なかなか決まらない

白沢明

第1話

 『予言する。魔王は復活する。そして、それを倒すのは海底神殿の神官、リバサンだ』


 厳かな声が響く。深く、低いその声に呼応するように、広間奥に鎮座する聖なる石が光った。その予言は、有無を言わせぬものであり、決定事項であるかのように当たり前に語られた。

 「あの子はまだ子どもです...世界を救うなど...」

 苦しげに眉を寄せ、予言に対して一人の男は呟いた。男ーーー司祭長にとって予言の子は大切な娘だ。戦争に巻き込まれたところを引き取った、可愛い可愛い娘。

 たとえ、最近反抗期がきて生意気な態度をとられたとしても、目に入れても痛くないはずの娘。

 「あの子は...あの子は...」


 『予言には従わねばならぬのだ...予言は絶対の...』


 「超が付くほどの無気力娘なのです!魔王を倒すどころか、部屋の掃除もそもそも布団から出ることすら『めんどー』と言ってしまう子!そのような子が、予言のような神官になるのか、心配で心配で!!」

 神であるその声を遮って、司祭長はぴえん、と絵文字が付きそうな顔をした。そんな困った女子高生みたいな表情をされても別に可愛くはないと神は思った。うるうるした目で見つめてくるオッサンに詰め寄られても、予言は変わらない。


 『とにかく...予言は覆らぬ。司祭長よ、近いうちにリバサンを旅に出させよ。そして、魔王を倒すよう命じるのだ』


 「うっうううっ...かしこまりました。水神様の御心のままに」

 ひとしきり泣いたあと、司祭長は深く頭を下げた。

 30分くらいはしくしくとすすり泣いていたような気がする。リバサンの反抗期がここのところ酷いのは、目の前の男の、この面倒なところが原因の様な気がするが、指摘すると神といえど面倒なので、何も言わず偉そうにうむ、と返答した。


 『本当に面倒なのはこれからよの。やれやれ、先が思いやられる』


 予言は覆らない。それが予言だ。たとえ、本人が気に入らないとしても。

 神ですら、どうにもならない。

 故に予言の神官には働いてもらわねばならないのだ。


 この世界のために。



 ********


 

 最近の海底神殿では神官を大いに悩ませる事件が勃発していた。

 それは、司祭長の直弟子であるリバサンの破壊行動である。一日に一度は魔法で神殿の屋根に風穴を開けているのだ。

 

 「大変です、司祭長様!またリバサンが神殿を壊しました!」

 「はあ、またですか。修理代がかさむ...」

 大きな竜の耳をピクピクさせて、司祭長は胃のあたりをさすった。目に入れても痛くないほどに蝶よ花よと育てすぎたか。

 「原因は...」

 「昼食にカニとホタテと、エビが出たからです!」

 嘘でしょと思う人もいるかも知れないが、本当の話である。

 リバサンは幼い頃、魚介類を食べてお腹を壊したのが原因で、それらのものを体が受け付けなくなってしまった。

 だが殿故に、食べ物は自然と魚介類になってしまう。タコとイカは好んで食べているようだが、最近は不漁だ。必然とリバサンが食べれるものは海草が多くなり、最近では激務な仕事のストレスも相まって、感情が爆発してしまうようだった。

 「とりあえず、別の話もあるから、あの子を呼んできてもらえますか」

 胃を押さえたまま、司祭長は神官その一に伝えた。

 「全く、しょうがない娘ですね」

 そしてリバサンの顔を思い浮かべたのか、ふふ、と苦笑いをしながらも柔らかい表情で続けて呟いたのだった。


 さて、ここでリバサンの話をしよう。

 リバサンは水神様を祀る海底神殿に仕える神官であり、神官・司祭を束ねる司祭長の娘であり、司祭長の補佐官でもあり、ただ一人の直弟子でもあり、司祭になるため修行中でもある。司祭長とおそろいの竜の耳、青い髪、桃色の目を持つ、海底では特に特徴も無い、どこにでもいそうな少女だ。唯一のチャームポイントは眼鏡であるとリバサン自身は思っている。

 生い立ちについては少し複雑だ。

 彼女は幼い頃に戦争に巻き込まれ、実の親を亡くした。幼すぎて当時の記憶は朧気だが、たまたま巡礼で各地を旅していた司祭長に初めて会ったときのことは鮮明に覚えている。

 ぼろぼろの自分を躊躇いもなく拾い上げてくれたのが彼だった。あのままではきっとのたれ死んでいただろう。

 拾い上げてくれたばかりか、彼はリバサンを養子として引き取った。

 その後は、すでに司祭長であった彼のもと、時には優しく、時には厳しく慈しまれ育ち、今に至る。

 リバサンにとって司祭長は本当の父親のような存在である。魔法の修行だけは何故か鬼のように厳しかったが、それ以外は概ね好きなようにさせてくれたし、尊敬もしている。


「でも、話長くて面倒くさい。だから行きたくない。あと仕事したくない」

 その恩師でもある司祭長に呼ばれているのに、だらりと机に顔を伏せて、リバサンは気だるげに神官その一に言い放った。

 リバサンは疲れていた。

 彼女には肩書きが多い。神官であり、司祭長の娘であり、補佐官でもあり、司祭見習いである。

 何故なら、神殿が人手不足だからだ。神官の仕事は意外と激務で、一日中お祈りしてれば良いというものでもない。海の秩序を守ることや、病院、学校の役目を兼ねている。父親であり上司でもある司祭長はワーカホリック気味のため、補佐官のリバサンも必然と激務なのであった。

