夏の自家製バケツゼリー

脳幹 まこと

大人の自由研究(散々な)


 これは私が社会人になって何年か経った頃のお話。


 うだるような夏の土曜日。

 突拍子もなく豪快なコトがしたくなった私は、豪快の代名詞である業務スーパーに向かった。


 規格外のサイズに目を輝かせていたのだが、その中でも最高にイカしていたのが「業務用ゼリーのもと」だった。1袋で3キロのぶどうゼリーが作れるらしい。


「よっしゃ! これ1袋丸々使ってバケツゼリー作ろう!」


 私はその足でセリアに向かって園芸用の青いバケツを買った。5リットル入る。ウキウキだ。


 自宅に帰ってすぐ、ゼリーのもとを全部バケツに出した。蛇口をひねり、水を目分量まで入れた。

 ここまでは順調そのものだった。しかし、この次のステップで問題が発生する。

 底に溜まったゼリーのもとが、一定のラインから溶けないのである。

 かき混ぜてももと・・の皮膜が出来てしまい、皮膜内にある粉がそのまま残ってしまうのだ。水の量は正しいはずだが、なぜなのだろう。

 手順を改めてしっかりと読んでみて、その謎がはっきりした。溶かすのは熱湯にしないとダメだったらしい。

 だが、もう水は十分に入れてしまっている。大体バケツが熱に耐えられるかどうかは考えていなかった。変な成分が溶け出すのも困る。どうすればいいか。


 こうなったら、強行突破しかない。

 私は執念深くかき混ぜ続けた。しゃもじで。水がもと・・全体に反映されるまで。

 何十回やっても底にじゃりじゃりの粉の層が出来てしまうが、努力の甲斐もあってか、当初より相当薄くなっていた。

 あとは冷やして待つだけだ。


 けれども、ここでも問題が発生する。

 冷蔵庫にバケツが入らない。容量は十分あるのに、各フロアの仕切りが邪魔をしてバケツが入らないのである。某大手メーカー製の冷蔵庫は、バケツが入ることを想定していなかったのだ。

 どうする。冷やさなければ確実に美味しくない。3キロの常温ゼリーなんて、一体誰が得をするのか。

 背に腹は代えられない。

 私はラップしたバケツを冷凍庫に入れた。完全に凍る前に取り出せば問題ないはずだ。

 辛うじて手順は守っている。これはいけるはずだ。最悪凍ってもシャーベットみたいなものだろう。3キロもシャーベットを食べたことはないので、それはそれで嬉しい展開だ。


 それから1時間が経過した。

 しゃもじで表面をさらってみると、まだ水っぽかった。弾力が付くまで待てば良いはずだ。


 更に30分が経過した。まだ水っぽい。

 更に30分放置。まだ水っぽい。

 更に30分……30分……


 ある段階から、表面にしもがつきはじめた。

 なんだか妙だ。ゼリーの段階を通らずにシャーベットになろうとしている?

 大の大人が悩みに悩んで導き出した方針は「状態がどうであれ、とりあえずここいらで中身を見てみる」ということだった。

 表面がしゃびしゃびなのは分かっていたので、バケツをゆっくりと傾けてどこまでが液体で、どこからが固体なのかを確かめることにした。


 事態は予想よりも深刻だった。半分以上が弾力のかけらもない水のまま。かき混ぜてどうにかなるものでもなさそうだった。泣く泣くその部分は捨てることにした。

 せめて、残ったゼリー部分を取り出そう。大皿を取り出してバケツの上に被せる。ひっくり返せばゼリーが「ぷるん」と出てきてくれるはずだ。期待と不安の中、上下を逆にしてみる。


「全ッ然出てこねェ!!」


 本当にびくともしない。

 バケツの底を拳で叩いても、しゃもじでゼリーを押してみてもダメ。

 仕方がないので、しゃもじでゼリーをえぐってみる。

 ねちゃっという、おおよそゼリーに似つかわしくない音がした。

 ゼリーの欠片がバケツの側面に大量にへばりつき、食欲を奪っていった。


 私はいったい、何をしているのだろう……? 


 ゼリーを一口食べる。途方もなく甘ったるい。ぶどう味なのにくどい。

 もう食べたくない。 

 バケツの中には大量にこれがある。捨てた水を差し引いても、1キロはある。

 底の部分に至っては、バケツの青色が見えなくなるほど、はっきり澱んでいる。


 加えて、この先をどうすればいいのか。

 冷凍庫に入れ続ければカチコチに凍ってしまう。だが寝る必要がある以上、絶対に限界がある。

 ここで全部食べきるのが理想だが、ほんの一口でだいぶ持っていかれた。

 完食も冷凍保存も無理だ。


 呆然とバケツを見つめていた私だったが、ここで一つの名案が浮かび上がった。


 バケツの形にこだわらずに、小分けして作り直そう。

 底にこびりついた塊を取り出し、鍋に移す。その時にはお湯できちんと溶かす。

 セリアでゼリーの型は見かけたから買っておく。

 小分けにして、冷蔵庫で適切に冷やそう。

 決戦は明日の昼だ。


 私は合掌し、バケツゼリーにラップをして眠りについた。


 そして、日曜日の昼下がり。


 私は作戦の失敗を悟った。


 バケツの中は、白黒のまだら模様になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の自家製バケツゼリー 脳幹 まこと @ReviveSoul

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