第9話 鬼灯のガク
ほら。えーと。ほら、顔は動物で、他の身体の部分は子どものままの。映画は。
「ん~~~。何だったか。なあ」
映画の登場人物の名前も内容も題名も思い出せない私が、外の空気を思いっきり吸えば思い出すんじゃないかと思って、玄関へと行って靴を履いて、扉を開いて道路に出て、腕を大きく広げて、顔を思いっきり空へと向けて、鼻の穴を大きくした時だった。
ぽててんてん。
可愛い音が立った。
私の額に何か軽いものが当たって、地面に落ちたのだ。
「これは。鬼灯?」
しゃがみ込んでみると落ちていたのは、栗と同じハートの形で、橙と赤を混ぜた色の鬼灯のガクだった。半分に大きく割れて、まんまるい小さな実はなかった。
「え?」
風に乗って来たのかなとしゃがみ込んだまま空を見上げると、ゆっくりゆっくり、がくがいっぱい落ちて来ていた。
「え?え?鬼灯って。もしかして、鬼灯って、空の植物だったの?雲?雲で育てられている。とか?え?でも。雲は白いし。っは。空では鬼灯って白色で、地上に落ちて橙と赤を混ぜた色になったんだ。うんうん。空と地上じゃあ、環境が違うし。色が変わってもおかしくないよね。はっはっはっ。私。かっこいい!」
早くこの事を教えなくちゃって。勢いよく立ち上がって振り返って、てっちゃんの家の中に戻ろうとしたら。
何かが。何か、柔らかくてあったかくて、私の背中をすっぽり包み込む、何かが、背中に、へばり、つい、た。
はな、はな、荒くて生温かい鼻息口息が、片頬に、片耳に、ねっちょり、かかった。
「っっっっっ」
なんと。叫びたかったのに、叫べなかった私の叫びが届いたのだ。
玄関の扉を勢いよく開けて飛び出して来たてっちゃんと小虎は、顔面蒼白なんてもんじゃない全身蒼白の私の背中に回って、私の背中にへばりつく生物の正体を教えてくれた。
てっちゃんだった。
てっちゃんのお母さんとお父さんの故郷に居るはずのてっちゃんの本体が動物の狐の身体になって、てっちゃんの一部と同じで空から落っこちてきちゃったのだ。
たくさんの鬼灯のガクと一緒に。
「「哲寿!!!」」
そして、てっちゃんのお母さんとお父さんも空から落っこちてきた。
わけじゃなくて、玄関から飛び出して来た。
とっても怖い顔をして。
でも、てっちゃんはびびって逃げないで、お母さんとお父さんの胸に飛び込んで行った。大泣きして。
っふ、母と父が恋しいとは、まだまだガキだな、てっちゃん。
だけど、気持ちはわかるぜ。
私も、っふ。私も母と父が恋しくなってきやがった。
気付けば私は走り出していた。我が家へと一直線に。
小虎に名前を呼ばれたような気がしたが、ゆるしておくれ。小町。じゃなくて、小虎よ。
今は、行かなきゃなんねえんだ。
何でも、てっちゃん。食べちゃいけない鬼灯の実を食べて、身体が分離しちゃって、今回の出来事が起こっちゃったんだって。
母ちゃんと父ちゃんに、いっぱい叱られちゃった。
笑いながら言うてっちゃんにいつになったら、お母さんとお父さんの故郷に連れて行ってくれるのって質問をしたら、俺が飛べたらって答えてくれた。
一生無理かもって思ったけど、そんなひどい事は言わないで、楽しみにしてるって言ったら、今ちょっとだけ試してみるって言われた。
「今なら、あっちゃんをおんぶして飛べる気がする」
「てっちゃん。おバカだなあ。私をおぶったら、翼がぺちゃんこになっちゃうじゃん。私がてっちゃんをおんぶするよ」
「あ。いっけね。よし。じゃあ、お願いします!」
「うん!こっちこそ!」
無謀な事は止めて下され~~~。
小虎が泣きながら空から落っこちてきちゃうまで、あと一秒。
「あはは!てっちゃん軽い!蝉の抜け殻みたい!」
「あ!蝉獲りに行こうよ!蝉獲り!」
「いいね!」
「
(2024.9.5)
狐の貴公子と燦々の笑顔 藤泉都理 @fujitori
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