婦人の顛末
「それで、そのイーリアスさんって人のお屋敷が、この辺りにあるのよね?」
「やっぱり、この辺は、私たちが住んでるような区画とは、雰囲気が違うよねー。
きっと、そのご婦人さんもお金持ちなんだろうなー」
「どうなんだろうな?
亡くなられた旦那さんは、かなり立派な騎士のようだったから、それなりに稼いではいたと思うけど」
翌週の安息日……。
待ち合わせていたリナとレアに合流した俺は、そんな会話を交わしながらイーリアス邸への道のりを歩いていた。
今回、ヤナとクロ少年は置いてきている。
それは、ネロン婦人が始めた試みには、残念ながら二人の存在が邪魔となってしまうからだ。
俺の役割には、そんな二人へ代わって、顛末を見届けるというのも含まれていた。
「騎士っていうのも、役職や地位で俸給が変わってくるんだっけ?
変な話よね。
お貴族様なのに、商会の奉公人みたいにお給金もらって暮らしてるなんて」
「その辺の事情は、中央でも地方でもあまり変わらないな。
基本的に、貴族っていうのは、武門も文官もみんな法服貴族家さ。
そうじゃないと、統治する側が自領を切り取って与えてやらないといけなくなる。
そんなことしてたら、主家の力が弱まっちまうからな」
土着した領地持ちの貴族と、中央部の法服貴族家に存在する違いへついて、リナへ端的に語ってやる。
似たようなことは、俺も転生したての時に思ったものだ。
こう、貴族って聞くと、自分の領地を経営してるイメージだったから。
そこへいくと、この世界における貴族制度というのは、江戸時代の幕藩体制に近いんだよな。
大名に相当する一部の大貴族家が領地経営を行って、その他大勢の仕える側は、サラリーマンか、あるいは公務員のごとく給料を受け取るという。
まあ、優れた仕組みを考えるやつは、地球にもこの世界にも当然いるし、それは当然のように採用されるということであった。
「むふー」
と、そんな会話をしているところで、おかしな笑みを浮かべたのがレアだ。
「どうした? 変な笑い方して」
「別にー。
ただー、リナちゃんが本当に聞きたいのはー、そんな貴族の事情じゃなくてー」
と、そこでレアが、リナの方に視線を移す。
ははあ、これはアレだ。
相当に意地の悪い笑みを浮かべているに違いない。
「その未亡人さんにー、ジンドー君が心を奪われてないかだよねー?」
と、思ったら、とんでもねえことを口走りやがった。
……こいつの中で、俺は性獣か何かに分類されているのだろうか?
「ちょ、ちょっとレア姉!
何言ってるのよ!?」
「そうだ。
本当に何を言っている」
顔を真っ赤にするリナと、歩きながらも真顔で腕組みする俺だ。
ネロン婦人は素晴らしい女性だと思うが、それは人間としての評価であって、異性に対する感情ではないぞ。
「おやおやー。
ジンドー君が全然動揺してないしー、これは心配する必要なかったかなー?
よかったねーリナちゃん」
「だから、そんな心配全然してないって!」
めっちゃムキになって否定しているところをみると、ちょっとは心配されていたらしい。
まったく……やれやれだ。
「アホなこと言ってる間に、到着したぞ」
会話っていうのは、ただ歩くだけの退屈な行程を紛らわせるのには最適で、気がつけば、いつの間にか先日も訪れた邸宅である。
「やっぱりー、お金持ちなんだねー」
「すっごく大きい屋敷……」
屋敷を見上げて圧倒される二人をよそに、俺は遠慮なく玄関のドアを開けた。
「ちょっと、勝手に開けていいの?」
「事前に許可は得ている。
その証拠に、ちょっと不用心だけど鍵も開けられていただろ?
多分、手が離せない状況になってるからってな」
「手が離せないってー?」
「そいつは、現場を見てみれば分かるさ」
言いながら、勝手に屋敷の廊下を歩いていく。
二人を連れて俺が訪れたのは……先日も、ヤナたちと一緒にクッキーを作った台所であった。
そして、そこで繰り広げられていた光景は、やはり、先日と似通ったものだったのである。
「これはー?」
「知り合いの奥さんたちと一緒に、お菓子を作っているの?」
そう……。
台所では、ネロン婦人が中心……というより、講師のように振る舞いながら、皆でお菓子作りを楽しんでいたのだ。
「ネロンさん、お砂糖はこのくらいでいいかしら?」
「あらやだ、ダマになっちゃったわ」
「生地をかき混ぜるのって、思ったより力がいるのね……」
「はいはい。
一つずつ、お教えしますとも」
明らかに菓子作りなど未経験なマダムたちへ……。
ネロンさんが、丁寧に分量やリカバリー方法、疲れずに力を込めるコツなど教えていく。
その様子は、傍目にも楽しそうで……。
一種の、張りというものを感じているのが察せられた。
「要するに、だ。
話を総合すると、ネロンさんは皆でゆっくりとティータイムを楽しみたかっただけで、その手段として思いついたのが、喫茶店開業だった。
だったら、話は簡単だ。
亡くなった旦那さんの同僚や部下に声をかけて、奥方を寄越してもらえばいい。
とはいえ、急に知らない人を招くっていうのもなんなので、料理教室という形にした。
それなら、縁の薄かったご婦人たちにも足を運ぶ理由となるし、ネロンさんも受け継いできた味を伝承することができるしな」
すらすらと、リナやレアに解説してみせる俺だ。
ちなみにだが、ちょっとドヤ顔となっているぞ。
自分でも、これはナイスなアイデアだと思ったからな。
「問題は、亡くなった旦那さんの部下や同僚が、どれだけ協力してくれるかだったが……。
そこのところは、ネロンさんが確信していた通りだったな。
まさか、手紙一つで素人の料理教室に妻を送り込んでくるとは……。
亡き旦那さんは、よほど周囲から慕われていたらしい」
「へあー」
「さすが、これだけのお屋敷を構えるだけのことはあるわね」
俺の解説を受けて、レアとリナがそれぞれなりに感心してみせる。
よほど、集中していたか、あるいは楽しいのだろう。
ネロン婦人が俺たちへ気付いたのは、そんな時のことであった。
「あら、ジンドーさん。
来てくれたのね?」
「もちろんです。
発案者として、見届ける義務がありますから。
ですが、この様子を見ると、大成功なようですね」
俺の言葉を受けて、お菓子作りするご婦人方が、一斉に互いの顔を見た。
「そうねえ。
皆でお菓子を作るというのも、楽しいものだわ」
「そうそう。
こうしていると、まるで娘の頃へ戻ったみたい」
「旦那は狩りやら乗馬やらと楽しんでいるけど、わたしたちの方はそんなのないものねー」
おやおや、これはとんだ有閑マダムたちもいたものだ。
どうやら、誘いを受けた側にとっても、このお菓子教室は渡りに船だったようである。
「さあ、さあ、皆で一緒に仕上げましょう。
この教室を提案してくれたジンドーさんやそのお友達と一緒に、楽しいお茶会にしましょうね」
ネロン婦人の言葉へ、他のご婦人方も楽しそうにうなずく。
こうして、俺は一人の開業計画を潰し……。
代わって、より楽しくリスクのない試みを提案することへ成功したのであった。
報酬は、美味しいお茶と出来立ての焼き菓子。
ちょろいアイデアを出しただけの身に対しては、過剰なほどの美味であったことは告げておこう。
飲食チェーン社長が転生したので、この世界でも飲食業界で成り上がります。 英 慈尊 @normalfreeter01
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