純粋無垢な空手娘
***
その晩、風呂上がりの俺はパソコンでメッセージ欄を開いて、目が点になっていた。
「まじか、こんなに言っちゃうのか……」
――当然ながら夢小説を書く上では、夢小説の主人公たる女性の設定が必要である。
だから、お試しで聞いてみたのだ。
『まいひなさんのことについて少しお伺いしてもいいですか? 書く場合、情報が必要になるので』
そしたら、まあ色々と情報がやってきた。
『はい!わたしは高校1年生です。身長159cm、体重51kg、手足は細めですが空手をやってるので筋肉はそれなりについてると思います。ただ正直スタイルは良くないので胸を当てるとかはできないと思います。男性の筋肉を触るのは好きなので、それでリュウとはお近づきになりたいなと思ってます。学校では帰宅部ですが、良く頼まれて運動部の助っ人に行ってたりしてます。父親が空手の師範代なので、放課後は家の道場にいることの方が多いですね。髪型は大体ポニーテールで、後頭部のところで結んで首筋までかかるぐらいです。顔は、自分で言うのもなんですけどそこそこ良い方だと思ってます。他人とは良く話す方ですが、強くない男の人は好きじゃないので、異性関連の話題は時々周りと合わなかったりします。迫られたいタイプの人間なのでリュウにはガンガン来てほしいです!』
会ったこともない人に対して身長とか体重とか喋っちゃっていいのかよ。女ってそういうの男以上に気にするんじゃないのか?
あと出てきてる特徴がことごとく俺の知ってる菊川さん情報と一致しているのが辛い。
菊川さんの家は空手の道場で、彼女自身も幼少期からずっと空手を続けているんだそうだ。(だから学校の部活に入っていない)
こんなに言っちゃっていいのか。
俺が具体的に聞く前から。
……あれ。
じゃあ、俺が色々聞けば、菊川さんの情報をいくらでも引き出せるのでは?
そう思うと、ちょっと魔が差した。
『ありがとうございます。リュウじゃなくても、男性に言われて嬉しいセリフとかってあります?』
よし、まずはこのへんから聞いてみよう。
気長に待とう、と思ったが、数分で既読がついて返事が来た。
『それはもう、やっぱり『お前だけを守ってやる』ですよ! 自らの力が強いことを自覚したうえで、自分に対する絶対的な自信を持って放たれる、わたしだけに言われる言葉! 強い人間に守られたいのですわたしは!』
はー、菊川さんそんなこと考えてたのか……
学年で菊川さんにそんなこと言える男子はいないだろう。
男子に混じっても抜群の運動神経を持つ彼女だ、下手すると男子側が守られる事になりかねない。
とはいえ、これを聞いたところで俺自身が参考にできることはないのだけど。
リュウと違って、リアルの俺はどう考えても守られる側である。
『そういうのって、現実で言われないからこそ、言われて嬉しいものなのです?』
『それはありますね。わたしの周りには、そういうことを言ってくれる男性の方はいないのです。いえ、もちろんそうそういるものじゃないのは理解してますが、夢を見るのは自由じゃないですか』
そりゃあいないよ。菊川さんの能力を知った上で、守ろうって考えが浮かぶ人いないよ。
『まいひなさんは、どうしてそういうことを思うようになったのですか?』
『そうですね……やっぱり、強い男性に対する憧れがあるんだと思います。わたしはさっきも言ったように空手をやっていて、父が師範代だったので一番身近な男性が強かったんです。それできっと、自然と強さを追い求めるようになったのかなと』
ですよねえ。空手の師範代と張り合える男性なんてそうそういないぞ。
『だから、そういう強い人を作り出せる三日野人先生も、同じぐらい憧れています』
!?
不意打ちのように出てきたハンドルネームに、俺はメッセージの内容を二度見してしまった。
『あ、ありがとうございます』
『感謝してます。リュウというキャラクターを作り出してくれて、あれだけ強いキャラクターにしてくれて。三日野人先生の作品に出会えたわたしは本当に運が良かったと思います』
いやいや、嘘だろ。
俺なんかより上手く小説を書いてる人は、それこそ掃いて捨てるほどいる。
それにリュウみたいな転生チート強キャラなんて、Web小説ではどこにでもいる平凡なやつだ。
まいひなさん、いえ菊川さん、本当に俺の作品以外読んだことないのだろうか。
『それだけ言っていただき、本当にありがたいです。しかし……なぜリュウなのですか? 強いキャラクターというのなら、リュウ以外にもたくさんいます。自分以外にも、転生チートで無双するキャラクターを書いてる作者は本当にたくさんいます。その中で、なぜリュウを選んだのか、お聞きしたいです』
これは、実際に夢小説を書く上でも、避けては通れない質問だ。
リュウを選んだ理由には、菊川さんが考えるリュウの魅力が詰まっているはず。
『なぜ、ですか……正直、一目惚れとしか言いようがないんですよね。わたし、三日野人先生の作品が初めて読んだWeb小説なんです。そもそも、それまで小説なんて、教科書で読んだことあるぐらいだったので』
やっぱりか。
初めて見た物を親だと思ってついていく動物の赤ちゃんではないが、最初の出会いってのは人の心に強烈なイメージを残すということなのだろう。だからこそWeb小説では1話目が大事!と言われるわけで。
『マンガとかは、兄が読んでた雑誌をたまに読んだことあったんですけど、小説って真面目なイメージがあったんです。だから、リュウみたいなマンガっぽいキャラクターが、小説にいても良いんだっていう驚きがあって。それで、小説だとリュウから湧き出る自信とか、そういうのがマンガよりもすごく読んでて心に響いて……』
俺は、初めてWeb小説を読んだときのことを思い出した。
それ以前からラノベを読んでたから菊川さんみたいな感想は抱かなかったけど、軽い文章とか、展開のスピードとかに驚いて、そしてそれをとても良い!と思った記憶がある。
『それでリュウ好きだな、と思ってたところに、ファンアートを見て、それで筋肉のとりこになっちゃったって感じです。あの、カスタネアさんの、ヒロインキャラに囲まれているやつです』
ああ、あれか。俺が初めてもらったファンアートだ。
ただのうぬぼれかもだけど、リュウの顔が若干俺に似ている気がしてお気に入りなんだよな、あのリュウがヒロインに取り囲まれてるやつ。
多分描いていただいた、カスタネアさんの絵柄のせいなんだろうけど。これも一つの偶然なのか。
偶然といえば。
菊川さんの初めて読んだWeb小説が俺のだった、というのがまさに偶然以外の何物でもない。
もし、その偶然がなかったら。
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