第7話:酷い人だな
王の間を出て長い廊下をよろよろと歩いているとセルディックが駆け足で近づいて来た。
「先生、お帰りですか?」
「……あ、ああ」
なんとなく気まずくて、隣を歩くセルディックから距離をとる。
「父と何を話されていたんです? 随分と長い間、王の間にいらっしゃったようですが」
「立ち聞きしてたくせに白々しいぞお前」
私がそういうとセルディックは足を止めた。
「……先生には敵わないなぁ」
少し先を歩いていた私も足を止めて振り返りセルディックを見る。人間の成長は光の速さだとしみじみ思う。
任務がない日はほぼ毎日うちにおやつを食べに来ていたから改めて意識したことなんてなかったが、セルディックは本当に立派に成長した。国王である父親譲りの体格とセルディック自身の努力によって鍛え上げられた逞しさ。亡き妃と同じ金褐色の美しい髪と青水晶のような透き通った瞳。時期王としての威厳と高潔さと教養をすでに十分過ぎるほど供えている。
「僕、明日から先生の家へ暮らしてもいいですか?」
セルディックはもう誤魔化す真似はせず、単刀直入で尋ねた。
「別に共に生活をする必要はない。せ……せ……性行為の指南なら城の方がいいだろうし、私がここへ通う」
「父が言っていたじゃないですか、“夫婦生活がどういうものか教えてやってくれ”って。同じ家で暮らし生活を共にしないと分かりません。指南期間中は先生の家でご指導いただきたいです」
「皇太子が山小屋の暮らしなんか経験して何になるんだよ……」
「じゃあ通うのではなく僕と一緒に城で暮らしてくれますか?」
「ぜ、絶対に嫌だ!!」
それだけは絶対にいやだ。薬師としての仕事もあるし、セルディックのことだから私を城に閉じ込める可能性だってある。
「そうでしょ? ならば僕が先生の家へ行った方がいい。それに、僕自身夫婦というものがどういうものかちゃんと知りたいのです」
「だからこそうちじゃ意味がないと言っているんだ。お前はこの国の王になるんだぞ? 一般的な夫婦というものを学んで何にもならん」
「そんなことはありませんよ。一国の主となることはその国民は全て僕の家族となるということです。僕の家族がどんな風に夫婦となり子をなしていくのか知らないままでは王なんてただの偶像に過ぎません。そう教えてくれたのは先生じゃないですか」
セルディックは昔を思い出すように遠いまなざしで私を見る。あの頃のあどけないセルディックの面影が脳裏に浮かび、懐かしい気持ちが胸が去来するが今はそんな感傷に浸っている場合ではない。屁理屈ばかり言いやがって。そう言い返したい気持ちをぐっと堪える。どうせ次の屁理屈が飛び出すだけだ。無駄な会話を続けるよりも大切なことがある。
「……そこまでいうなら、ひとつ私と約束をしろ」
だからこそ、この場ではっきりとしておきたかった。
「私の指南が終わったら西の国の令嬢と結婚するんだ」
笑みを浮かべたままのセルディックが纏う空気が一変した。
「……分かりました、なんていうわけないでしょう。僕の気持ちを知っているくせに酷い人だな」
「ならば私も指南役はお断りだ。うちにも二度と来るな」
セルディックの顔が曇っていく。
「……先生のことが好きなのにどうして他の人と結婚しなくてはいけないのです?」
「好きとか嫌いとかだけではないんだよ、結婚というのは」
今日何度目か分からないため息をつく。
「お前はこの国の王となる人間だ。国王の結婚は誰からも認められ祝福されなければならない。それが王家に生まれた人間の定め。子どものころから何度も教えたはずだろ」
セルディックは黙ったままだった。聡い男だ。ちゃんと私の言葉を理解している。そして、もうこれ以上は我儘を言えないことも。
「それが無理なら私も指南役はお断りだ」
そういって再び歩き出した。セルディックは後をついてくることはなかった。
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