無限供給

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無限供給


 薄暗い室内。

 F氏はそこに立っていた。

 散らばる何らかの汚物。そして塵。

 壁紙は煤けていたし、襖には染みが出来ていて、どちらも端の方が捲れている。

 部屋の角々は変に黒ずんでいた。

 畳は焼けと傷みが目立ち、押し入れからは黴の臭いが漏れ出ている。所謂鏡台という物の上には埃が降り積もって真っ白になっていた。

 気温のせいか腐敗物が放つ様な分かりやすい悪臭はなかったものの、空気が淀んでいて不愉快だった。

 不吉、と言い換えてもいいかも知れない。


 出来る事ならどこか別の場所へ行きたい。

 しかし今はそこにいるしかない。


 せめて部屋を明るくしたかったが、天井から吊るされてブラブラ揺れる白熱電球は頼りなく、それ以外で灯りとなりそうな物はない。早々に諦めてしまった。

 仕方がない。

 ありとあらゆる理不尽な物事はこの一言で大体済まされてしまう。



 その部屋は殆ど廃屋と変わらないように見えるのに、炬燵と矢鱈古いテレビが用意されていて二つともきちんと働いた。座布団まで旅館がするように敷かれている。

 有難いとは到底思えないのだが。


 F氏は疲れていた。立っている事が難しい程に。


 布の類に触れないよう気を付けながら炬燵を前に座った。人の皮膚を食い破る小さな虫共が心配だった。

 布団の中等、覗きたいとは思えない。

 寛ぐ気には到底なれず、身を小さくしながら只管時間が過ぎて疲労が取れる事を待つばかり。


 こんな状態で果たしてどれだけ休めるものか。

 せめて気分だけでも余所にやりたい、そんな心からテレビのリモコンに手で触れた。

 何かの油なのか、材質が傷んでいるのか分からないがボタンは酷くベタついている。

 本当ならば触りたくないが、部屋の他の状態と比べればまだマシだと感じた。



 点けたテレビはどこの何が映っているのか分からない、しかし妙に不愉快な物だった。

 不吉、と言い換えてもいいかも知れない。


 F氏は一通りリモコンのボタンを押して、電源を落とした。


 しかし、再度テレビは点いた。


 リモコンが壊れているのか、テレビが壊れているのか。

 どちらでもおかしくはない。何せこの部屋はそういう状態なのだから。


 F氏はもう一度リモコンを押した。

 テレビは消えたがまた点いた。

 F氏は仕方なく立ち上がってテレビの主電源を落とした。

 やはりテレビは消えなかった。


 不気味である。

 しかしそれよりも疎ましい気持ちの方が勝った。


 F氏は電源プラグを抜いた。

 テレビは消えなかった。

 F氏はテレビの受信手段を探した。よく分からないままにあちこちを押したり曲げたりした。

 テレビは消えなかった。

 F氏は鏡台から目隠しの布を剥いでテレビに被せた。

 テレビは完全に隠す事は出来なかったし何故か音が大きくなった。寧ろはみ出た部分が鏡に写ってややこしくなった。

 最早虫がどうとも言っていられず、F氏は埃を立てながら炬燵の天板を捥いでテレビに立てかけた。

 テレビは更に喧しくなった。


 F氏は諦めた。

 気持ちが悪かったが、それ以上に疲れていた。余計な事をしたせいで本当に草臥れ果ててしまった。


 不気味な音と映像を流し続けるテレビをF氏は意識の外に出した。

 眠るかどうにかしてしまおう。ここにいる間だけの辛抱だ。

 F氏は自分にそう言い聞かせたが、ふと我に返った。


 何故己はここにいるのか、そしていつまでここに居れば良いのか。その答えを持っていない。


 F氏は電話を取り出した。

 そんな物は持っていなかった。

 F氏は手帳を取り出した。

 そんな物は持っていなかった。

 F氏は部屋の扉を開けて、外に出ようとした。



 そんな物は存在しなかった。



 不吉で喧しいテレビと不愉快な部屋、それにF氏。


 それ以外にはこの世に何も存在していなかった。

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