第2話
あまりにも雑な神託が下った一週間後、水神の予言に従ってリバサンは旅立つこととなった。
リバサンの手には自分の身長ほどもある大きな杖が握られている。
持ち手の一番上には海底神殿と同じ紋章が刻まれている石が鎮座する。魔法はこれに魔力を込めて発動するのだ。石は頑丈な作りをしていて、敵を物理的に殴ることもできるので一石二鳥だ。
そして腰にはいくらでも物が入れれる魔法のかばん。
中には傷を治す薬や、長期間保存できる食料、金貨、ハンカチや眼鏡のスペア、魔力切れを抑える薬など、過保護かと思わず言いたくなる程、物がパンパンに詰まっている。
このかばんは特別な魔力が込められたもので、巷でよく耳にする、中に入れた物の時間を止めながら保存ができる魔道具とのことだ(巷がどの辺の界隈なのかはリバサンは知らない)。
生肉なんかも普通に入れることができるようだが、気持ち的に嫌なので、必要に迫られた時以外は、生ものは入れないことにした。
しかも司祭長が夜なべをして作ったらしい。神官その二がそう伝えてくれた。
大切に使わなければ、とリバサンは思った。
「気を付けて行ってくるのですよ」
海底神殿の正門の前で、司祭長は心配そうにリバサンへ言った。そしておもむろに胸ポケットから取り出した、手のひらサイズの鏡のようなものを渡される。
「これは?」
「水神様からの贈り物です。然るべきときに使えと」
然るべきときがいつかは司祭長も分からないらしい。未来予知が得意な水神のことだから、何か視えたのかもしれない。
とりあえず、鏡もかばんにポイっと入れたところで、司祭長はまたおもむろの胸ポケットに手を入れてゴソゴソと何かを取り出そうとする。
「そなたの好きなお菓子です。それと、愛用している枕、テントも必須ですし、それから...」
次々と色んなものが胸ポケットから出てくる。司祭長の服も魔道具なのだろうか。
「司祭長様、過保護です。リバサンは小さな子どもではありませんよ、そんなだからリバサンに面倒くさいと言われるのです」
ピシャリと神官その一に言われ、司祭長の瞳からぶわっと涙が溢れだした。
「やっぱり心配です!過保護でも何でも良いです!旅に出させたくありません、何故こんなことに...リバサンが怪我でもしたら...あの水神...どうしてくれよう」
泣いていたかと思ったら、もわもわと強い魔力が司祭長から溢れだした。
ぎょっとして神官その二が司祭長の魔力を抑えようとする。このままだと神殿が穴だらけになると思ったようだ。
「リバサンといい、司祭長様といい、神殿を壊すのはやめて下さいー!!この似た者親子ー!!」
「リバサン、早く行きなさい!このままだと神殿が破壊の限りを尽くされてしまいます!」
切羽詰まった声に促されて、リバサンは頷いた。
このまま司祭長の手で神殿が滅ぼされてしまったら、大変だ。帰るところが無くなる。
「はい、行ってきます」
ペコリとお辞儀をしてリバサンはくるりと背を向ける。
そして、海底神殿を後にした。
「ううっ辛かったらいつでも帰ってくるのですよぉぉぉぉ」
と言う司祭長の声を背に受けながら。
*************
さて、無事に海底神殿から旅立つことができたリバサンだが、早くも途方にくれていた。
「どこに行ったら良いのやら」
魔王を倒せとは言われたが、どのように倒すのか全く検討もつかないし、そもそも魔王がどこにいるのかも知らない。
まずは仲間を探すと良いと思いますよ、と語尾に星が付きそうな口調で司祭長には言われたが、仲間といってもイカとドラゴンとアヒルということしか判明していないし、このだだっ広い海でどう探せというのか。神託を与えるだけで、その後はわりと放置の水神に少し殺意が沸いてくる。
「とりあえず、イカから探すか」
イカということは、ここから少し西の方に王国がある烏賊族のことかもしれない。確か、物作りが得意な種族で、海底神殿にも彼らが作った製品が使われていたはずだ。
ところで、この世界には色々な種族が存在する。
例えば、リバサンは海底神殿よりもずっと北の海の国に住む、水竜族だ。魔力が高く、戦闘能力もそこそこあるが、感情の起伏が激しい。今は、戦争の影響で少し数を減らしている
(因みに、司祭長も同じ種族である)。
神官その一とその二は雷鯰の一族。その名の通り、雷の魔法が得意である。そして、成人しても体が小さく素早いという特徴もあったりする。
といったように、海だけでも多種多様、リバサンが会ったこともない種族も沢山いる。
それらは食べ物のイカに見た目が似ていたり、魚に似ていたりすることもあるが、基本的には違う生き物だ。
共食いに見えても、食べ物は言葉を操ることはできないし、体のつくりがそもそも違うのだ。世界が何故そのように生き物を創造したのかは謎だが、とにかく、全く違う生き物であることを理解して欲しい。
「烏賊族の国の方向は、あっちかな」
イカなら海にいるはずなので、聞き込みすれば分かるかもしれない。
そういえば、西の方角に行くと良いと最初から言われてたような気がする(司祭長による神殿破壊未遂事件のせいで、今まで頭から抜け落ちていた)。
それに、道中知り合いの魚たちに魔王を倒せそうなイカがいるか訪ねてみても良いかもしれない。魚たちは日々ご飯を求めて色んな所に行くので、情報通だ。
それか、先日海底神殿に訪れたイルカの親子に聞いてみるか。
「先が長い...」
ふう、とため息とつく。
そして下に顔を向けたところで、何か音がすることに気がついた。
「何...?」
ゴオオオオ!
