アドバイスに従ったら彼女が興奮しました

 ***



「ありがとうございます。とりあえず知り合いには、『その情熱に答えてあげれば?』って言っときます」


 そう栗橋先輩に言った翌日、俺はいつもよりちょっと早めに登校した。


 教室には、部活の朝練に来た人のバッグがいくつか置いてあるぐらい。

 人のいない空間は、執筆するにはちょうどいいかもしれないが、今日はそれが目的ではない。



 俺は自分の席にカバンを置いて、周りを警戒する。


 そしてポケットから取り出した、メモ帳の1ページを四つ折りにした紙片を、素早く菊川さんの机の中に滑り込ませた。



「……ふう」


 本当に菊川さんがまいひなさんなら、この紙片に絶対反応するはずだ。



 

「おはよう!」

「おはよー、舞由。昨日のドラマ見た?」


 トイレで時間調整をしてから教室に戻ると、ちょうどお目当ての菊川さんが登校してきたところだった。

 相変わらず他の女子とドラマの話をしている。いつものポニーテールに、ごくごく自然な笑顔がまぶしい。


「なんだ竜、今日は登校早いじゃん」

「そうか? たまたまだよ」


 俺は友人に対し適当に相槌を打ちながら、それとなく菊川さんに視線を送る。

 菊川さんは女子とのあいさつを済ませて俺の隣の自席に着き、通学カバンを置く。

 

 

 そして、無造作に机の中に右手を突っ込んだ。



 ――よし。

 菊川さんの動きがほんの一瞬止まって、出してきた右手は握りこぶし。

 その手を開くと、机の上に俺が入れた紙片。

 すぐさま菊川さんはそれを広げて――



「!?」



 右手で口を覆い、あたりをきょろきょろ見回す菊川さん。




 ――今度こそ間違いない。

 あの反応は、菊川さんがまいひなさんであることを示すものに他ならない。

 あんな顔を真っ赤にした菊川さん、見るのは初めてだ。

 



 と、菊川さんが胸ポケットからスマホを取り出し、すごい勢いでなにか入力し始めた。


 そして俺のスマホがブルブルとメッセージ受信を伝える振動を鳴らす。



『三日野人先生! 今朝登校したら、わたしの机の中に手紙が入ってて、わたしが三日野人先生に依頼をしたことが書かれているんですけど、どういうことですか!!!』

『そう言われましても……こちらは全く心当たりがないのですが』


 俺はしらばっくれる。

 紙片には『まいひなさん、執筆の依頼をいただきありがとうございます。リュウのことを愛していただいたことも感謝します。もうしばらくお待ち下さい。 三日野人』と文字を詰め込んだ。菊川さんがまいひなさんなら、これを見て反応しないはずがない。


『じゃあ先生、誰かにこのことを話したんですか? いや、確かに秘密にしてくれとは言ってないですが、でも』

『そうですね、実は友人に少し。だから、その友人がもしかしたらまいひなさんのリアルの知り合いだった可能性は捨てきれません』


 そうだったとしても、こんな紙片を送りつける友人は悪趣味だと思うが。

 でもこれぐらいしか菊川さんがまいひなさんだと確証を得られる手段は思いつかなかったんだ、許してほしい。


 俺は栗橋先輩の確かめちゃえば?というアドバイスに従ったまでだ。


 

『んんん、じゃあその友人の名前を教えてもらえますか? あと、その友人にはもうこの依頼のことを話さないでください。あ、もちろん他の人にも話さないでください』

『わかりました。秘密は守ります。でも、その友人の名前は教えられません。これも秘密なので』


 そう俺が返すと、ハートのスタンプがついて、そこで一旦やり取りは終わった。


「どうしたの、舞由?」

「え? ううん、なんでもない」


 ちょうど別の女子が菊川さんに話しかけてきた。とっさに菊川さんが紙片を右手に握って後ろ手に隠すのが、俺の席からはっきりと見えた。

 


 とはいえ、やっぱりなんか申し訳ない気がするので、昼休みに再度メッセージを送信した。


『今朝の件、申し訳ありません。友人に確認を取ったところ、そのうちの1人がいたずらでやった、とのことらしいです。彼に代わって、自分からもお詫びします』

『その友人が、本当にもうこういうことをしないのなら、わたしはもう良いですが……その友人から、わたしのことって何か聞いてます?』

『いえ、何も教えてくれませんでした。自分からはもう、何も詮索しないつもりです』


 詮索するも何も、まいひなさんが菊川さんであるということがもう確定してしまったわけだが。

 

 

『あの……まいひなさんは、自分への依頼を続けますか?』


 一応聞いてみる。

 彼女の気分を害してしまったことは、紛れもない事実だ。


『もちろんです!!! よろしくお願いします!!!』


 ……ぶれないなあ。



 教室の反対側の隅にいる菊川さんに視線を向けると、会話している他の女子には目もくれずに、スマホを見つめて顔が興奮していた。


 あの顔は、俺とのメッセージのやり取りで生まれているんだよな……


「どうした、竜」

「何だよニヤニヤして」


 男子に話しかけられ、俺はとっさにスマホの画面を暗くする。


 ――このやり取りは、俺だけの秘密だ。

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