 なので休憩中に呼び出されて機嫌が悪い。相当イライラしている。

「燃やしたい」

「やめて下さいよ、さっき食堂の屋根壊したばかりじゃないですか」

 心底嫌そうな顔で神官その一は間髪入れずに拒否した。本当にげんなりしている表情をされたので、しょうがないと神殿を破壊するのを我慢する。神官その一とその二は良い同僚だ。一応気は使っておこうと思う。

 (タコとか分けてくれるし)

 先述した通り、リバサンは魚介類が食べられない。そして自分の好きなタコとイカが食事で出たときに必ず融通してくれるのがこの神官その一とその二だ。なので胃痛で死なせるわけにはいかないのだ。

 「分かった。司祭長様のとこに行ってくる。その代わり廊下の掃除やっといて」

 息をするように仕事を押し付けたリバサンは足早に向かうことにし、立ち上がる。

 そして仕事場から出ると、長い廊下をひたすら歩く。

 これから向かうのは司祭長の執務室よりも遠い、神託の間だ。この部屋はすごく遠い。歩いて十分くらいの距離だ。神聖な場所としておいそれと立ち寄れぬ様にしているらしい。先人も余計なことをしてくれたものだ。

 「司祭長様、リバサンです」

 十分歩き続け、げんなりとしながらリバサンは神託の間の扉の前で声を掛けた。

 「お入りなさい」

 中から司祭長の許可する声がしたので、部屋の大きな扉を開けると、いつもは後ろの滝が透けて見えるほど透明な水神の水晶が、今は淡い青色に光っているのが目に入った。

 いつもとは異なる光景にしばし足が止まるが、司祭長に手招きされて近くに歩み寄る。

 「何かご用ですか」

 反抗期特有のぶっきらぼうな口調でリバサンが言うと、司祭長は余裕の表情で聞き流す。心の中では恐らく可愛い娘に冷たくされたと泣いていそうだが、面倒なのでリバサンはそれについては考えないことにした。

 「突然ですが、リバサン...そなたに神託が下りました」

 「えーめんどくさい。どうせ神託なんでロクなもんじゃない(私に神託とはどういうことでしょうか)」

 「こら、心の声と本音が逆に出ていますよ」

 コツンと軽く頭を小突かれる。全然痛くない。

 「で、神託とはどういうことでしょうか」

 頭をさすりながら司祭長に問うと、急に深刻な顔をして彼は口を開いた。

 「...魔王は知っていますね」

 魔王と言えば、本や伝承などで語られる悪しき心を持つ化物だ。

 「はい、もちろん」

 リバサンはコクりと頷いた。

 ふははは、全財産よこせーなどど言って周りに危害を加える典型的な悪人のイメージがリバサンの中で浮かぶ。

 「少し想像が極端ですが、概ね合っているので良いでしょう」

 リバサンの心を読んだかの様に司祭長は言った。何故分かったのだろう、解せぬ。

 「ですが、今は封印されているのではないのですか」

 魔王は二百年程前に封印された、と伝わっている。封印したのは類いまれなる浄化の力を持った聖女だ。彼女は全ての力と引き換えに魔王を封印し、相討ちとなったらしい。

 魔王の力を失った魔物や魔王軍の残党は、その後表舞台から姿を消した....めでたしめでたしという話が広く伝承として語られている。

 「そう、魔王は確かに倒されました...ですが、ここ数年魔王軍の残党と思われる者の力が増したようで、動きが活発化しています。彼らが原因と思われる大規模な戦争も起きている。リバサン、そなたの両親もその内の一つの戦争によって失われました」

 何年か前には、この海底神殿にも魔王軍の残党が戦争を仕掛けてきたことがある。その時は司祭神官総出で追い返したが、確かに魔物たちは不穏な魔力を纏っていて、妙に強かった。

 「水神様は...魔王が復活したと仰せです」

 「それ私に特にカンケーないですよね。あと、前置き長いです。簡潔にお願いします。」

 容赦無く切り捨てると司祭長はやれやれと深くため息をついた。

 責めるような視線が一瞬向けられるが、リバサンは反抗期なのだからしょうがない。考えるよりも先に否定の言葉が出てくるのだ。

 「娘が反抗期だとこうも寂しいものなのですね」

 塩対応が過ぎたらしい。司祭長がしょんぼりしている。しかも何となく涙目だ。少し罪悪感がわいた。さすがに態度が悪かったとは思う。だが、おじさんの涙目は別に可愛くないし、少し鬱陶しい…と、どこかの神と同じ感想を抱いたリバサンなのであった。

 「お話の続きをどうぞ」

 大人しく聞く姿勢になったリバサンを認めて、司祭長はゴホンと軽く咳払いして改めて口を開く。

 「リバサン、心して聞くのです。このように水神様は予言をなさいました。」

 

 『海底神殿の神官、リバサンは魔王を倒す英雄の一人となり、世界を救うであろう...イカとドラゴンとアヒルを仲間とし、力を合わせて完膚なきまでに魔王の存在を消滅させる存在となる』


 司祭長の声と、聞こえぬはずの厳かな神の声が重なったように思えてリバサンは息をのんだ。

 ふわりと起きるはずもない風で短く切り揃えられた髪が揺れる。ギラり、と水神の水晶が強い光を放った。

 まぶしくて、思わず目を閉じる。

 少しの間、その光に翻弄されていると、パン、と合図の様に音がして、リバサンはゆっくりと目蓋を開く。

 目の前にはいつもと変わらぬ司祭長の優しい笑顔。

 「ということで、そなたは旅に出なさい、リバサン」

 「...は???」

 低い声で返すも、司祭長の笑顔は変わらない。

 パチンとウインクをする彼(うざい)を見つめながら、はやり予言はろくでもない、とリバサンは思ったのだった。

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