「犯人は、めがみのみぞ知る」

鍵宮ファング

本文

「なるほど。外傷がないところから見て、毒殺と考えるのが妥当でしょうね」


 ベージュのコートを羽織り、探偵帽を被った金髪の男は、遺体の情報をメモに書き記す。


 その姿はかの英国一の名探偵『シャーロック・ホームズ』のよう。彼は、人が死んでいるにも拘らず飄々とした態度で現場を調べている。


 部屋の中には小型の女神像らを筆頭に沢山のガラクタが積まれ、その向かい側の机にメイド達の服がある、なんともシュールな光景が広がっていた。


 そんなシュールな部屋の真ん中には、被害者のメイド長が倒れ、ティーポットから溢れ出した紅茶が血のように周囲を濡らす。


「ダルクさん、どうですか?」


「これは難事件ですね。まさに、真実は女神のみぞ知るって感じかな」


 探偵の少年、もといダルクは警察の問いに答え、女神像を見る。


 巧妙に作られたそれは、澄んだ眼差しでじっとダルクのことを見つめる。


 だが現状、一体屋敷の中の誰がメイド長を毒殺したのか、その答えはダルクでさえもわからない。


 何故ならこの事件の関係者が、特殊すぎるからだ。



 ダルクは早速ロビーに関係者達を集め、現場で得た情報を彼らに伝えた。


 その悲惨な現実を受け止めきれず、二人のメイド達は俯き、初老の男はメイド二人を睨んだ。


 無理もない。あの場所はメイド達の更衣室。つまり男禁制の場所。


 二人を犯人と思うのも仕方がない。


「話などする必要もない。どうせモネが犯人、それで話は終わりだ」


 そう叫ぶのは初老の伯爵。


 この屋敷の主であり、メイドの雇い主。顔は機嫌が悪いのか顰めっ面で、とてもそそっかしい印象を持つ。


 伯爵はただ自分が男と言うだけで、二人のメイドのうち、黒髪のメイドを犯人だと決めつける。


「ちょっと待ちなさいよ! なんでアタシが犯人になるワケ! さっきも言ったけど、アタシとクロエは掃除してたのよ!」


 当然、彼のいい加減な結論に、メイドは異議を申し立てる。


 黒髪ツインテールの気が強そうな彼女は今までの鬱憤を晴らさんと伯爵に吠える。


 そんな彼女はモネ。手元の情報によると事件当時、後輩と掃除をしていたらしい。


「ですです! たとえご主人様といえど、モネ先輩を悪く言うのは許せません!」


 最後に、モネに便乗して言うのは新人メイドのクロエだった。小柄で可愛らしく、髪は白雪のような銀色のボブ。


 にっこりとした表情からは、想像通りの甘く可愛げのある声が出る。その笑顔も相待って、まさに天使のよう。


 だが、そんな天使を前にしても、論争は収まらない。それどころか、メイド対伯爵の不毛な争いは激化するばかり。


「我輩が何故更衣室に入る必要がある? しかもクロエは目が見えない、消極的にお前以外あり得ないんだよ、モネ!」


「目が、見えない?」


 目が見えない。その証言を聞いたダルクはそっと手を挙げた。


「ちょっとお待ちください皆さん。その、目が見えないというのは一体?」


「ああ、実はクロエは盲目なのよ」


「はい。生まれつき視界が真っ暗でして。ダルク様のご尊顔を拝めないのが悔しいばかりです」


 ダルクは今一度、クロエの情報に目を通す。そこには証言通り『盲目』とメモが記載されていた。


 これを見たダルクは、今までにないくらい眉間に皺を寄せ、深く唸った。


 何故なら事件が起きたのは女子更衣室。伯爵がそこに入る理由は今の所ない。


 クロエは盲目のため毒殺は困難。


 伯爵が言った通り、消極的にモネが犯人としか考えられなかった。


「だ、ダルクさん、嘘でしょ? アタシは無実よ! 人殺しなんて――」


「これはもう決まりだな! ほら警察の皆さん、我輩の屋敷を汚した罪人をとっ捕まえてくれ!」


 これで事件は解決か。


 彼らを見守る警察達は困惑しつつも動き出す。


 モネはその状況に目を見開き、絶望の表情をダルクに向ける。


 その表情を見た時、ダルクは叫んだ。


「待ってください!」


 ダルクが叫ぶと、警察達は一斉に動きを止めた。


 彼は手に持っていた資料を机に置き、モネの周りに集まる警察を払う。


「伯爵が男だから? クロエさんが盲目だから? その程度の情報でモネさんを犯人と決めつけるのはまだ早い。もっと具体的な証拠がない限り、彼女を拘束することはできない筈です」


