異界の神社

水無瀬

異界の神社

 これは、私が子供の頃の話です。


 小学校の夏休みに祖母の家に泊りに行ったのですが、その時にちょっとおかしなことが起きたのでした。



 祖母の家に着くと、ニコリと笑みを浮かべながら祖母がこう告げてきます。


「今日は神社でお祭りがあるから、ばあやが連れて行ってあげるからねえ」


 近所の神社で行われる夏祭りは、私が毎年楽しみにしている行事の一つです。

 都会では味わえない田舎ならではのお祭りの雰囲気が、私は好きでした。



 夜になると、私は祖母と一緒に家を出て、神社へと向かいます。

 祖母に手を引かれていることもあり、歩く速度はかなり遅い。


 そのせいでしょうか。

 いつもより、周りの景色へと視線が向いてしまいます。


 田舎の夜は暗い。

 昼間は田園風景が広がり綺麗だと思ったその道も、夜になるとまったく違うものに感じました。


 祖母の家から神社へは、町を横切る国道を進めばすぐに着く場所にあります。

 ですが、その日の街道の様子は、例年とはなぜか違いました。


 ──なにかおかしい。


 いつもは神社への道に、お祭り用の提灯ちょうちんが吊るされていました。

 それが、どこにもない。


 真っ暗な道を照らすはずの提灯がないせいで、数メートル先が何も見えないくらい暗い。

 都会には当たり前のようにある街灯がないだけで、こんなにも不安に感じるとは思わなかった。


「ねえ、おばあちゃん。暗くて何も見えないよ?」


「大丈夫、大丈夫。ばあちゃんも何も見えないから、平気だよお」


 それ、まったく大丈夫じゃないじゃん。


 正直、もう帰りたいと思った。

 いまにでも、何か出てきそうな雰囲気だから。


 でも、私は祖母の家を出る際に、留守番をしているおじさんに約束してしまった。

 お土産に、焼きそばを買ってくると。


 今日の晩御飯は、お祭りで食べる予定になっている。

 そのため、私がお土産の焼きそばを買って帰らないと、おじさんの今日の夕ご飯は無くなってしまうのだ。


「大丈夫、ばあやが付いているからねえ」


 私の不安を見抜いていたのでしょう。

 ですがその言葉のおかげで大好きな祖母と一緒にいるということを思い出した私は、少しだけ気持ちが楽になりました。


 祖母の手をぎゅっと握りしめると、なぜか安心してしまう。

 おじさんの夕ご飯のためにも、頑張らないと。


 そう思いながら、なんとか神社までたどり着きました。


 そこで、異変が起きたのです。


「おばあちゃん、神社が真っ暗だよ?」


「お祭りが始まる前に着いちゃったみたいだねえ」


 普段なら露店が並び、境内には近所の住人たちで賑やかになっているはずの神社が、沈黙しています。


 誰も、神社にいないのです。


 真っ暗な境内に進むと、異変はさらに進みます。

 私たちがお祭りの開始時間前に来たのなら、当然あるはずの物がなかったのです。


出店でみせが、どこにもないよ?」


 これからお祭りが始まるなら、すでに出店の準備ができているはず。

 それなのに、境内には何もなかったのです。


 お祭りの提灯も、出店も、なにもかもが。

 普段なら聞こえるはずの、祭囃子まつりばやしもまったく聞こえない。


 あるのは、静かにこちらを待ち受けている社殿のみ。

 神社の中に街灯が一つもないこともあり、そこは異空間のようでした。



「おばあちゃん、もう帰ろうよ」



 絶対に、おかしい。


 お祭りに行くはずなのに、どこか知らない異世界に迷い込んでしまったかのようです。


 ですが、祖母はいつも通りでした。


「お祭りが始まるまで、そこの椅子で待っていようねえ」


 正気かと思った。

 こんな何も見えない暗闇で、何を待つというのか。


 もしかしたら祖母は、わざと私をこの謎の異空間に連れてきたのではと、そう疑ってしまうくらい私は恐怖に包まれていました。


 まさか、この祖母は祖母であって、偽物だったりして?

 知らないうちに、祖母は化け物と入れ替わってしまったのでは──?


「おばあちゃん、やっぱり帰ろうよ」


「でもなあ、ばあやはちょっと疲れたから、ここで休みたいんじゃ」


「なら、一人で家に戻ってもいい?」


「一人で夜道を歩くのは危ないから、ばあやと一緒にいようねえ」


 たしかに外の道は国道なこともあり、夜に子供が一人で歩くのは危ないと、いつもきつく言われていた。

 だからといって、ここも安全とは思えない。



「もうすぐ、他の人たちも集まって来るから、安心しなさい」



 こんな真っ暗な神社に、いったい誰が来るというのだろう。


 そもそも、ここは私がよく知っているあの神社なのか?


 本当であれば、この神社でお祭りが行われているはず。

 ならやはり、ここはいつもの神社であって、別の世界──異界の神社なのでは?


 祖母の家からこの神社までの、あの真っ暗な道。

 あそこで、異界の道へと繋がってしまったのでは?


 そう考えると、このままここにいるのはよくない。

 祖母が待っている人というのは、人間ではなく化け物の可能性もあるからだ。


 そう思ったところで、祖母が神社の鳥居のほうを指さしました。


「ほら、誰か来たみたいじゃよ」


 暗闇の中から、誰かがこちらに近付いてくる。


 こんな真っ暗な神社に、いったい誰が?

 まさか、本当に化け物だったりして……!


 鳥居をくぐったその人影は、こちらに手を振りながら声を出します。


「おお~い」


 その声は、不思議と聞き覚えのあるものでした。


「……もしかして、おじさん?」


 人影の正体は、家で留守番をしていたはずのおじさんでした。


 でも、なんでおじさんが神社に来たの?

 お祭りに行くのは面倒だから留守番をすると、テレビを見ながら居間で寝っ転がっていたのに。


 そこで、おじさんは衝撃的な発言をします。



「今日、祭りの日じゃないみたいだぞ」


「…………え?」


 ゆっくりと、祖母へと視線を向けます。

 すると、祖母は思い出したかのように手をポンッと叩きました。



「そうじゃった。今年の祭りは、日にちが変わったんじゃったな」


 なんと、お祭りが開催される日は、今日ではなかったのです。

 祖母は日にちを一週間、間違えていたのでした。


 つまりここは異界の神社でもなんでもない。

 ただの、真っ暗なだけのいつもの神社でした。


 街道に提灯がないのも、お祭りの日ではないのだから当たり前のこと。


 唖然あぜんとした私は、さらに衝撃の事実を突きつけられます。



「困ったのう。今夜はお祭りで夕食を済ますつもりじゃったから、家に帰っても何もないぞ」



 晩御飯として、お祭りの焼きそばを食べる。

 それも例年の行事の一つでした。


 ですが、お祭りが開催されるのは来週。


 つまり──



「今晩は、夕飯は無しじゃな」

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