第8話 君が隣にいるから、ぼくは壊れないでいられるんだ

賢狼亭の一室に、爆炎がほとばしる。

窓からもうもうと上がる煙と火の光に小さな影が写った。

すでにミオは火器管制システムをオンラインへ移行しバックパックを背負い手にはグロックを握っていた。


「アノン!無事!?」

「ワフッ!」


もうバレたのか。早すぎる。

周辺に適性反応、数52……一個小隊か。

逃走先は……東にするしかない。


「アノン!東に行こう!」

「ワフッ!」


筋力制限一部解除。

これでしばらくは追いつかれない。

喫緊の脅威3、射撃開始。


薬室内から放たれた3つの弾丸は確かに追跡者を捉える……しかし、追跡者が倒れることはない。


……やはり9mm弾ではアーマーを貫けないか。

どうする。手に向かって射撃して武器を落とさせるか?

しかし、それでは……


「って、アノン!?」


突如としてアノンはバックパックの中に首を突っ込む。

その程度でミオはバランスを崩したりはしない。しかし、危険行為なことに変わりなかった。

そこまでして首を突っ込んだアノンが首を抜いたときに咥えていたもの、それは……


「エネルギーセル!?だからそれ、食べ物じゃ……」


しかしアノンは、食べた。

いや、正確には噛み砕いた。

噛み砕かれたそれはまばゆい光を生み出し、ミオの視界の役割をこなすすべてを塞ぐ。

センサーが復旧し、ミオが捉えたものそれは……


「アノン、君は……」


その姿は明らかに一回りほど大きくなっており、その背中には……翼が、生えていた。

そしてその”翼の生えた狼”は、口内にまばゆいほどのエネルギーを収束、形成。

追手に向かって、放出した。


「やっぱり君は、あの”翼の生えた狼”だったんだね」


まったく、いつも君がいると演算結果が狂わせられる。

ほんと、なんでなんだろう。

君がいるとなぜか壊れないでいられる。


行動計画修正。

”翼の生えた狼”改めアノンを友として共闘、敵中を突破し生存する。


「いくよ、アノン!」

「ワフッ!」


それまではあまり射撃してこなかった人間が、星空に変わるほどの弾丸の雨を形成する。

弾種は突撃銃から機関銃、狙撃銃まで。なんでもござれだ。

当然、アノンだけでも、ミオだけでも対処しきれない。


「アノンは正面をお願い。後ろのはぼくがなんとかする」


脚部、制限解除。

アノンが”翼の生えた狼”とわかった今、遠慮はいらない。


飛ぶアノン

跳ぶミオ

二人の呼吸は長年付き添った相棒のそれと遜色なかった。


後部より接近中の脅威。

突撃銃12、狙撃銃6。

射撃開始。


空中にいる僅かな安定時間を利用し、ミオは射撃する。

拳銃では射程ギリギリにいる狙撃銃のスコープを破壊、突撃銃を持つ手も正確無慈悲に射撃する。


弾倉交換、空弾倉に再装填。


予備弾倉が2つしかない中でやりくりするには空中で弾倉内に弾を込めるしかない。


射撃再開。


残りの3人を戦闘不能にし、再度索敵する。

正面では数十人いた適性反応をアノンが消滅させていた。

夜空に奔る光芒と光の雨、そこに破裂音さえなければ立派なショー足り得たことだろう。


目標まで、残り1000、敵性反応数は……4個小隊分は増えた。

……高エネルギー反応?

あれは……


「アノン!2時半の方向、おっきいアンテナ、あれ撃てる?」

「ワフッ!」


ミオに頼まれたアノンは即座にそのアンテナをエネルギーの奔流で消滅させた。


よし。

敵性反応の8割に混乱を確認。

やはりあれは通信基地局だったか。


目標まで残り300……

路地から敵性反応14。

射撃完了次第目標到達に備え。


何事もなく、弾丸をたたき込み敵を無力化したミオ、その眼前には闇が広がっていた。

深い、深い闇。どこまでも続いていて、終わりがない。

ときおり光を反射するその闇の名は、海。


少なくとも地上部隊はこの中を追跡できない。しばらく姿をくらませればまた、人として生活できるはず。


「いくよ」


深い闇へとためらいなくとび出した二人、ミオはバックパックから人用ではあるものの酸素ボンベを取り出し備える。

交代で使えば、長く持つはず……


そう考えた、直後だった。


高速飛翔物体検知!?

そんな、後方に敵性反応なんて。

まずい、このコースじゃアノンの心臓が……

弾倉内に弾がない。

再装填も……間に合わない!


「アノン!」


一瞬振り返ったアノンの背中に無慈悲ながら、高速で回転する運動エネルギーの塊と化した弾丸が吸い込まれる。

海中より飛沫が舞った。


アノン……だめだ。海中では傷口が捕捉できない。


「アノン、アノン!」


闇に響くミオの叫び、それでもアノンは動かない。


「アノン、君が、君が隣にいるから、ぼくは壊れないでいられるんだ。こんなところで、死んじゃだめだ!」


傷口、傷口はどこだ……


「ワフ?」

「アノン!?」


ようやく確認できた傷口、血液らしき液体が多少出ているものの金属でできたプレートらしき何かが、弾丸を受け止めていた。


「アノン、大丈夫なの?」

「ワフッ!」

「よかった……」


アノンの無事を確認した、その時。


……!?

高速接近する高エネルギー反応!?

まずい、大声なんて出したから。

くそっ、間に合わない……


「ごめん、アノン……」




……その日、人類が最前線にかまえる都市の海岸線の形が変わった。

人類政府はAI兵器の迎撃のため高エネルギー兵器を使用、無事迎撃したと発表した。

都市の後方に戦闘跡が残ることは異常事態に違いなかったが、一時の珍事として話題になるだけで一月もすればその話題も消えた。

そして、数十年後……


「へい、らっしゃい!いぬっころ連れた坊っちゃん、なにをお求めだい?」

「エネルギーセル1つ」

「おっと、そいつは……」

「許可証、でしょ?はいこれ」

「その歳で持ってるとは驚きだな……そうだ、昔お前らみたいなのが買いに来たな。なんかなつかしいんでまけてやんよ。坊ちゃん、15000でいい」

「はい」

「まいどあり!」

「ワフッ!」

「だーめ、アノン。これは帰ってからだよ?」

「あ、おじちゃん。特製串焼きステーキください!」


そこには、どこにでもいる仲睦まじい2人の姿があった。

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君が隣にいるから、ぼくは壊れないでいられるんだ たこ爺 @takojii

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