第5話:国王の命
「座ってくれ」
王に促され、窓辺のソファに座る。
「申し訳ありません……私があんな約束を承諾したばかりにこんなことになるとは」
「……いや、謝らないでくれ。元は言えばセルディックの我儘が原因だ」
国王はもう一度深いため息をついた。久しぶりに近くで見るその顔は随分とやつれていて、50という年齢よりも老けて見えた。それだけ頭を悩ませることが多い証拠だ。その最たるが息子であり次期国王のセルディックのことである。
「クレア、君のお陰でセルディックは魔法の勉強も身が入り鍛錬も怠らず立派な騎士に成長した。だが……あいつの君への執着は増すばかりだ」
「私がこの城を出る条件で交わした約束がアダとなってしまったようですね……」
10年前にした約束。
泣きじゃくり暴れまわり我儘泣き虫を全開にして私から離れないセルディックをなだめるために言った一言。
大人になればいずれ終わるだろうと軽い気持ちで交わしてしまったことがセルディックが22歳になった今でもまで続くとは思わなかった。
「“3時になったらうちへおやつを食べにおいで”、だったか?」
「自分でもバカなことを言いました……まさか10年欠かさず通うだなんて思わなかったのです」
「あいつは子どものころから君とお菓子が好きだからなぁ」
同列で並べるなよ……というか何を呑気なことを言っているんだと呆れた眼差しを王に向けると、こほんと咳ばらいをして改めて私に向き直る。
「クレア、お前に頼みがある」
「はい、分かっております。もうおやつの時間は止めにするよう私からセルディックに言って聞かせます」
「いや、違う。それはもういいんだ。もういいというか……多分あいつに言っても無駄だ」
「……?」
怪訝な顔で国王を見る。真剣な表情と、逡巡するように何度も口を開閉する仕草に嫌な予感がした。
「セシル、この際セルディックと結婚してやってくれんか?」
「……国王、ストレスでおかしくなっちゃったんですか? 気持ちが安定する薬でも処方しましょう」
「いや、いらん。真面目に言っている」
「病気じゃない方がマズイって言ってるんですよ」
はーっとわざとらしいほど大きなため息をついた。国の王に対して無礼な言動だとは自覚しているが取り繕う余裕がなかった。
「ご……ご自分が仰っていることの意味を分かってるんですか? 次期国王の結婚相手が不老不死の魔女だなんて前代未聞でしょうが!」
私の見た目は20代の女性に見えるがそれは魔女の力だ。
ずっとずっと昔、セルディックどころか現国王でが生まれる前からこの東の国の最奥の森で暮らしている。
「前代未聞ではあるが、別に魔女と結婚してはいけないという決まりはないぞ?」
「国民が納得しません! 王室への不信感はますます募りますよ!」
渋い顔をしてぐったりとソファに身体を預ける。なんでこの人ちょっと前のめりなんだ。セルディックの斜め上な行動は父親譲りであることを実感した。
「しかしな、お前もあいつの気持ちには気付いているだろう? セルディックはお前に好意を寄せている。縁談をことごとく断り続けているのはお前を想っているからだ」
私は大きく首を振って否定する。
「それは師弟愛です。私への親愛を恋だと勘違いしているです。出会いさえあればきっと妙齢の、そしてれっきとした人間の女性へ興味を持つはずです!」
「そうだろうか……?」
「そうですよ。セルディックは子どもの頃から次期国王としての帝王学を学ぶことで忙しかったですし、騎士としての鍛錬や任務ばかりで男女の出会いには恵まれなかったのではないですかね? 若い女性に慣れていないだけです!」
「なるほど。確かに縁談という形以外では出会いの場はなかった気がする」
「そうでしょう? そうでしょう? しかもお相手のいずれも由緒正しき御令嬢。男女の色恋を知らぬ者同士でどう接していいのか分からないでいるだけですって!」
「そうか、そうかもしれんな。ならばいきなり結婚というわけにはいかんか」
いいぞ、いいぞ、国王の良いところは昔からこういうバカ素直なところなんだ。
「ではセシル、あいつを男にしてやってくれんか?」
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