「し、しかし君! 我輩は茶番に付き合うほど暇じゃないんだ! さっさと――」


「落ち着いてくださいケチンボー伯爵。さっきから酷く焦っているようですけど、大丈夫ですか?」


 純粋な疑問を投げた時、伯爵は煩い口を閉じた。


 突然の態度に警察達も驚きを隠せず、部屋の空気はピンと張り詰める。


 しかしダルクは手をパンと叩き、張り詰めた空気を一気に和らげた。


「まあまあ、こんな空気では真実を見つけるのも難しい。ここはテーブルトーク的に、やんわりと当時の状況を整理して行きましょうか」



「それでは皆さん。思い出せる限りで、被害者がどんな人だったか教えてください」


 それから少しして。関係者の証言を集めるため、ダルク主催のテーブルトークが始まった。


 最初の質問は、メイド長がどのような人物だったのか。ここから、恨みを持たれていた可能性を探る。


 この質問に、いの一番で発言したのは銀髪のメイド、クロエだった。彼女はもちもちした頬に指を当てながら言う。


「んーと、すっごく怖い人でした。ちょっとしたミスとか埃残りとか、見つけただけでお顔を真っ赤にして『やり直せー!』って怒られて」


 右隣に座る黒髪のメイド、モネは首を縦に振る。そして、恨み節を垂れるように、モネが続ける。


「自分だって段取り最悪なくせに、理不尽ったらありゃしないわ」


「そ、それは大変でしたね。僕もそう言う人苦手かも……」


 ダルクは言いながら、メモ帳にメイドの証言を書き記す。すると突然、クロエは何かを思い出したように声を上げ、なぜかダルクの方を向いて言った。


「そういえばご主人様、最近メイド長と喧嘩なさってましたよね? 無駄遣いしたとかって」


 言うと伯爵はギクリと飛び上がり、キッとクロエを睨んだ。


「喧嘩? 伯爵様、それは本当ですか?」


「な、何故そんな前のことを! 事件とは関係がないだろうが!」


「いいえ、これは特に重要な証拠です。教えてください」


 ダルクは強く出て、伯爵に詰め寄った。伯爵は露骨に嫌な顔をして、渋々と喧嘩した理由を話す。


「君も見ただろうけど、女神像だ。一目惚れして買ってしまったのだが、奴め漬物石など――」


「あれ? でも確かそれ以外にも何か買ったって言ってなかったかしら? カメラがどうと――」


「ああ、もういいだろ! 奴はとにかく口煩かった! これで話は終わりだ!」



 モネが首を捻る横で、伯爵は机をドン! と叩き、話を強制的に終わらせた。


 これらから導き出されたのは、被害者は理不尽な人、所謂お局様のような人間だった。


 ダルクは三人の証言と共に被害者の情報を書き記し、次の質問に移る。


「では次に、被害者が死亡する前、皆さんは何をされていたのか教えてください」


 ダルクは三人のアリバイの有無を調べるべく、事件当時の状況を聞く。


 この質問に一番で答えたのは、伯爵だった。


「我輩はその時、奴の淹れた紅茶をお供に、部屋で資料を整理していた。奴とは紅茶を受け取って以来会っていない。だが昼になっても昼食が来ないもんで探していたら、更衣室で見てしまった」


