深夜の痕跡
月井 忠
一話完結
ガチャリ。
それがドアの開く音だと、すぐにわかった。
私は眠い目を閉じたまま、ベッドで寝返りをうつ。
これは夢だ。
前にもこれと同じ夢を見たことがあるから、そうだとわかる。
夢の中で、私は寝ている。
こうして言葉にすると、なんだかとても不思議だ。
自宅で寝ている時、ドアが勝手に開いて、見知らぬ誰かが入ってくる。
そんな夢だ。
前、この夢を見た時、私は慌ててベッドから起き上がり、その侵入者を追い返そうとした。
だが今回は夢だとわかっているので、そのまま寝ることにした。
どうせ夢だし何が起きても問題はない。
なぜこんな夢を見るのか、原因はわかっている。
以前、妙な音で深夜に飛び起きたことがあった。
その音はドンッ、ドンッと乱暴にドアを開けようとするものだった。
施錠がされているのに、それでも構わずドアを開けようとする。
その行為に恐ろしくなった。
だが、眠気が覚めてくると、その行為の意味がわかってきた。
酔っ払いがエレベーターの階数を間違えて、私の家のドアを開けようとしているのだった。
音の意味はわかった。
それでも恐怖は消えなかった。
もし、ドアを施錠していなかったなら、見知らぬ酔っぱらいが私の家に上がり込んでいたということになる。
諦めがつかないのか、酔っ払いはドアをしつこく引っ張った。
その度にドンッ、ドンッと音がする。
あの恐怖がまだ胸に残っている。
だから、こんな夢を見る。
寝ている間に誰かが忍び込んできて、ベッドのそばまでやってくる。
そんな夢だ。
その後、マンションの張り紙で同じようなことが頻発していることを知った。
深夜に間違ってインターホンを鳴らす事例があるので、確認を徹底して欲しいとのことだった。
私の推測は間違っていなかった。
もう答えは出ている。
それなのに恐怖心は消えない。
夢の中で、これは夢だとわかっていても恐怖心は増していく。
夢ならさっさと覚めてくれ。
そう思うのに、この夢から出ることができない。
何者かがベッドに近づいてくる。
足音がどんどん大きくなる。
私はまだ夢から覚めない。
なぜか不快な臭いまでしてきた。
侵入者の発する臭いなのか。
これは夢だ。
たとえ侵入者が私を殺しても、私は死なない。
なぜなら、これはただの夢だからだ。
そうした決意に似た思いが届いたのか、私は目を覚ました。
いつもの暗い部屋を見上げ、体は汗でびっしょり濡れている。
どうやら昨日の深酒が悪夢の原因かもしれない。
「クソっ」
私は寝たまま足を引き寄せ、ベッドの下に降ろすと同時に起き上がる。
ネチョ。
足の下に妙な感覚があった。
しかも臭い。
あの臭いだった。
夢の中で侵入者が発していた臭いだ。
夏の暑さで湿気が増し、臭いが部屋を満たしていた。
私は、ゆっくりと目を床に向ける。
そこにはゲロがあった。
「ひっ!」
反射的に足を上げる。
ベッドに足をつくわけにもいかず、宙に浮かせたまま絨毯を見た。
変色した池のようなものができていた。
何が起きているのかわからなかった。
夢の続きでも見ているのだろうか。
何者かが侵入して、ベッドの脇にその痕跡を残し、立ち去ったのだろうか。
馬鹿な。
そんなことをする意味がない。
では、このゲロは私のものなのか。
新たな恐怖が私を襲った。
つまり、私は泥酔したまま帰宅しベッドに入った。
途中で吐き気に催され、絨毯に向かって嘔吐した。
にも関わらず、私は掃除をすることなく、そのまま眠ってしまったのだ。
私は繊細な人間だ。
そんな野盗のようなことをする人間ではない。
未だに足の裏には不快な臭いと濡れた感覚。
シミになりつつある絨毯。
私はこの後のことを思った。
絨毯は取り替えた方が良いのか、それとも綺麗に拭き取れば良いのか?
それに、この足をどうしよう。
ああ、夢なら早く覚めてくれ!
深夜の痕跡 月井 忠 @TKTDS
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