仮面の取引(3)

 次の日も、また次の日も、ジュリウスは芋餅片手に面会へ訪れていた。


「〈浄化の聖水〉」

「だから毒は入れてませんですよ」

「……そのようだ。いただきます」


 相変わらずレネは来ない。プランナーが居なければ補給も満足にできず、劣悪な環境でコンディションが落ちていってしまう。

 現にカルタの仏頂面も、普段より顔色は白寄りになっており、また栄養不足で痩せこけ始めていた。


「いい加減、決めてくれませんですか?」

「検討に検討を重ね、検討を加速してるじゃん」

「困るのはそちらですよ。風呂も入れず糞尿まみれ、今すぐ除菌消臭が必要でしょうに」


 実際、無意識のうちにアカとフケをポリポリとポリポリと掻いていた。

 集中できないし、寝不足で思い出せない。ジュリウスの契約は何だったか?


「ここから出る方法は二つです。極刑が執行されるか、ワタクシと契約するか」

「契約内容は」

「それ何度目ですか?」

「契約書は小さな文字も見逃さないようにするタイプなんでね」


 ジュリウスがため息を吐く。


「カルタ・碇谷はワタクシの管理下に置かれますです」

「対等な立場でしょ」

「便宜上そうしなければ国民が納得しないです」


 といった具合で、議論は平行線を辿っていた。

 互いに嘘をついている。だからこそ契約を呑んでしまうと、取り返しのつかないことになるのは確かだ。

 レネを頼れない以上、穏便にジュリウスを丸め込んで脱獄するしかない。しかし奴の本意は?


「本当に皇帝が退位するかも怪しいよね」

「貴方のほうがお強いですのに。脅せば一発ですよね」

「それで国民は納得するの?」

「納得させるのですよ」


「貴方は本当にサンサリアを滅ぼすつもりはないのです?」

「無い」

「信用できませんですね。確固たる証拠を出していただけますですか?」

「言ってるでしょ。罪もない人は巻き込めないって」


「そもそも皇帝の力を得て何をしたいの?」

「まだそれを言う段階には無いですね」

「異世界に攻め込むつもりなら滅ぼすよ」

「そのつもりは無いのでご安心くださいですよ」


「貴方が滅ぼしたくなくても、お仲間はどう思っているです?」

「知らない。でも滅ぼさないことで合意は取っている」

「助けに来ない様子を見るに、お仲間はサンサリアを滅ぼしたいと思っているのでは。貴方、独自行動をしているですか?」

「勝手に解釈するといいよ」


 その次の日も、また次の日も、一進一退の攻防を繰り広げるだけだった。

 みるみる排泄物が溜まってゆく。それに満足な運動もできていない。


「……」

「差し入れの芋餅ですよ」

「〈浄化の聖水〉」

「熱心ですね、もう一週間ですよ」


 やはり毒はない。唯一の娯楽を噛み締める。


「そろそろこの味も飽きてきたな」

「おや、親切心を足蹴にするですか?」

「はやく決めないといけないのは分かってる。でも満足のいく形でなければ、互いに辛い思いをするだけだ」

「まあそうですね。では緑茶でも飲みます?」


 そう部下に命じて持って来させたのは、湯呑みに入った緑茶だ。

 湯気も茶柱も立っている。餅には抜群の相性だろう。


「……いいの?」

「契約を呑む、に掛けての差し入れです」

「では、ありがたく。いただきます」


 洒落を効かせた日本人の心を無碍にするわけにもいかない。

 両手で湯呑みを受け取り、フーフーと冷まし。

 そのまま口にし、飲み込んだ。


「……美味しい」

「バビロニアの名水を使っているですから。薬の効果も増してくれるですよ」

「へえ、そんな効果、が……っ?」

「……もちろん、毒の効果もですね」


 突如、カルタが椅子から転げ落ちた。

 起き上がろうとするも身体に力が入らない。視界、思考も霧が立ち込めてきた。


「ようやく飲んでくれましたか」

「そん、な……たしかに、〈浄化の聖水〉を……」

「確かに芋餅には毒は入れていませんでした。芋餅には、です」

「く、そ……あたま、が……」

「そう。ワタクシの能力は怠惰アケディア、段々と理性は無くなり、何も考えられなくなる。最後は傀儡となるですよ」


 狐のような面が悪魔のものへと変わる。

 目も口角も極限まで上がり、キヒヒヒッという下卑た嗤い声を響かせていた。


「貴方の新たな主人は『堕落のアジール』。八罪魔将、その一人です!」


 返事はない。囚人の目は虚で、涎を垂らして唸り声だけ上げている。

 その無様な姿を嗤いながら、ジュリウスもといアジールが牢の中へと入り、最後の仕上げを施さんと人差し指を眉間に押し当てた。


「さあ契約です。ワタクシの物となり、サンサリアを、そして他の世界を統べるための奴隷となるがいい」

「わけないだろ」

「はっ?」


 突然の頭突き。魔将の右手が指から砕けた。


「その程度でワタクシが」

「〈千腕菩薩拳〉!!」

「なばばばばばべぶぶ!?」


 一瞬にして千発の打撃を打ち込む、拳術系最上位スキル。

 そのまま転がった衛士隊長の目に入ったのは、全然ピンピンしているカルタだ。


「ようやく尻尾を出したな。アジール!」

「オマエっ、なぜ動ける!?」


 七日間の攻防の末、決め手を急いだアジールへの完璧なカウンターが決まった。

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リフェイトブレイバー 〜転生先の異世界を滅ぼすプロゲーマーたちの物語〜 遊多 @seal_yuta

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