仮面の取引(2)
次の日。
「約束の芋餅ですね」
ジュリウスは大きな葉で包んだ六個入りの餅を差し入れてきた。
反射的に涎が垂れる。当然だ、娯楽もなくロクな食事も水も摂れていないなか、主食にもなる菓子を持って来られたら、手を伸ばさないはずがない。
「〈浄化の聖水〉」
「たっかい土産用に毒を入れるほどワタクシは薄情ではありませんですよ」
「……どうやら本当のようだ。いただきます」
透明な雫を浸しても反応が無かったため、まずは黄色い芋餅を手に取り、包んでいる葉を取って口にする。
「……甘い。粘り気は丁度いい」
「分かっていないようですね。その大葉も一緒に食べるのです」
「これも? 洗っていない手を付けちゃったけど」
「薬草の一種です。帝国兵にも病気予防のため摂らせているですよ」
無表情ながらも眉根を顰める。先ほどの芋餅は甘すぎた、そのため期待していなかったが。
「え、美味っ!?」
「空きっ腹には効くですよね」
「大葉の塩気と苦味が芋の甘味を引き立てている! まるで疾風と切札、ウサギと戦車、そしてバッタと機関車のような最高のコンビネーション……!」
「喩えがよく分かりませんですが、お気に召したようで何よりです」
気がつくと六個あった餅は全て消えていた。薬草スムージー以来の食事だ、血糖値が上がり押し寄せてくる眠気を抑えようと、目を擦る。
「……それで、昨日言ってたよね。提案を呑むことになるとかどうとか」
「話を聞く気になりましたですね?」
「聞く気には、ね。芋餅の分くらいは聞かなきゃ道義に反するでしょ」
衛士隊長のニマァとした笑みがさらに強くなった。
「まず、サンサリアの敵たるカルタ・碇谷。貴方は処刑するために生かされておりますです」
「だろうね。でも、ただ殺したらサンサリアの理によって誰かに転生する。何処に行ったか分からなくなるし、もし特定できたとしても自由の身ゆえ再拘束も厳しく、手間もコストもかかる」
「ゆえに魂も処刑できることの証明が必要です。しかし、ワタクシは思うのです」
狐のような細い目は崩さず、声のトーンと口角が下がる。
「果たして世界の敵というだけの優秀な人材を処刑してよいのですか、と」
「というと?」
「昨今、バビロニアでは『魔族も元を辿れば人類だから差別するのは良くない』という声が強まっております。一千年前に発生した、人間や獣人と敵対する人類族の総称を『魔族』としていますです」
「そりゃ秩序を乱す者は排除しなきゃダメでしょ」
「『魔族が敵対する原因は、差別に対する反逆である』。という論文が流行ってしまい、その風潮から貴方を庇う声も少なからずある……というわけですよ」
「つまり、このまま僕を殺したら、人権派が過激化して暴動やデモが起きかねない、ということ?」
「まさしく。ならばいっそ殺さず有効活用すればよいのです、というのがワタクシの考えです」
そうジュリウスは笑みを浮かべながら語った。
細い目の奥に孕んだ本音は分からない。これが全くの嘘かもしれないし、真実かもしれない。
いま分かるのは、信用ならない男が世界の敵の人権を守ろうとしている、ということだけだった。
「……どこも同じか。規模が違うだけであって、どんな命だろうと滅することをよく思わない者がいる、というのは」
「貴方は違うとでも?」
「まさにその通りだよ。本来、僕はサンサリアを滅ぼすことには反対だ」
だからこそカルタは、まず相手に合わせる手を選択した。
淡々と、そして相手へ目線を釘付けにして続ける。
「ベルや八罪魔将を中心に、サンサリアは他の異世界を侵略した。これは身勝手に世界間の秩序を乱す行為であり、糾弾されるべきだろう」
「それで貴方は滅ぼしに来た。違いますか?」
「断じて違う。それなら管理すればいい、これが僕の考えだ。魔族たちの罪を関係のない人間や獣人にまで背負わせるのは違う、そんな理由で大多数の罪のない命を滅ぼせば、今度は僕たちの世界が同じ末路を辿ることになるはずだ」
そして真実から嘘へと変わってゆくにつれ、言葉にも感情がこもってゆく。
「本当はサキ・ヴァルプルギスに大使を務めて貰いたかったが……理解してもらえず、裏切られてしまった」
「おいたわしや。しかし偶然か必然か、ワタクシとは意見がニアピンではありませんか」
「そうだね……さて」
意見は合った。改めて問う。
「ジュリウスの魅力的な提案というのを詳しく聞かせてほしい」
訪れる静寂。それから一呼吸おいて、ジュリウスが固まった空気を解かす。
「ならばいいでしょう。お前たち、少し席を外すですよ」
護衛はコクリと頷き、そのまま見張りのほうへと歩いていった。
牢が完全に二人となったことを確認し、若き衛士隊長が重い口を開く。
「ワタクシの大目標……それは、バビロニア皇帝の力を継承することです」
「謀反を起こす気?」
「そんなことをしても無駄です。皇位継承権は、サンサリアすべての人類にあるのですから」
「……どういうこと?」
そう返しながらも、カルタは頭の中で整理をしていた。
(ジュリウスの発言が本当ならば、バビロニア皇帝は死後、サキの身体にも転生できることになる。無論、魔女王コクトーにも転生可能だ)
現にカルタは百回以上もサンサリアで転生している。おそらく『すべての人類』というワードは嘘、正確には『すべての生物』だろう。
「皇帝陛下には退位していただくです。そして次の皇帝にワタクシを指名していただければ、その力と地位を継承できるですよ」
「国民は納得するの?」
「貴方がワタクシと同盟を組む、そして指示通りに魔女王を倒すです。そうすれば国民もワタクシ達の力を信頼してくれるですよ」
「コクトーが転生しないとも限らないんじゃない?」
「そこは黙っておくです。魔女王は一度も死んだことがないのですから」
そう笑ってみせてはいる。
(この面の裏側はどんな顔をしている?)
だが奴の虚言を看破してしまった以上、カルタには一言一句が嘘と聞こえていた。
「ワタクシと貴方が組めば最強です。ぜひ、ご契約を」
「すこし考えさせてほしい。それと頼みがある」
「なんです」
「……下着が欲しい。吸水性がバツグンな」
「いいですよ、ただし排便は隅でしてくださいね。誰も片付けないですので」
(さて、どこが本当で、どこが嘘か……)
こうして二日目の面会は終了した。
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