第7話 おやすみ……
街に入った二人の目は日没間近の夕闇の中で輝くいびつな街路を捉えていた。
大小様々なビルが壁と路を形成しており、路の幅いっぱいに露天とその客が連なっている。
しかし少し視線を外せばビルの屋上、壁、看板を見れば対空砲、ミサイルセル、駐屯地の文字が定期的に並んでおりその戦力は平和な時代にある量ではなかった。
まあ、私達には関係ない。
ミオとアノンは食材の焼ける匂いが香る夕闇の屋台街へと乗り出した。
「アノン、なにかほしいものはある?」
ミオは自らの歩幅に合わせて歩く相棒の方へと語りかける。
「ワフ」
アノンは灰色の毛に覆われた尾をミオの背にあててミオを目的の場所へと連れて行った。
「へい、らっしゃい!いぬっころ連れた坊っちゃん、なにをお求めだい?」
「これは……雑貨屋さん?」
アノンの目的地は雑貨屋だった。気前の良さそうな店主が生活必需品を始めサバイバルキットや工具などなんでもござれをといった感じで売っている。
「ワフッ!」
「……エネルギーセル。こんなのがほしいの?」
値段的には問題ない。でも……
「あー、いぬっころ、残念だな。こいつは許可証持ってる奴じゃないと売れないんだ」
「ワフゥ……」
「アノン、そんなにおちこまないで。あれは別においしいやつじゃないから」
「そのとおりだ。エネルギーセルなんて軍以外ほとんど買わねぇから俺にとってもおいしかねえんだ。坊ちゃん、ほかになんかいるもんあるか?」
「うーん……そこのレトルト食品、一箱ちょうだい」
「まいど!10食入りで……ちょっとまけてやる4000でいい。あるか?」
「うん、はいこれ」
カード読み取り型の決済装置にまけてもらう必要のないほどの大金が入ったそれをかざし、決済を終える。
「まいどあり!」
「アノン、いこっか」
「ワフ」
引き続き屋台街を歩くミオとアノン。少年と狼という珍しいペアにしばし視線が集まるが、ミオもアノンも気にしない。
むしろそこかしこに並ぶ記録にない屋台の品々を分析するのに大忙しといった所だ。
そんななか、ミオの目にとある店が目に入る。
今日はアノンにも頑張ってもらったからな……
「アノン、ちょっとまって」
「ワフ?」
「おじちゃん、特製串焼きステーキ2つ」
「へいよ。1200だ」
熱々に熱せられた鉄板の上に第二関節分くらいはありそうな分厚いステーキが乗せられると、即座に白煙と香ばしい匂い辺り一帯に広がる。
しばらくしたらひっくり返すとそこには食欲そそる黄金色のステーキが焼けており、人ならばとっくに腹が鳴っているだろう。
裏面も焼いたら、店主はナイフを取り出してスティック状に切り分け、串を通していく。
断面は、まだほんのり紅い。
それで終わりではない、店主はそこにドロッとした特製ソースをかけ、串焼き台へと持っていく。
零れたソースは鉄板の上であぶくを立てさらに鼻をくすぐる。
両面を焼き終わったころ、ソースは串まで染みており、串に刺されたステーキは全ての生物の理性を失わせる一種の暴力へと姿を変えていた。
「ほい、特製串焼きステーキ2つだ」
「ありがとうございます。はい、これアノンの分ね」
「ふっ、贅沢なやつだな。まいどあり」
眼前に差し出された暴力にアノンは抵抗しない。
即座にソースの垂れるステーキを頬張り、咀嚼、嚥下した。
「おいしい?」
「ワフッ!ワフッ!」
「よかった」
肉焼き屋を去るとき、ミオをエスコートしていたアノンの尾は定期的に横に振れているのだった。
「ここか」
その後、ミオとアノンは寄り道することなく宿屋へと辿り着いた。
「いらっしゃいませ、ようこそ賢狼亭へ。オットー様よりお話は伺っております。ミオさまと、アノン様ですね」
「はい」
「どうぞこちらへ」
ルーさん、話まで通してくれていたのか。
今度またお礼を言いに行かなければ。
「こちらです。301号室になります」
「ありがとうございます」
部屋の中は布団が敷かれ、いくつかの収納と風呂、便所があるだけの簡素なものだが窓からは屋台街を見下ろすことができ、その景色はそれなりに美しいものだった。
「朝食は七時になります。それではごゆっくり」
案内人がいなくなり、アノンと二人きりになった。
布団の横にクッションがある。親切なものだ。
「今日はもうつかれたし……ねよっか」
「ワフ」
フカフカの布団に人生で初めてくるまったミオはそのままゆっくり眠る体勢へと移っていった。
「ふふ、クッションいらなかったね」
布団の中にアノンを入れて。
「ウフ」
「おやすみ……」
平和に眠りにつこうとした二人だったが、人は、そう簡単に犬を逃さない。
寝息を立てているように見えるミオとアノンのもとには訪問者が、近づいていた。
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