第6話:閨の指南
「おはようございます、先生! 今日もいい朝ですね!」
「……」
ドンドンドンとけたたましく扉を叩く音に起こされ、何事かと玄関を開けると、セルディックが立っていた。ぱんぱんに詰まったリュックサックを背負い、真夏の太陽のようにギラギラと輝いた笑顔。眩しくて目が潰れる。
「お……お前……いま何時だと思って……」
「6時です! 今日から先生と一緒に暮らせるのかと思うと嬉しくって嬉しくって居ても立ってもいられず来ちゃいました!」
デカい声にどっと疲れが出る。それ以上喋る気もなれず部屋に引っ込むと「失礼します!」とこれまたデカい声でセルディックも後をついて来た。
「あれ、先生どこへ行くんです?」
「寝るんだよ! 私はさっき仕事が終わったばかりだったんだぞ!」
「そ、それは失礼しました!」
バンッ! と激しく寝室の扉を閉め、よろよろとベッドへいきダイブする。
「……悪夢だ」
眠ってもう一度目が覚めた時、何もかも夢だったらどれほどいいだろう。
しかし現実だ。
しかも自分が蒔いた種による。
さらに国王からの絶対命令。
「~~~~~~ッ!」
受け止めきれない現実に目を背けるようにブランケットを頭から被った。
********************
「…………い、今なんとおっしゃいました? あいつを男にする……?」
国王の言葉を心の中で何度も繰り返したが意味が全く分からなかった。いや、分かりたくなかったのが本心だったのかもしれない。
「え? それってつまり……あいつと……え、その……」
「閨の相手をしてやって欲しいということだ」
思考と身体が完全にフリーズする。
ねや……ねやといったかこの王は。このバカ王は。
「お前の言う通り、あいつは女性経験がない。だから、お前があいつを男にしてやってくれんか?」
「いやいやいやいやいやいや…………」
顔を引きつらせて片手を振る。混乱してきて段々口調に険が出始める。だっておかしいじゃないか。何の理由にもなっていない。
「とんでもない依頼だということは私も理解している」
「なんで女性経験がないからといって私が相手をせにゃならんのです」
「務まるのはお前しかおらん」
「そ……そんなわけないでしょう……? その、差し出がましいようですがこういう場合その指南役がいるのではないですか?」
王室の子女たちには幼少期から様々な家庭教師が存在している。それは性教育とて同じことだった。王統が断絶しないよう子孫を残すための教育は、これまで脈々と受け継がれてきたものだ。
「せ、性生活がどのようなものか、知識と実践を持って教育する者が代々存在していたはずです。幼少期から王子の教育係をつとめ、信頼された女性。結婚歴があり、出来れば現在は寡婦で自分の立場を理解している人物であることが望ましいとされいる。誰でも良いというわけではありませんよ……その適任者がいないのですか?」
「いる」
「じゃあその方に……!」
「お前だ」
ぴっと指を刺され、ぐらりと足がふらつく。目の前が一瞬真っ暗になり、顔中から汗が噴き出す。
まずい、まずい、まずいまずいまずい。
「お前自身知っての通り、セルディックの教育係を務められたのはお前ただ一人だ。他の教育係はセルディックの気難しさに根を上げて見放して来た。残ったのはお前だけ。国王としての帝王学も魔法学も基礎的な体力作りも勉学もなにもかもお前が教えてくれた。セルディックが信頼している教育係はお前だけだ」
「い、いやあのですね」
「お前は自分の立場も理解しているし他の条件だってそろっている。お前以上の適任者はおらん」
「い、いやそれは条件だけみりゃそうかもしれませんが」
「ならば十分だろう。一度女性がどういうものは知ればあいつもきっと色恋に積極的になるはずだ。お前の手であいつに性教育を、そして夫婦生活というものを教えてやってくれ。この通りだ」
頭をフル回転させて断る理由を考えるより先に王が頭を下げる姿を見て、何も言えなくなってしまった。
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