「つまり伯爵様は、午前中はずっとお部屋に。そして第一発見者と」


「そうなるな。当然、毒なんて盛る余裕もない」


 ダルクは呟きながら証言を書き起こし、次にモネへ話題を振った。彼女は頬に手を当て、当時の状況を語り出す。


「今日はいつも通り、クロエと一緒に掃除をしていたわ。それも、今日はメイド長の虫の居所が悪くて、特に念入りにやったわ」


「そうですよ。一々雑巾の水替えや雑巾そのものを変えなきゃいけなくて大変でした」


 モネに便乗し、クロエも頬を膨らませながら言う。だがその付け足された言葉が、ダルクの中で引っかかった。


「二人とも、その雑巾というのはどこに?」



 ダルクが訊くと、モネは再び頬に手を当て、答えようと口を開く。がしかし、そこに伯爵が割って入ってきた。


「そんなもの関係ないだろ! 雑巾の場所が何だ。もうあの現場を調べるまでもないだろ!」


 伯爵の怒声に、ロビー内はしんと静まり返る。メイド達は恐怖で萎縮し、ダルクは突然のことに口を半開きにして驚いた。


 伯爵は静まり返ったロビーに響くように、モネに指を差して続けて言う。


「犯人はモネだ! これ以上の議論の余地はない!」


 白熱して叫び、数秒の沈黙が流れる。その間、ダルクの中の疑問が確信に変わり、両の掌を机に叩きつけた。


「皆さん、今すぐ現場に行きましょう」


「も、もしかして犯人が分かったの?」


 モネはハッと息を呑み、クロエもビクリと体を震わせる。その中で、伯爵だけは穴という穴から汗を噴き出していた。


「待て、現場は調べ終えたはず! 今更何を調べ――」


「残念ですが伯爵。第三の目撃者に訊く必要があるんですよ」


 ダルクの発言に、伯爵の顔は真っ青に染まる。そして、何の反論もないまま、ダルクは三人を連れて現場に戻った。



 戻ってきた現場には、メイド長の姿を象ったテープが張られ、既に遺体はなかった。


 それ以外は、ダルクが現場を調べていた時と同じく、女神像らを筆頭にガラクタが積まれ、メイド達の服が置かれているのみ。


「ねえダルクさん、それで三人目の目撃者っていうのは誰なの?」


 モネは訊き、現場を見回す。


 当然、そこにあるのはガラクタや着替えのみ。目撃者なんてどこにも居ない。


 しかしダルクは余裕そうに指を突きつけた。


「それは勿論、犯人。そう、あなたですよ」


 その指の先にいるのは、


「クロエさん」


 なんとクロエだった。第三の目撃者、そして事件の真犯人。それは彼女、クロエだというのだ。


 当然、周囲の警察や伯爵達もざわつく。


 それもその筈。クロエは盲目、つまり目撃できるはずが無い。この推理に、伯爵は嘲笑した。


「何を言っているんだお前は、クロエは盲目だぞ? 犯行なんて出来るはずがない!」


「そうです! 何を証拠に犯人だなんて言うんですか!」


「クロエが犯人なんて、さっきの話聞いてたの?」


 次々と非難の声が飛び交う。そんな中、ダルクは自分の肘を指して、彼女達に言う。


「では皆さん、肘で僕のことを見てください」


 突然のふざけた発言に、周囲は戸惑う。


 伯爵は彼のふざけ様に怒りを通り越して呆れ、深くため息を吐いた。


「馬鹿を言うな。肘で物が見れる訳ないだろ」


 伯爵に続き、周囲はその通りと頷く。更には、ダルク自身もその通りと頷いた。


「ええ。肘に目はないんですから、見えなくて当然です」


「ちょっと何それ! ふざけないで――あ!」


 刹那、モネは何かに気付いて息を呑んだ。その横で、クロエの顔は段々と青ざめていく。


「肘から見える景色は、無。真っ暗でも真っ白でもない、そもそも“色”と言う概念のない世界。これは盲目の人が感じる世界と一緒です。ですがクロエさんはハッキリと、その世界を『真っ暗』と表現した。生まれつきの盲目の場合、そう表現することはあり得ない。つまりクロエさんは見えているんです」


