竜とリュウと文化祭実行委員


『じゃあ、もし他の小説が初めてのWeb小説だったら、まいひなさんはその小説にハマってました?』



 送信ボタンを押して、気づく。

 こんなの、実際そうだったとしても作者本人に聞かれてはいなんて言えないではないか。


 はいと言ったら、極端な話何でも良かったということになる。

 最初に出会ったからたまたま印象に残ってるだけです。あなたの作品そのものに魅力はありません……なんて、俺だったら口が裂けても言えない。



 そして、返ってきた菊川さんの言葉はこうだった。


『あーそれは……わからないです。でも、いずれリュウには出会って、ハマっていたと思います』

『どうしてそんなこと言い切れるんです?』

『運命だからです。あまりにもリュウは、わたしの好みにピッタリでした。何より、自分が強いことをわかっているのが最高です。それでいて、自分の強さを自慢しない。空手の精神です』


 空手の精神って、そうなの?


『リュウに出会えたのがわたしの運命なんです。三日野人先生の作品がたまたまSNSで流れてきたのも、運命です』


 なんか、運命という言葉が安売りされてるような気になる。

 菊川さんから見た三日野人先生ってどう見えてるんだ。


『そうですか……ちなみに、三日野人って、どんな人物に思えますか?』


『なんとなく、リュウみたいに鍛えてる人をイメージしているのですが、どうです?』



 うん、これ俺が正体をバラしたら菊川さんは失望するだろう。

 大体強キャラを書いてるからって作者まで強そうな見た目をしてるなんてことは、まずない。


 純粋無垢な目をした菊川さんが、俺の脳内に一瞬だけ浮かぶ。

 SNSのつぶやきを見ても、インターネットの闇とかあまり触れてなさそうだし。


『残念ながら、そんなことはないです。むしろ自分も、リュウみたいな強さが欲しいですよ。というか、Web小説書いてる人、特にテンプレの転生チート書いてる人なんてそんなものです。自分の憧れの姿を、主人公に投影するんです』

 そうじゃないWeb小説書きさんごめんなさい。

 でもやっぱり、俺みたいにオタクの延長線上で書いてる、って人が多いとは思う。


『そうですか……じゃあ、三日野人先生とわたしは、憧れるものが同じということですね』


 

 な、なぜそうなる?

 菊川さんも、筋肉ムキムキのチート能力が欲しいのか?


『え、でも、まいひなさんはリュウになりたいわけではないでしょう? リュウと一緒にいたいのですから』

『あ、確かに、でも理想の姿が近いんですよ! わたし、こういう理想を共有できる人ってリアルでいなかったので、三日野人先生と出会えたの、やっぱり運命です!』


 えー……


 

 菊川さん、その運命感じてる人、同じクラスの根暗オタク野郎ですよ。

 ――とは思いつつ、若干の親近感も湧いてしまっている自分がいた。



 ***



 次の日登校すると、俺の隣の席には普段通り雑談に花を咲かせる菊川さんがいる。

 本当にこうして見ると、今までと全く変わっていない。


 それもそうだ。

 俺が偶然にも菊川さんのもう一つの顔を見てしまっている、というだけなのだから。

 


「よっ、竜」

「おっおう、おはよう」


 待て待て、今は俺が呼ばれたんだ。

 決して主人公・リュウの話をしてるんじゃない。


「どうした、挙動不審だな。さては今日の小テストの勉強してないな」

「それはお前もだろ」


 おかしいな、こんな動揺をすることなんて今まで無かったのに。

 教室でリュウや他のキャラたちのことを考えるのは今までもあったが、自分のこととリュウのこととの区別はしっかりついていたつもりだった。天文部室で執筆する用のノートパソコンも教室では取り出すことすらしないし。

 でも今、俺は間違いなくどきりとしてしまった。


 なんとなく菊川さんに視線が行っていたから?

 それだけで?




 ……結局、その日1日、悶々としながら俺は授業をこなした。

 

「みんな、部活行く前にちょっと待ってくれ。文化祭実行委員を決めるぞ」

 帰りのホームルームで男のクラス担任がそう言って、教室内がざわつく。


 中間試験が終わって一段落し、6月に入るとこの学校は本格的に文化祭へ向けてかじを切る。

 11月の当日までに、夏休みの間もフルに使って各クラス、各部活が準備を進めるのだ。


「男女それぞれ1人ずつな。それなりに仕事があるので、文化祭で忙しい文化部系の部活に入っているやつにはおすすめしないが……とりあえず、立候補するやつはいないか?」


 行事に積極的なやつでも、実行委員になりたいかと言われると話は別。

 特に1年生の俺らは、上級生の手伝いという裏方に回ることが予想されるし、面倒だろうなという先入観は拭えない。


 誰かやってくれ、というのが生徒側の総意である。



「そしたら、わたしがやります」


 その時、俺の隣の席から声がして、右手がすっと伸びた。


「おっ、菊川やってくれるか」

「はい。女子で部活入ってないの、わたしだけですし」


 行事とか、部活とか、課外活動に積極的なのがこの高校だ。

 部活への入部も強制ではないが推奨されており、生徒のほとんどが何らかの部活に所属している。兼部してるやつも多い。

 菊川さんのような帰宅部はかなり少数派なのだ。


「じゃあ女子は菊川で決定な。男子は……うちの男子はみんな部活入ってるんだっけか」


「どうする?」

「お前やれば?」

「えー」


 しかし、確かに女子の帰宅部は菊川さんだけというのがあるとはいえ、こういうのに立候補するのはさすがだ。

 運動部から助っ人を頼まれるのもそうだけど、やはり真面目なところがあるのだろう。実際、人望も厚いし。


 ダラダラしがち、すぐ流されがちな俺とは違う。

 うん、俺と菊川さんとで理想の姿が近いなんて、あるわけない。

 


 ――じゃあ、なんでそんな俺と菊川さんとの間に、接点ができてしまったんだ?


 俺はちらりと菊川さんに視線を向ける。

 気だるげにスマホを見つめる美しい表情の中に、何が隠されているのだろうか。



 気がつくと、俺は右手を上げていた。

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