愛界心

 先に仕掛けたのはカルタだった。

 吐いた息よりも、そして音よりも速く間合いを詰め、慣性のままにヴァジュラヴァーナを一閃。


「随分な斧槍ハルバードだ」

「横に避けても無駄だよ」


 腕が伸び切る前にベルのほうへと薙ぐ。


「でも当たらなければ」


 しかしそれをも潜りながらカルタの懐へと入り込み、仮面の男が掌を向け。


「意味がないだろう!」

「ッ!?」


 そこから、ドォンと爆発したような衝撃波を発生させた。

 当然、背の低いカルタは後方へ吹き飛ばされる。ぶっ壊した街の瓦礫をゴロゴロと転がりつつも、受け身を取り体制を立て直す。


『大丈夫ですかぁ、先輩?』

「なんか煽ってない?」

『いいえー? なんか余裕そうだなーって』

「これでダメージを喰らっていたら、さっきの落下で死んでるよ」

「随分な余裕じゃないか」


 くぐもった声が割り込んでくる。ベルだ、奴がパッパッと瞬間移動で近づいてくる。

 まるで身体だけ切り取って貼り付けているかのようだ。エフェクトも音も無いため、動きが不規則で読み辛いが。


(能力を自分からバラしてどうする。近付いてきたら、反撃すればいい話)


 だからこそカウンターの意識を高め、構える。

 しかし気付いたときには、カルタは空中へと放り出されていた。


「なっ!?」

「先ほどは随分とお粗末なスキルを見せてくれたようだが」


 そして遥か頭上、ベルが拳を構えているではないか。

 再び瞬間移動。しかも重力で加速している!


「〈メガトン拳骨〉は、こう打つ!」


 まるで隕石のような鉄拳が降り、海と山の間、ルドウィーンの建っていた地に大穴を開けた。

 海賊たちが家屋や船と共に宙を舞う。サキも吹き飛ばされぬよう必死に大地を掴んでいる。


「……作り直した国を壊すんだ」


 そんな中でも。カルタは、避けてみせて無傷だった。


「まさかとは思っていたが、やはり見切っていたか。お前、サンサリアをどれだけ知っている?」

「世界の半分くらいは知っているかもね」


 そう軽口を返してみせる。しかし助けられたレネは分からなかった。


『え、なんで今の避けられたんですかぁ!?』

「このサンサリアでは、武器やスキルを使えば使うほど、また見れば見るほど修練度が上がるんだ」


 リフェイトブレイバーからの知識。使えば使うほど上がる修練度に応じて、武器の威力やスキル習得効率が上がるゲームシステムである。

 また敵のスキルを見れば見るほど、完全に回避したり無効化できるようになるのだ。


「……やはりそうか、その武器は。剣、短剣、槍、斧、槌、棍、魔術杖……弓以外の機能を兼ね備えた業物だとは感じていたが」

「そう。たとえば斧槍ハルベルトを振るえば、斧と槍の腕が同時に修練されていく。そしてこれは、さらに多くの武器種を一度に極めるための代物だ」

『これ、リフェブレ効率プレイ用に設計された武器ってコト!?』

「ならば私は天敵だな。やはり修正しなければならないようだ!!」


 そう叫び、再び両手の平を向ける。

 一方、カルタはその言葉の真意を見通そうとしていた。


「きっとベルは、サンサリア全てのスキルと魔術を極めている。大した愛界心だよ」


 彼に慢心はない。そこにあるのは、誇りと使命感なのだろう。


 だからこそ、リフェブレ世界サンサリアを心の底から愛した男は。

 磨き、極め、システムの理を外れた奥義を振るうに値と判断し。


我流奥義ユニークスキル――〈八咫硝子ヤタガラス〉!!」


 ヴァジュラヴァーナを横に走らせる。

 空が裂け、電子が宙を舞い、弾け、溢れ。

 それらが共鳴し、互いに光を反射し合い、増幅された雷電と熱光が、何よりも速く鋭い無数の弾となり。


「ぐぅっ――!?」


 空間を操作しようとしているベルの身体を貫き、跪かせた。


「眉間、心臓も狙ったのに。能力で避けたのか」

「なんだ、そのスキルは……!」

「こっちの台詞なんだけどね。空間系というのは分かっているんだけど、なっ」


 意趣返しと言わんばかりに、ベルへと瞬間的に間合いを詰め、槍部を右膝へと突き刺そうとするが。


(やっぱり刺せない)


 軌道がズレて、すぐ横、何もない地面が抉れる。


「なるほど、だいたい分かった。お前の能力は、オブジェクトを切り取り、貼り付ける……『カット・アンド・ペースト』と言ったところか」

「……」

「この戦闘では、空間を切り取って貼り付けていた。シュウ達を殺した方法も、魂を切り取って露わにしたからと考えれば納得はいく。ただ精度は粗く、時間をかけなければ魂ではなく服や肉体だけを切り取ってしまうこともある……かな」


『っ、じゃあルドウィーンはどう説明するんです。一瞬で国土を消し飛ばしてましたよぉ!?』

「それだけ発動時間や魔力的なコストを掛けたんでしょ。そしてヌルポに落ちてデータとなった国民の記憶を編集してサキや倫理を削除。切り取った国土と合わせて、元あったところに貼り付けた、ってとこかな」

『お、おぉ』


「……名探偵気取りか?」

「チート能力や異常存在を散々相手してきたものでね、経験則だよ。ただ」


 今度は外さない。そう言わんばかりに、武器を剣のように構え。


「ルフェからヴァジュラヴァーナを抜いたのは間違いだった」


 退屈そうな表情で、ベルの首を刎ねようとした……しかし。


「止まれ」

「ッ!?」


 カルタの腕が止まった。石像のように身体が動かない。

 空間編集を考慮した軌道だったはずだ、間違いなくこのまま行けば完全勝利を迎えられただろう。


「……残念だったな」


 だが、遅かった。サキは、悪辣の八罪魔将に編集されてしまったのだ。


「サ、キ……?」

「止まれと言っている」

「ぐっ!?」


 魅了の命令が強まる。首はおろか口すらも動かせなくなってしまった。


『ほ、報告! サキが裏切りましたぁ!! エイル先輩はサボってたんですかぁ、どうなってるんですかぁ!?』

「……やっぱりサンサリアの敵は、排除しなきゃいけない。これが、みんなのためだから」

『はぁ?』


 虚な表情で呟くサキに対し、ウサギのアバターが青筋を立てる。


『見直しちゃったよぉ。命の恩人を裏切れるくらい、頭イカれてたんだ……ふざけんじゃねえぞ、えぇ!?』


 狂人フェチなレネでも看過できないほど、彼女に対して強烈な怒りを覚えていた。

 しかし無力な負け犬の遠吠えが勝ち馬に響くことはない。いつの間にかベルの傷は癒えていたようで、ついに立ち上がってしまった。


「ははっ……手の内も割れた、跪かされた。ああ、今回は完敗だ認めてやる。だが最後まで立っていたのは私だ。ああ悔しいなあ、だが仕方ないんだ」


 煽っているのか、それとも自嘲しているのか。仮面越しの額に手を当てながら、含んだ笑い声をあげている。

 そして決め手を作ったサキに目を向ける。望みを叶えてやろう、そう提言するかのように。


「世界の敵を、正当な裁きの場へ飛ばして」

「承知した」


 勝者の願いを引き受けたベルが、敗北者の身体を切り取る。


「せいぜい赦しを乞うがいい、カルタ・碇谷」


 そして残った二人も何処かへと消えた。

 戦場には荒れ果てた山河だけが残っていた。

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