 その矛盾を突きつけた時、クロエは肩を震わせた。そして、可愛らしい声と打って変わり、暗い声で喋り出した。


「へぇ、それは勉強不足でした。まさか盲目が嘘なんて、よく分かりましたね」


「クロエ、まさか本当に⁉︎」


「ええそうよ! でも、だから何? 私が犯人だって証拠がどこにあるの?」


 豹変したクロエはドスの効いた声で叫ぶ。


 ダルクは彼女の発言を全て聞き終えた後、しれっと伯爵の方を向いて訊いた。


「だそうですけど、どうですか伯爵様?」


 するとどうしたことか、伯爵も顔を青ざめさせて黙り込む。ダルクは彼の顔色から察し、伯爵の代わりに言う。


「この現場には、隠しカメラがあります。そのデータを見れば、確実に毒を盛った犯人の姿が写っているでしょう」


「か、隠しカメラ⁉︎ じゃあまさか、アタシ達盗撮されてたってこと⁉︎」


「ええ。伯爵が露骨にモネさんを犯人と言ったのも、きっと盗撮がバレることを恐れた故でしょう。ですよね、伯爵?」


 ダルクの悪魔のような推理に、伯爵は恐れ慄いて尻餅を付く。そして、両手を祈るように握り締め、モネ達に頭を下げた。


「許してくれ! ほんの出来心だったんだ! スリルが欲しくて、つい女神像の中に……」


 突然の告白に、空気は冷え込む。だがこの空間の中で、一番凍りついていたのは、クロエの方だった。


「あ、あ……」


「さあ、どうですか? クロエさん?」


 追い詰められた彼女は膝から崩れ落ち、涙を流した。


「……許せなかったの。姉さんの目をバカにしたアイツが! 私の大切な姉さんを傷付けたアイツが!」


「姉さん? じゃあアナタは」


「そう、私はシロナ。姉さんの妹」


 クロエ、もといシロナは涙ぐんだ声で名乗り、殺した理由を語る。


「アイツは姉さんが気に入らないからって、モネさんのいない場所でイビってたの。そのせいで姉さん、鬱になって。だから、私が成り済まして復讐してやったの!」


 全てを吐き出すように言うと、シロナは笑った。目を見開き、口を大きく開いて笑った。自暴自棄に笑うその姿は、天使とは打って変わって悪魔のようだった。


 ダルクはそんな彼女の肩に手を置き、子供をあやすように声をかけた。


「シロナさん。家族が苦しむ姿を見るのは、さぞ辛かったでしょう」


 言うとシロナは、自然と笑うのをやめた。周囲も不思議と、ダルクの姿に口を閉じる。


 そして数秒の静寂の後、ダルクは言葉を紡いだ。


「ですが、どんな人にも大切に思う家族がいるんです。お姉さんのためといえ、貴女は彼女を大切に思う人達を悲しませた。そのことを忘れないでください」


「……ごめんなさい。ごめん……なさい……」


 しんと静まり返る現場の中、シロナは自分の犯した過ちに気付き、涙を流した。



 こうして、事件は完全に幕を閉じた。シロナは隠しカメラのデータが決め手となり逮捕。伯爵も、盗撮の罪で逮捕された。ダルクはモネと二人、外でパトカーを黙って見送る。


「ねえダルクさん。どうして、私を最後まで信じてくれたの?」


 パトカーが街に消えてすぐ、オレンジ色に染まる空を見上げながらモネは訊く。ダルクは突然の質問に驚き、思わず帽子で顔を隠す。


 そして、顔を空に向け、優しい声色で答えた。


「僕を頼ってくれたから、証明したいと思えたんです。探偵として、一人の男として」


 その答えに、モネは顔を赤くする。だが、ダルクは気付くことなく、街へと一歩歩み出す。モネはその背中に向かって叫び、大きく手を振る。


「あ、ありがとうございます‼︎」


「どうも。探偵事務所でお待ちしてますねー!」


 優しく手を振り返すダルクの姿に、モネはため息混じりに呟く。


「カッコつけのくせに鈍感なのね。この泥棒探偵」


 モネは盗まれた胸に手を当て、激しく鼓動する心臓のリズムを感じる。されど、ダルクは気付かずに歩き続ける。また一人、女子の心を盗んだということに。

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「犯人は、めがみのみぞ知る」 鍵宮ファング @Kagimiya_2019

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