懐柏村(なつかしむら)の祠

地崎守 晶 

懐柏村の祠

「おぬし、あの祠を壊したのか!?」


 何度めかの、しわがれた声。振り返ると、やはり同じように、突きつけた杖の先をわなわなと震わせて、鷲鼻の村長が僕を睨んでいた。


「わかっとるのか?

そんなことをすれば……」


「……わかってるよ」


 それでも、僕はあの人にまた会いたいんだ……何度でも。

 崩れた祠の奥から、堪らなく懐かしい黄昏の光が溢れ出す。


「愚かものが……!

過去にひたり前を見ない者を待つのは、破滅、だけじゃぞ……」


 村長の声が、姿が薄れていく。高速で巻き戻される動画のように、空の雲が流れさり、太陽が何度も沈んで昇る。

 僕が壊した祠が、見えない誰かがブロック玩具を組み立てるように修復される。いや、「元に戻った」んだ。文字通り、この祠が作られた……新しく建て替えられた、僕が子どもの頃のあの日の夕方に。


「ふふ……久しぶりやなあ、少年くん。よう懲りんなあキミは」


 夕焼けを背に、彼女が……なつかしさんが笑っている。口の端を釣り上げた、不敵な笑み。


「そうだよ。なつかしさんに会うためなら何度だって」


 なつかしさん。この村に住み着く怪異。全身黒ずくめにどんな上等な紙よりも白い髪をしたこの世ならざる美女。


 彼女が封じられていたのは、なつかしさんを見ると記憶のそこにある大切なもの、今は失われたものに惹き付けられるから。

そして、懐かしさに魂を奪われたものはタイムスリップを起こす機構であるこの村から過去に旅立ってしまうから。


 だから、村長たちはタイムスリップの仕組みを阻害させるための祠を建て、なつかしさんをそこに押し込めた。


 だけど僕には関係ない。失われた、大切なもの。それはひとりぼっちだった子どもの頃、遊んでくれたなつかしさんそのものだから。なつかしさんしか、いないから。

 僕だけが知ってる。畏れられ、遠ざけられているなつかしさんが、本当は人間が大好きなんだってことを。

 たとえ何度、フられようとも。


「やれやれ。人間がいちばんコワイ、ちゅうことやなあ」


 かかってこい、とばかりなつかしさんは顎をしゃくり、白い歯を見せて笑う。


 泣きたくなるほど懐かしい夕焼けの中、僕は黒々としたなつかしさんに向かって、何度目かのアプローチを始める……


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