仮面の取引

仮面の取引(1)

 飛ばされた先は堅牢な牢獄だった。

 幸い、服は奪われていなかった。しかし鎖に手足を繋がれている。

 周囲を見渡す。鉄筋コンクリートの壁に、黒鋼の格子。今までのようなボロではない、この中の咎人は絶対に逃すものかという気概すら感じる造りだ。


 しかしカルタには通用しない。数十メートルの壁だってぶち破れる……はずだったのだが。


(ヴァジュラヴァーナが無い!?)


 最悪だった。ベルに奪われたのか、はたまた気絶している間に没収されたか。

 そもそもここは何処だ、バビロニア帝国のはずだが確証が持てない、皇帝の手に渡ったら非常にマズいから確信したくない。


(こうなったら素手で……いや無理だ)


 肌に粘りつく汗と湿気が、さらにカルタの焦燥感を加速させていた。


(というかレネは何処だ、まさか殺されたのか? プランナーが居ないとプロゲーマーは力を発揮できないのに)


 プランナーは常に、プロゲーマーにとって快適な環境を提供している。気温、湿度感などの調整やエネルギー供給だって行なっているのだ。いわば指揮系統および補給部隊である。

 彼らのおかげで、プロゲーマー達は超人的な力を発揮できると言っても過言ではない。


(偵察の情報が正しければ、いまはバビロニア精鋭部隊以上、そして八罪魔将未満ほどの力しか出せない。やっぱり脱獄は不可能)


 状況を俯瞰すればするほど救いが無くなってゆく。

 次に見るのは牢の外だ。見張りは二人。若くない、歴戦だ。囚人の危険性を分かっていて配置されている。

 つまり、ベルはバビロニア皇帝ともパイプがある。きっと「パパッと世界の敵を飛ばすんで、はい、よろしくゥ!」とでも押し付けたのだろう。


(いちおう倒せはする、鍵も奪える。でもその後、袋叩きにされて終わりだ)


 やはり現実的ではない。しかし、イタズラに時間を消費するわけにもいかなかった。


(でも、この状況を打破するには……)


 選択肢がカルタの頭に浮かんでいた。


 A.レネかエイルの救援を待つ。

 B.出房のタイミングで暴れて逃げる。

 C.外で偶然おきた革命に乗じてランナウェイ。

 D.煽りに来たベルを返り討ちにして外へコピペしてもらう。


 やはり待つ以外ない。そもそも下二つは非現実的なため実質二択である。


(……ゲーム化したらこのイベントどうなるのかな)


 任務中の待機は落ち着かない。とにかくリフェブレのことを考えて気を紛らわせるしかなかった。


 そうこうして、どれだけの時間が経っただろうか。

 外の様子が忙しない。まさか本当に革命でも起きたのかと一瞬期待したが、残念ながらそうではなかった。


「お邪魔しますですよ」

「邪魔するんだったら帰って」

「早々に帰らせようとしないでくださいです」


 キツネみたいな面長の男だ。ツーブロックの茶髪に糸のように細長い目と鼻、成金が好みそうな金色の革鎧。

 兵士を二人連れているが、どちらも護衛対象を信頼していない様子だ。底の見えない胡散臭さは万界共通なのだろう。


「ワタクシ、バビロニア帝国第二衛士団長を務める、ジュリウス・バルカンと申しますです」


 語尾も変だ。カルタが眉根をひそめる。


「それで、そんなジュリウスさんが何の御用で」

「まあまあ、雑談でもいかがです」

「僕は暇じゃないんだけど」


 正確には、任務後に遊ぶリフェブレn周目の脳内シミュレーションで忙しいのだ。


「おや残念、では本題に入りますです。貴方、いまの状況をどうお思いです?」

「極刑確定の裁判にかけられる直前でしょ」

「ほう、死ぬのが怖くないのです?」


「けど殺せない。大衆は、僕が死ねば他の誰かに転生すると信じている。世界の敵を手にしてしまった以上、魂を逃さず絶対に殺せると証明しつつ、処刑という儀式を経なければならない。となれば相応の準備が必要になってくる」

「……よくお分かりですね」


 表情は変わらないが、ジュリウスの口からため息が出る。


「話は伺っておりますです、異世界よりサンサリアを滅ぼしに来た一派、その生き残り。第二皇子ミスト様に成り変わった大罪人の仲間、と」

「それは何処筋の情報? もしかして、皇帝は敵対している魔族と繋がっているのかな?」

「魔族とて大きく括れば人類、ただモンスターと同様に他種族を喰らわねば生きられない咎を背負っているだけ。共通の敵が見つかれば話し合いの場を設けるのも自然ですよ」

「やっぱり繋がっているんだね」

「ご想像にお任せするですよ。ただ」


 細い目がカッと開かれ、小さな瞳孔が囚人をギロリと捉え。


「サキ・ヴァルプルギスに裏切られ、ここで何も出来なくなったチビな悪童クソガキの妄想なんて……いったい誰が信じますですかね?」

「ッ!!」


 煽られたカルタが手足の鎖を引きちぎり、ガシャンと合金格子へ叩きつけた。

 すぐに護衛と見張りの兵が駆けつけ、長槍で制圧しようとする。それでも少年は獣のような唸りを止めない。


「おおっと、噂通り猛獣より危険ですね。クロロチタニウム合金の檻を曲げるなんて、それほど悪辣公女に惚れ込んで」


「誰がホビットだゴルァ!!」

「えっ」

「ブチ殺すぞワレェ!!」

「怒りのトリガーそこですか?」


 ネオグンマの高校男子の平均身長は一八三センチ。とある女性プロゲーマー曰く「一八〇センチない男子ニキは人権ないやで」というくらい、低身長は肩身が狭い。

 そして平均より二十センチも下回っているうえ童顔、このコンプレックスを刺激されたカルタは成金衛士を敵だと判断した。


「もうキレた。帰れ帰れ」

「おや、いいのです? 一生塀の中で臭い飯を食いながら腐ってゆくのですよ?」

「その気になれば出て行けばいいし」

「そんな宿屋感覚で言われても困るのですが」


 ジュリウスが手を上にあげ、兵の槍を引っ込めさせる。


「まあいいです。今は引くとしますですよ」

「二度と来ないでね」

「次は芋餅でも差し入れますですよ……ただ」


 そして口角がニタァと上がり。


「いずれ貴方はワタクシの提案を呑むですよ」

「るさいよ、ほら帰った帰った」


 シッシッと追い払われた衛士たちは、おー怖っと侮蔑するように去っていった。

 そして厄介者を追い返したカルタは、その場でゴロンと不貞寝した。

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