第8話:ふたりで朝食

「ん……?」


 目が覚めると同時に何かいい匂いがした。瞼はまだ重いままむくりと上半身だけ起こし鼻をくんくんと動かす。


「うまそう……」


 ベッドから降りて部屋を出ると、眠気眼に飛び込んできたのはホットケーキだった。焼きたてのようでほんのり湯気が立っている。他にもいろんな料理が並んでいた。カリカリに焼かれたベーコンにぷるんとしたつやつやの目玉焼き、新鮮な果物にジャムがのったヨーグルト。うちにこんな食材あったっけ?


「あ、今度こそお目覚めですか?」


 コーヒーマグをのせた木製のトレイを持って、セルディックが台所から現れた。


「お前なんだその恰好は……」


 セルディックはエプロンを身に着けていた。それだけならまだいい。問題なのはそのデザインだ。

 

「あ、これ? 城から持ってきました。先生の家にエプロンはなかった記憶があったので」

 

 そういうと、セルディックはその場でくるりと回って見せた。ひらりと裾が舞い、腰で結んだリボンと肩にあしらわれたフリルが躍る。城のメイドがつけているような可愛らしいフリルが沢山ついた白いエプロン。どう見ても女性もののデザインだが、セルディックの体型に合わせて作られたものかのようにぴったりだった。


「よく似合ってるよ……胸周りが筋肉でパツパツで今にも破けそうだがな」 

「新婚の夫婦はこういう可愛らしいエプロンをつけて食事を作るそうですよ」

「どこから仕入れた情報なんだそれは……それにお前が作る側なのか?」

「嫌だなぁ先生。今時、奥さん側が料理を作るなんて前時代過ぎます」

  

 まぁ確かにそうだなと妙に納得して席に座る。追及するのが面倒になってきたのが本音だ。セルディックは私の方にブラックコーヒーを、自分にはいつものようにミルクをたっぷり入れたカフェオレを置いて席に座った。


「さぁ、食べましょう!」


 いただきますと手を合わせて遅めの朝食をとった。


「ン。うまい」


 セルディックが作ってくれたパンケーキを一切れ食べる。ふかふかの生地があっという間に口の中から消えてしまった。


「ほ、本当ですか!?」

「うん、甘さもちょうどいいよ」

「先生はあまり甘いものがお得意ではないからお砂糖は少し控えめにしたんです。その分、メレンゲたっぷり入れました」


 セルディックは自分の分に蜂蜜をたっぷりと垂らしていた。ホットケーキの上にのった蜂蜜みたいにキラキラと目を輝かせている姿はいつもうちでお菓子を食べる顔と同じだ。見た目は成長していても好物の甘い物を前にするとすぐに子どもみたいにはしゃいでいる。


「もしかしてこの食材も城から持ってきたのか?」

「今日から三食二人分の食材となるとかなりの量が必要になります。先生は普段パンだけで食事を済ませになることが多いでしょう? 果物や肉はなかなか手が出ないと以前仰っていた記憶がありましたから、なるべくご負担にならないようにしたかっただけのことです」

「そりゃお気遣いどーも……それにしてもお前いつの間に料理なんて覚えたんだ? 城では厨房長がいるから自分で作る機会なんてなかっただろう?」

「遠征任務では自分たちで飯を作ります。給食班に交じって作るようになったら覚えました」

「騎士団長のお前がか? なぜわざわざ……?」

 

 セルディックは東の国の騎士団長として魔獣討伐任務にあたっている。この国では王族や貴族も関係なく徴兵の対象となるが、その任期は短く階級も隊長以上が与えられるのだ。

 セルディックは騎士としての武力と戦術に優れており、これまで王族・貴族出身の騎士は名ばかリの大将が多かった中で実力者として今の地位を築いていた。


「任務中も先生の教えを守っていました」

「?」

「人を動かす立場に立つ者はまずは自らが率先して動け、と」

 

 命の危険もある場で何十年も前に言った言葉を胸に行動していたと知り正直驚いた。


「……そんなこと言ったか?」

「いやだなぁ、忘れちゃったんですか?」

「そんな昔のこととっくに忘れたよ」

 

 本当は覚えている。

 そして、私の教えを覚えていてくれたことが嬉しかった。 

 

 だけどそれを言ったらセルディックにとってあまり良い影響を及ぼさないことを分かっているから忘れたふりをした。


「……うちに来たってことは約束のことは忘れていないだろうな」


 ナイフとフォークでパンケーキを切りながらセルディックに尋ねる。


「正直、お前は来ないと思ってたよ」


 閨の指南役を引き受ける代わりに西の国と令嬢と結婚することを条件に付きつけた時、セルディックは何も答えなかった。追いかけても来なかった。

 

「先生と一緒に暮らせるというチャンスをみすみす手放すバカじゃありません」

「あ、あのな、念を押すがこれはあくまで教育だ。私に恋愛感情は一切持つなって言ってるだぞ」

「分かってます」


 意外な返事にフォークを動かす手が止まる。


「ちゃんと結婚しますよ。だから先生は僕に“演技”をしてください」

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押しかけ王子の花婿修行~かりそめ夫婦の10日婚~ ワタリ @gomenneteta

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