参考資料と天球儀と運命


「春野! ありがとな立候補してくれて。天文部の方は大丈夫なのか?」

「ああ、平気です。天文部は部長がほぼほぼ1人でやるので」

 天文学の専門的な知識は皆無だし、俺は力仕事でもあまり戦力にならない。

 そもそも栗橋先輩、何か文化祭で企画とかやるつもりなのだろうか? 全く聞いてないけど。


 

「そうか。じゃあ決定だな。春野、菊川、よろしく頼む」


「春野くん、よろしくね」

 菊川さんがこっちを見て、小さく右手を振ってくれた。


 俺みたいなやつにも笑顔で接してくれる、これが菊川さんの懐の広さか。



「じゃあ今日はこれで終わりだ」

 担任の声とともに、友人が何人か寄ってきた。

「意外だな。竜が実行委員なんて」

「お前こういうのやりたがるタイプなのか。まあ、こっちとしてはありがたいけど」


 なんだかからかわれているような気がしなくもない。

「どうせ暇だしな。部活も俺は何もしてないし」

「そんなこと言って、あれだろ。菊川さんにお近づきになりたいんだろ?」

「ああ、やっぱりそうか。竜、陽キャにつられちゃうタイプかー」

「ちげえよ」


 何しろ、俺は菊川さんから夢小説を書いてと言われているのだ。

 依頼を受託するにも、実際に書くにも、菊川さんのことをよく知る必要がある。

 そのためだ。

 あくまで執筆の参考資料だ。



「そうかそうだよなあ。竜には栗橋先輩がいるもんな」

「部活でもお手伝いするんだろ? 2人きりで夜の星を見上げるとかしないのか?」

「やらねえよ。やっても俺は行かない」

 そういうのは栗橋先輩に勝手にやっててもらおう。


 ってか俺は天文部も文化祭実行委員も出会いのために行ってるんじゃねえよ。Web小説のためだ。


 うん、これは菊川さんが夢小説なんて依頼してきたせいなんだ……



 ***



「というわけで、文化祭実行委員になりました」

「そうかー。春野は貴重な天文部の戦力だったんだけどなあ」


 天文部室に入った俺がそう報告すると、栗橋先輩は小さくため息をついた。


 

「ってか栗橋先輩、なにかやるんです? 文化祭で」

「もちろん。天文学の魅力を広めるためにプラネタリウムを開催しようと思っている」

「プラネタリウム?」


 栗橋先輩は部室の角から移動式のホワイトボードを引っ張ってきて、黒いマジックで大きくプラネタリウムと書き込む。


「春野は見たことない? 見上げたドーム一面に満天の星空が輝くさまはすごいよ。特にわたしは都会育ちだからね。あれを初めて見たときは本当に感動した」

「いや、俺もプラネタリウムは見たことありますけど」

 と言っても、小学校低学年のときに遠足かなんかで一度連れていかれただけだけど。


「プラネタリウムって、そんな作れるものなんです?」

「ああ、簡単なものなら小学生でも作れるよ。夏休みの自由研究にもおすすめだ」


 栗橋先輩がまたホワイトボードに文字を書き出す。黒髪がわずかに揺れる様は、曇りがちな窓の向こうと反するような爽やかさを感じる。


 ほどなくして、アトウッド天球儀、という文字が現れた。

「わたしたちはこれの作成、展示に挑戦する。最後の天球儀にして、近代的なプラネタリウムとほとんど遜色ないレベルのものだ」

「はあ」

 俺は開いたノートパソコンでその文字列を検索する。

 

『1912年、アメリカ・シカゴのアトウッドによって作られた、直径4.5mの天球儀。4段階に明るさを変えた穴を用いて692個の恒星を再現した。惑星や、太陽・月も表し、内側に入るタイプの天球儀としては最も発展したものと言われる』


 へえ。


「って、そもそも天球儀ってなんです?」

「球体に星の位置などを書き込んだものよ。球体に地上の様子が書かれているのが地球儀だろう? 同じように、球体に天球……地上から見た星空の様子が書かれているのが天球儀だ」


 こういうことを話すときの栗橋先輩は、本当に目が輝いている。

 美人で胸がでかくて頭も良いのに、男の気配を全く聞かないのは、彼女が趣味に一途な人間だからだろう。

 夜空のスケッチのために始めた絵描きが、SNSでイラストを上げるぐらいになるのだから、相当なハマりようだ。


 栗橋先輩自身も異性に興味がないし、それを知ってるから男性側も積極的には行かない。

 高嶺の花というべきか、ミステリアスというべきか。



「で、アトウッド天球儀は、中に人が入れる巨大な天球儀。中を暗くして、星の場所に穴を開けておけば、外から漏れる光がそのまま星の光となる」

「でも、そんな巨大なものを作れるんですか」

「いや、さすがにわたしたちには無理なので、小さな天球儀を作る。その中に光源を置いて、暗い部屋で明かりをつければプラネタリウムの出来上がりだ」


 なるほど。


「できれば他にも模造紙に説明とかを書いて、来てくれた人に星空を見上げつつ展示を見つつわたしの説明を聞いていただきたい、ところなんだけど、そうか、春野は実行委員になっちゃったかあ」


 栗橋先輩、そのチラ目遣いやめてください。男はそういうのに弱いんです。


「ずっと言ってるじゃないですか。俺は部室でダラダラするため天文部に入ってるだけだって」

「残念だなあ。部室は準備の間、いろんな物を置いたりしてスペースなくなるよ? きっとだらけてる場所は物理的に無いよ? というより、部長権限で入れないよ?」

「部長ってそんな権限あるんですか」


 いや、あるって言われたら仕方ない。

 栗橋先輩は困る俺をあざ笑うかのように近づき、悪役令嬢のように見下ろしてくる。

 

 ……腕を組むとおっぱいが持ち上がって倍近く大きく見えるんです、無自覚に男を刺激しないでください。

 しかしその迫力が俺を追い込む。



「――まあ、実行委員だってずっと忙しいわけではないですよ」

「おお、そうかい」

「言っときますけど、俺は力仕事も得意じゃないし手先も不器用なんで、そんな期待しないでくださいよ」

「いや、もう本当にありがたい! あ、あと、もし手伝ってくれそうな友人がいたら、声をかけてもらえないかな」


 栗橋先輩、最初から他人を当てにしてたんです?


 まあ確かに、1人で作るのは時間かかりそうだな、と俺は画像検索した天球儀の模型を見ながら思う。



 ……全く、俺みたいな日陰の人間は、文化祭なんて陽キャイベントに積極的に関与することはないと思っていたが。


 これもWeb小説の取材活動の一環、ということにするしかない。



『三日野人先生と出会えたのは運命です!』


 まいひなさんからのそのメッセージが、ふと目に入った。


 この文化祭は、果たして運命なのだろうか。

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