疑問を口にするのと、エネルギーの塊が自分の頬のすぐそばを掠めるのは同時だった。
頬が焼けるように熱い。触ると血が指に付いた。
「...」
「ふはははは!我は怪人アンコウ!魔王様に歯向かう者はこの私が倒す!!」
この時、リバサンは旅立ってはじめて、敵に遭遇したのであった。
*************
(あー血が出た。怪我したの久しぶり)
「おーい」
(癒しの魔法習得しとけば良かった)
「おい、こっちを見ろ」
(不便だから今度勉強しとこ)
「私を無視するなーーーー!!!」
むう、とリバサンが考え事をしていると、その思考を割って入るような大きな声が辺りに響き渡った。
「せっかく攻撃してやったのに、何故無視する!!」
もっと驚いて恐怖してくれないと、意味がないだろうがと怪人アンコウは叫ぶ。
というか何故自分が魔王に歯向かう(正しくは歯向かうと予言された)と知っているのだろう、とリバサンは疑問に思った。魔王も水神と同じで何か予知能力みたいなものがあるのだろうか。
「貴様はいつぞやの海底神殿攻撃作戦の折、殲滅の邪魔をした神官の一人だろう!服を見れば分かる!」
神官服のせいだったようだ。
神官になる者は総じて魔力の高いものが多い故に、倒して魔力を奪い取るか、もしくは倒すことそのものが手柄になるのかもしれない。あまり神殿の外に出ないので、知らなかった。
(戦うの面倒...疲れるし)
「ここで会ったのが運の尽き!」
(食べ物はあれだったけど、神殿生活平和だった...)
「ここで成敗してくれよう!」
(はー早く終わらせて惰眠をむさぼりたい)
「だから、私を無視するなと言っているだろうがーーーー!!」
同じ台詞を言って怒りに顔を赤く染め、怪人アンコウは今度はリバサンに向かって体当たりをしようとした。
流石に体当たりされたら、体が吹っ飛んでしまうので、リバサンは仕方がなく杖を構え、そのまま横に振った。
ゴンッッッ
と鈍い音がしてリバサンの杖が怪人アンコウにめり込むように当たり、巨体であるにも関わらず、敵はそのまま10メートルほど吹き飛んだ。そしてそのまま動かなくなる。
どうやら一発で倒せたらしい。案外腕は鈍っていないようだとリバサンは安心した。
今敵を倒したばかりだというのに、リバサンのレベルは全く上がっていない。ということはかなり格下の相手だったらしい。
リバサンは今日旅立ったばかりの初心者だが、レベルは50程度あった。
幼い頃から、司祭長を相手に修行をしていたので元々レベルは低くは無かったが、数年前に海底神殿を襲った魔王軍と戦ったせいで(何故か魔王軍は本気の戦力で来ていて、当時のリバサンにとって格上の相手ばかりだった)、レベルが上がってしまったのである。
かばんから傷薬を取り出して、怪我したばかりの頬に塗ると、傷はみるみる内に治癒した。凄い効き目だ。これも司祭長のお手製だろうか。
そして、倒したアンコウを見る。このまま放置しても良いが、通行の邪魔になりそうだ。
「どうしようこれ...」
処分の方法を考えていると、ふと、アンコウの頭に付いている丸いピカピカした宝石のようなものが目に入った。
リバサンは物、景色などジャンルは問わず綺麗なものが好きである。目は丸いピカピカに釘付けだ。
思わず、手を伸ばした。
「それは、あたしのだぁぁぁぁぁぁぁ」
声がした。どこからしているのか分からないが、不気味な声だ。
リバサンは新手かと立ち止まって杖を構える。
「そのピカピカはぁぁぁ、あたしのだーーー!」
「ギャアアアアアア!!もえろぉぉぉ!」
倒したはずのアンコウの腹の中から誰かが飛び出してきて、リバサンは驚いた。
思わず、リバサンは最高火力で炎の魔法を放ってしまった。
海の中であるのに、その辺り一体が火の海となったのは言うまでもない。
なかなか決まらない 白沢明 @rivarivasan
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