これは知り合いの話なんだけど


「で、春野。ため息の理由は結局なんなんだい?」

 なんだ、栗橋先輩忘れてくれなかったか。


 しかし『自分の小説の二次創作夢小説を書いてくださいと言われ、しかも相手がクラスメイトの女子らしい』なんてこと、誰に相談できるというんだ。というかもちろん栗橋先輩にも俺がWeb小説書いてるなんて言ってないし。


 

 でもなあ。

 俺はニコニコしながらネジを回している栗橋先輩に目をやる。


 友人はオタク趣味を理解してくれる男子のみ、という俺にとって、家族以外で最も会話をする女性がこの栗橋先輩だ。


 同じオタクでも、男性と女性は好きなものに対する関わり方が全く違う、という話も聞く。

 そしてネットでイラスト投稿なんてしている栗橋先輩は、少なくともオタク趣味をよく理解していると言ってもいいだろう。


 他と比較すれば、栗橋先輩は一番相談しやすい相手ではある。あくまでしやすいであってできるでは無いが。


 

「栗橋先輩は、好きな男性キャラクターとかっています? マンガでも、アニメでも、フィクションならなんでも良いですけど」

「まあいるけど……おっ? さては部長の好みを把握してポイントを稼ごうとしてるな?」

「違いますよ。部長のご機嫌取りをしても何も出ないでしょう」

 

 というか、栗橋先輩の機嫌を取るなら簡単だ。天体観測に興味を示す素振りをすればいい。

 


「――じゃあ栗橋先輩は、その好きなキャラクターと現実で会いたいとか、会話したいとか、あと、その……いちゃいちゃしたいとか、思ったりします?」


 いや、やっぱり何を聞いてるんだ俺は。先輩の女子に聞くものじゃないだろこれ。

 でも、予想に反して栗橋先輩は、俺のいちゃいちゃという言葉に顔を赤くしたり、引きつったりはせず、普段と変わらないテンションで答えてくれた。



「あー、確かに会って会話はしたいね。あと服や武器を詳しく見たい。どういう構造になってるかよくわからないものあるから」


 なるほど。確かに俺も、ラノベの挿絵を見て『この服どうやって脱ぎ着するんだ?』って思うことはある。絵を描く人にとってはより死活問題だろう。


「じゃあ、いちゃいちゃは?」

「うーん、それは思わないかな。どっちかというと、いちゃいちゃするのを横で見ていたい」


 横で……?


 ベッドで寝ているリュウの隣で、じっと立って見下ろしている栗橋先輩がなぜか想像される。シュールな絵面だ。


「自分がしたいとは思わないけど、他人がしているのは別に、って感じですか?」

「ああ。キャラクターというのは既に完成されているわけだから、自分がそこに干渉したところで、より良くなるわけはないだろう? それよりも、その完成された様が他のキャラクターとの関わりによって変化するさまをじっくり観察したい。だから向こうにはわたしのことは認識してほしくないな。モブキャラの村人とか、推しが持ち歩いてるカバンとかになりたいところだ」


 これは……まいひなさんとは全く違うタイプだ。

 違うタイプだけど、これはこれで、そのキャラクターへの愛情を感じる。



「で、これを聞いて春野はどうするの?」

「あ、いや……知り合いのやつが、『Web小説の異性キャラと会いたい、いちゃいちゃしたい』って言って、そのキャラを書いてる作者さんに『そのキャラがいちゃいちゃしてる二次創作夢小説を書いてください』ってメッセージ送ったらしくて……あっ、栗橋先輩夢小説ってわかります?」

「どういうものかは」

「それで、実はその作者さんってのも俺の知り合いで、『どうしようこれ』って言ってて」


 結局言っちゃったよ。

 しかもこういうとき『これは知り合いの話なんだけど』っていう前置きは100%知り合いじゃなくて本人の話じゃねえか。もはやそういう枕詞だ。


 

「へえ、面白そう」

 あっ、栗橋先輩の目が輝き出した。俺のことだって悟られてないことを願うしかない。


「外野から見たら面白そうでも、当人たちにとってはたまったもんじゃないと思いますよ。でもやっぱり、もらった依頼は小説書きとして受けるべきなんですかね」

「そんなこと言われても……わたしは小説書きではないし」


 栗橋先輩はセミロングの髪を自分でなでながら、首をわずかにかしげる。

 そりゃあ先輩だって急に聞かれても困るよなあ。ごめんなさい。


「ただ少なくとも、そういう依頼が来た事実は受け止めるべきなんじゃないのかな。依頼した人と作者さんとの間に面識はあるのかな?」

「どうでしょう、SNSでのやり取りらしいので。心当たりはある、みたいなことは言ってましたけど」


「それぐらいなら、別に引き受けてもいいんじゃない? 心配なら、いっそのこと確認しちゃうとか。このメッセージ書いたのあなた?って」


 

 そんなことできるわけないだろ!と言いかけて、俺は口を閉じた。

 危ない危ない、あくまで知り合いの体裁で。


「まあ、それは難しいにせよ、依頼した人の情熱はくみ取らないとだよね。いちゃいちゃしたいだなんて、少なくとも相当そのキャラを愛していないと出てこない感情だし。……春野だって、好きなキャラクターとかいるでしょ?」

「ああはい」


 いつの間にか、栗橋先輩がまたこちらに顔を近づけてくる。

 本当に、天文部のこの狭い部屋にはもったいない美人だ。


「だったら、そのキャラクターを愛する気持ちを掘り下げてやらないとね。もし難しかったら、わたしも協力するよ?」


 眼鏡を直し、不敵に笑う栗橋先輩。


 定期試験はずっと学年1桁順位、だという栗橋先輩に言われると、やっぱりすべてを見透かされた気がした。

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