第6話 さ、いこうアノン

盾状の物体の敵味方を識別する間もなく、続いて超音速の物体が弾着した。


計6発。


その盾は衝撃波や破片からもミオたちを護るが、直撃を受けたUG型殲滅兵器はそうもいかない。

噴煙が晴れると、そこで文字通り地面に縫い止められ、その機能を停止していた。


識別……人類防衛軍護衛2型無人航空機、及び未確認の超音速兵器。超音速兵器を以後バンカーブレイクと呼称。


「試製800mm墳進翼付安定徹甲弾の弾着及びアント1の機能停止を確認。ピックアップトラックを操縦している操縦手に通達。そのまま車両を停止、警備隊到着まで待機せよ」


人類防衛軍の無人航空機はその音声を数回繰り返すと、その場を離脱していった。


敵対行動は……確認できず。偽装の露見、または人間側の規則に則る間のみ脅威でないと判断。

火器管制システム、オフライン。


「アノン、もうどいてくれる?」

「……ウフ」


ゆっくりと、精密機械を扱うかの如く慎重にミオの首根っこをおろし、アノンは半歩身を引いた。

アノンにぶつからないよう、これまたゆっくりとミオは身を起こす。

荷台にのる一人と一匹の姿は遠目から見れば平和な景色そのもの。

しかし、ミオの頬をカラカラに乾いた風が撫でると煤が少しばかり舞い、それを嗅ぎ取ったミオの嗅覚が検知する確かな硝煙の匂いがそれを否定していた。


「っつ……いてててて……ミオ、アノン、無事か!」


バックミラー越しにわかってそうではいたが、ルーさんもようやく現実に戻ってきたようで、少し慌てた様子で車から降り、荷台に登ってきた。

少し狭い。


「……ぼくも、アノンも、元気です!」

「そうか……そいつはよかった。いや、本当によかったぁ……」


そういうとルーさんは私と、アノンの頭を撫でた。

どこか、アノンを撫でたときのそれとは違うように感じる。


「お前ら、ほんとに強いな」


それからしばらく、ルーさんと戦闘について語り合った。

武器をほとんど使ってしまったこと。

アノンに手伝ってもらったこと。

UG型殲滅兵器をなんども空中に打ち上げてやったこと。

そして、アノンに命を救ってもらったこと。


ルーさんは屈託のない笑みと砂漠の果てまで届きそうな笑い声を響かせながら聞く。

そしてそのたびにミオとアノンの頭をワシャワシャとなでるのだった。


そして、二時間ほどたったころ、彼はミオたちの前へ現れた。


「いやぁ~どうも。おまたせしてすみませんね。オットーさん」

「いいってことよ。どーせいつも通り居眠りでもしてたんだろ?」


ぼさっとした髪にあちこちよれている制服。急いできたのか、はたまた単純に普段からこうなのか。

少なくとも制服を着ていなければ軍に所属する人間と判断できないだろう。

ルーさんとは旧知の仲のよう。

ミオたちを置いて、男の世界へいってしまって入る隙がない。

アノンの目が冷たいように見える。


「おっとと、いけない。また、業務をすっぽかすところでした。オットーさん、お隣の子とこの狼はなんです?」

「あ〜こいつらな。右のがミオで左のワシャワシャしてんのがアノンだ。ま、ちょうど道中一緒だったから拾ってやったんだ」

「なるほど、拾ってやった。ですか……」

「だめか?」

「いや別にだめではないんですがねぇ?なかなか大物を拾ってきたもんだなと……」


そこから先、二人はこちらに聞こえないように小さな声で話し始めるが私もアノンも耳はいい。

すべて聞こえる。


「じつはですね。そこの左のアノン君……でしたか?彼の捕縛命令が出てまして、それもあって遅くなったんですよ」

「なるほどなぁ、いやしっかしこいつをかぁ?そりゃちと厳しいってもんだろ……」

「ですよねぇ……」


二人の目には胡座をかくミオとその膝の中に丸まり顔をこちらに向けているアノンがいた。本人たちこそ話の内容で警戒しているが、二人には平和で崩し難いほのぼのとした光景にしか見えないのだった。


「しかし私も、上の命令に背くわけにはいかないわけで……オットーさんちょっといいですか?」


今度は二人して荷台から降り筆談を始めた。これは流石のミオも見えないため、内容がわからない。

しかし確かなことは、二人が悪い笑みを浮かべており筆談が終わる頃にはグータッチをしていたということだけだった。


「ミオくんだよね?私はハウズ・ベッケ、ハウと呼ばれているものでね。ちょっとお話しいいかな?」

「……いいよ」


アノンを引き取りたいというのだろう。

荷台から降りてハウさんの方へ向かう。


「実はね、君のパートナーを預からせてもらいたいんだ」


やはりそうか……いや、それだけじゃない?


