それで、思い切って話したくてメッセージを送ったの」

「……すごい行動力だね」

「こういうのは、思ったときにすぐ行動した方が良いから。『なんでも素早く!』って、わたし父さんにずっと言われてるんだ」


 その行動力、俺も少しは見習うべきだろうか?

 と、なかなかまいひなさんに返事する決心がつかない自分を省みる。



「でもなかなかできないよ、作者に直接メッセージなんて。よっぽど面白かったんだな、その小説が」

「うん、わたし空手やってるから、やっぱ強い主人公に憧れちゃうんだと思う。マンガでも強い主人公がバトルで勝つのが好きだし。でも小説でそういうのが読めるなんて思わなかったからびっくりしちゃったの。セリフがかっこよくて、『俺に任せろ。あれぐらいならちょうどいい遊び相手だ』とか言って敵の大軍に1人で立ち向かっていって、本当にすぐ倒しちゃうの。もうしびれちゃう」


  

「それは……ありが」

 ありがとうございます、と言いかけた口を慌ててつぐむ。


 危ない危ない、リアルで小説を褒められることなんて当然初めてなのでつい気が緩んだ。

 それもシーンを具体的に言われるなんて。Web小説で最も重要と言われ、だからこそ力を注いで書いたつかみのシーンなのだ。


「ん、どうしたの?」

 俺が慌てたのに気づいたのか、菊川さんが少し顔を近づける。

 気になったことは容赦なく突っ込みをしていく、陽キャの疑うことを知らない目。


「あ、えっと、俺もWeb小説読むからさ、菊川さんもそういう魅力がわかるんだ、って思って」

「まあね。もしかして、ちょっと男みたいかな?」

「どうだろう。確かにあの手の話は男性読者の方が多いと思うけど、女性読者も全くいないわけではないし、ありなんじゃないかな」


 ただ、さすがに女子高生は珍しい、という言葉が喉まで出かける。

 言わなくて良いことは、言わないようにしないと。



「良かったー!」


 え?

 目の前の菊川さんは、なぜか大きく息を吐く。

 別棟へ向かう渡り廊下は通る人が少ないからか、声まで大きく聞こえたような。


「あ、ううん、ちょっと気になってただけだから。女でああいうのにハマる人って珍しいのかな、って思って。作者さんにも思いっきり女子高生ですって自己紹介しちゃったし」


 

 そこ、気にしてたんだ……

 あんな長文で熱く語りながら、そんなことを考えていたのか。


「勢いでメッセージ送っちゃったあと、少し心配になってたんだけど、気が晴れたわ。春野くんありがとう」

 菊川さんが小さく右手でガッツポーズするのを、俺は見逃さなかった。


「心配しなくていいよ。相手が誰であれ、作品に感想とかもらって嬉しくない作者なんていないから」

「わかったわ。春野くん、小説のこと詳しいのね」


 やばっ、やっぱり調子に乗って喋りすぎてたか。

 悪い気はしないが、小説のことをリアルで色々話せて嬉しいが、変に感づかれたくはない。

 陽キャ美少女、クラスでも中心的な立ち位置にいる菊川さんと喋るのは、どうしても緊張する。やらかしたときに作る敵が多すぎる。


 菊川さんのまぶしい笑顔に、熱くなってる場合じゃないのだ。



「まあ、結構前から読んでるし……あっ、ここだな特別教室B」


 タイミング良く目的地の教室が見えて、俺は胸をなでおろした。

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