第4話:国王の怒り
「この愚か者が!! セルディック! お前はなんということをしてくれたんだ!!」
王の間に怒号が響き渡る。いつもは物静かな国王の聞き慣れない怒鳴り声に自分が怒られているような気分で身がすくんだ。
それなのに、隣に立つ男は平然とした顔で国王の顔を真っすぐ見据える。嘘でも申し訳なさそうな顔をしろよ。私のためにもよ。
「こんなめでたい日に行方をくらますなんて……シンシア令嬢にお詫びしようがない……折角王妃の遠縁の令嬢との縁談だったというのに……」
「お言葉ですが父上。この結婚は最初にお断りをしたはずです。それなのになぜ勝手に話が進んでいるんです?」
私の隣に立つセルディックは王の怒りなど全く意に介さない様子で堂々と言い返す。それが私の余計に気をもませ、王の怒りを助長させた。
「だ、だからといって! 式当日に行方をくらますヤツがあるか!」
「そうですよ! 勝手にってそれはあなたのため……いいえ、元はと言えばあなたのせいなのですよ!」
王の隣に立つ王妃も声を荒げる。
「これまで何度も縁談の話が出ているのに全てを断り続け、どれほど国王様が憂いているか! 国民だって今日という日をどれだけ心待ちにしていたか……!」
王妃は瞳をうるわせて涙声で訴える。相変わらず演技派だなぁなんて思っていたら隣のヤツも同じことを考えていたようだ。
「王室への民の支持率低下を僕の結婚で回復させる魂胆は、まぁ理解はできますが花嫁候補がこうも王妃の血縁関係の方々ばかりなのはいささか不思議ですね」
「そ、それは……王子のお相手ともなれば素性のハッキリしたご令嬢をお呼びするのが当然だからです!」
「素性が明らか……ね。最近、城に見慣れぬ宮宰が増えた気がする。あの方々も王妃の御親族の方々なのですか? 縁談のたびに人事が変わり元々いた者たちも戸惑っております。国民の支持率回復に僕の結婚を利用するよりも政を正す方が先決ではないでしょうか?」
語り口こそ穏やかだが、切れ味良好。セルディックの言葉に王妃の顔がどんどん曇っていく。やっていることはめちゃくちゃだが、セルディックの指摘に私はうんうんと心の中で頷いた。
「なにより僕に黙って勝手に決めておいて今日が挙式だなんて言われても困りますよ。僕には大事な予定があるんですから」
心の中の頷きをぴたりと止める。恐る恐る隣のセルディックを見ると視線が合い、にこりと微笑みを返された。額に嫌な汗が滲む。
よせ! やめろ! それ以上何もしゃべるな!
王に見えないよう視線だけでセルディックを必死で制した。この野郎、私の視線に気付いてわざと目を反らした。
「け、結婚式よりも大事な予定なんて一体何があるというんだ!」
やめてくれ聞かないでくれ。
「クレア先生とのお茶の時間です」
そう言った途端、王の間にいた人々の視線が一斉に自分に向けられる。私はうつ向いたまま目を固くつぶり降り注ぐ目の針に耐える。
「な、何をふざけたことを……茶なんぞ別にいつでも出来るだろうが……!!」
「任務や公務がない時は一緒に3時のおやつを食べる。10年以上続けている先生との約束ですよ? ずっと前からこっちが先約なんです。なのに、何故承諾もしていない結婚式を優先しなければならないのですか。ねぇ、先生? そう思いますよね?」
話しかけるなと睨んでみせたが、セルディックには何も響いていない。
「……クレア」
「はひ……っ!」
長い沈黙のあと、地を這うような声で国王に呼ばれ思わず返事がうわずる。
「少しお前と話がしたい。他の者は全員出て行きなさい」
王の間にいた大臣や王妃が部屋から出て行く。それなのにセルディックだけはその場に立ったままで動こうとしない。
「セルディック、お前もだ」
「先生へのお咎めなら見当違いです。僕の我儘に付き合ってくださっているだけだ」
「いいから行きなさい、今はクレアと二人きりで話がしたい」
それでも食い下がろうとするセルディックの脇腹を私は小突いた。セルディックは子どもみたいに唇を尖らせて私を見たが、私の鬼の形相に流石に空気を読んだようで、仕方がなくといった様子で出て行った。
パタンと扉が仕舞った瞬間、はああぁぁと二人分の盛大なため息が王の間にこだました。
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