ハウは同時に砂にもなにか書き始めた。

『面倒くさいけど、僕も監視されていてね。ここならなんとかばれないからこうして話させてもらう。アノンくんを連れて行くことは僕も本意じゃない。ちょっとした芝居に協力してくれないか?』


なるほど……2人があの笑みを浮かべる理由がわかった気がする。


「アノン、ちょっといい?」


密談のあと、ハウさんに最後の別れをといって二人のいないところでアノンと作戦計画を練った。

役者が四人になり、短い劇の幕が上がる。


「アノン!どこ行くの!?」


悲痛な少年の声が響き、赤茶けた大地を灰色の影が駆け抜ける。


「あっ、まって」


視覚外から気の抜けた声が響き、視界が揺れる。追いかけようとしているようだが、岩場を縫って駆ける影には追いつけそうもない。


「はぁ、はぁ、はあ……こりゃにげちゃったかなー」

「だめだぁ!アノンのやつ早すぎるぜぇ」


本気で走りはしたのだろう。二人の息遣いは非常に荒い。


「……うっ、ううっぅ、なんでぇ、なんでアノンいっちゃうのぉ」


少年の目が赤く染まり、瞳が揺らぎ雫を落とす。その雫は太陽の光をこぼし、ガラスのようにきらめいた。


「……ごめんね、ミオくん。とりあえず、行こうか」


ピックアップトラックを運転しなければならないオットーを除き、ミオとハウは警備車両に乗り込み、その場を去った。

人の生存域の境目、通称国境線までの道中、二人は一言の会話も交わすことはなかったが、なぜかその雰囲気は悪いものではない。

警備車両の後ろから追走するピックアップトラックの荷台の隙間に小さな影が飛び込んだ。



巨大なコンクリート製の砲台、ネズミ一匹通さないほど細やかな鉄条網、ハリネズミのように所狭しと並んだ機関銃。

少し後ろにはレーダーサイトやミサイルセルが配置され、指揮権を持つ人間と、機械によって制御されている人の防衛陣地。

幾層にも重ねられたそれを突破するにはUG型殲滅兵器が3桁単位でも足りるか怪しい。

そんな要塞を兼ねた国境線の間にわずかに空いた連絡線を縫い街を目指す。

数キロにも及ぶ防御陣地を抜け、街の外壁に到達する。

国境と思われる場所に、人はいない。

門の脇に車を止めると一度降りて、小さい割には重厚な扉を開けて、中に入る。


どうやらここが人の検問所らしい。


「ミオくんちょっとここで待ってて。書類取ってくるから、僕が戻ってくる前にオットーさんがきたら、ここで待つように伝えて」

「うん」


その後、暫くしてルーさんと書類を持ったハウさんが合流。私の入国手続きを進めてくれた。

ミオという少年は森の中にあった隠れ集落から来た旅人として処理してもらい、おすすめの宿屋、飯屋、雑貨屋など一つ一つ丁寧に話してくれた。

オットーさんが家に来るかと誘ってくれたが、丁重にお断りさせてもらう。

オットーさんのそばは少々目立つし、何度も外へ出ることになると判断した。


「それじゃあ、これが入国許可証ね。なにか困ったことがあったらいつでも声をかけてほしい。どうせ、僕はいつもここで暇してるからさ」

「俺のことも忘れんなよな!3番街にいっからいつでも訪ねてくれ」

「わかりました。ありがとうございます……それじゃあ、また」

「おう、またな!」

「またね、ミオくん」


二人の大人に見守られ、ミオは検問所を後にした。

そのときちょうどセンサーが検問内を通過する熱源を警告してきたが、ハウは誤作動として処理したのだった。


ミオの手元から、入国許可証とは別に小さなメモが顔を出す。そこにはなぐり書きでハウの文字が書かれていた。

『ミオくんもアノンくんも、本当に演技上手だ。ようこそ、連絡待ってる』

そっと、小さなメモと入国許可証をしまい、ミオは歩き出す。


「さ、いこうアノン」


灰色の影とともに。

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