第9話


 帝国の全国民の意識を統合して次元の壁を超える…?帝国には1兆を優に超える人々がいる。

 ユリアの話が本当なら、これら全ての国民の意識を統合すれば、そのままの数がこの次元から消滅することを意味する。

 個としての意識は消え、ひとつになる…。見方によってはそれは死だ。

 

 「正気か!?」

 「恐らく正気です。正気で、彼らはそれが帝国を停滞から救う唯一の方法だと考えています。ですがこのことを詳細に公表するとどうなるか。今日と変わらない明日があるからこそ、国民は不満を持つことなく今を生きているのです」

 「それが帝国の意思ひとつで自分が消えると知ったら、今の秩序は間違いなく崩壊する」

 「えぇ、もし暴動があっても帝国は容易に鎮圧できるでしょう。しかし、どれだけ技術が進歩しても人は死ぬ時は簡単に死にます。機械化している人も多く、不意に頭を殴られでもすれば生身の人はあっけなく死ぬでしょうね」

 「人が多ければ多いほど成功率が上がるなら、不用意に人の数が減るようなことはしない…というわけか」

 

 その通りです。と答えるユリアの表情からは、このことに対して大きな不満を抱いていることが分かる。

 

 「加えて、統合される意識はある程度統一されていた方が良いそうです。統一性のない意識をひとつにしたら、次元の壁を超える前に崩壊したらしいですよ。1つの体に2つの頭があって、真っ直ぐに歩けないのは自明ですからね」

 「ん…?まて、なんでそんな確信を持って…」

 

 ユリアの言葉に違和感を感じて話を遮る。ユリアは今、崩壊”するらしい”ではなく、崩壊”したらしい”と言った。

 あたかも既に実験したかのように…

 

 「…ッ!!まさか!」

 「そのまさかです。地球を探すとなった時に、帝国近郊の銀河も探索されました。その際、2つの文明と接触しましたが、その事実は公表されていません。そして、その2つの文明を合わせた総人口はおよそ500億でした」

 「…実験したのか?」

 「結果はお察しの通りです」

 

 目の前がクラクラする。自分が知らない所でとんでもないことが起こっている。

 人の意識を統合して次元の壁を超える計画、しかも既に500億人以上が犠牲になっている。

 

 「アルスが知らないのも無理はありません。私は幼い頃から帝国の停滞を予感していました。それをお父様に伝えた時、この計画を教えられました。絶対に口外しないようにと」

 「ユリアは計画を知っていたのか!?まさか、500億人が犠牲になった実験も知っていて…」

 「いえ、それは私も聞かされていませんでした。お父様と、あなたのお父上であるシュヴェート公、その他ごく一部だけで実行されたと聞きました」

 

 そんな…まさか父が関わっているなんて…。そんな事、欠片も知らなかった。父にそんな素振りもなく、今日の朝もいつものように軽く話していたが、とても500億の人間が消える実験をしたとは思えない程に自然だった。

 というか、それなら俺に伝えても良いのか?ユリアが許可を得ていないのなら、それは帝国に対する裏切りに等しい。

 

 「ユリア、それは俺に伝えても良い事なのか?」

 「いえ、もちろんアルスには秘密にされていることです。転生者であるアルスは、現状転生者が他にいない帝国においては唯一の異物です。不確定要素であるあなたに教えた結果、今の帝国秩序が失われるようなことはあってはなりませんから」

 

 確かに転生者で、しかも帝室の血を引く公爵家の嫡子。そんな人間が計画に反発してきたら。万が一国民に計画が露見して、反乱の旗頭にでもなったら目も当てられない。

 まさか、俺が地球に派遣されるのは不確定要素を廃したかったからか?だが、それならユリアを一緒に行かせる意味は…?

 そんな俺の疑問を察してか、ユリアが先んじて教えてくれた。

 

 「あなたが地球の高等弁務官に任命されたのは、本当にただ慣例に従っただけ。地球が実験の舞台とならなかったのは単純に遠かったことと、先の実験で数が多い方が良いとわかったから、帝国の価値観を持つ人を増やすためです。地球人の寿命であれば、数百年で世代は完全に入れ替わり、帝国の価値観に染め上げることが可能でしょう。その程度の時間なら、帝国にとっては誤差ですから」

 

 俺は既に帝国人だと言ったが、それでも地球への帰属意識のようなものも、ほんの少しは残っている。

 地球が実験に使われなかったことを喜べば良いのか、これから帝国の一部にするために赴くことを嘆けば良いのか…。

 

 「私は、この計画を支持したくはありません。以前は、この計画が停滞する帝国を救ってくれると考えていました。でも、あなたと出会って、あなたから地球のことを聞いて、私の考えは変わりました。正確には、地球という幼い文明に、未来を見ました」

 

 ユリアは地球に未来を見たと言った。今の帝国では見ることが出来ないであろう未来を。

 

 「アルス、私は地球に、この帝国のようになって欲しくはありません。帝国と運命を共にして欲しくはありません。まだ幼い文明である地球には、未来を夢見て育って欲しいと、そう思います。帝国は夢を見ることを忘れた大人かもしれませんが、未来を夢見る幼い子供である地球を見れば、きっともう一度未来を夢見ることができる。私は文明の行き着く先が、人としての存在を捨てることだとは思いたくありません。もしそうだとしても、誰かに強制されるのではなく、人が自ら掴み取った進化という未来であって欲しいのです」

 

 あぁ、そうか。ユリアは確かに帝国にとって、いや、帝室を始めとした帝国上層部にとって異物だ。

 未来を諦めて、人の身を捨てることを選んだ帝国上層部と違って、ユリアは人の未来を諦めていない。

 宇宙の全てを知ったとて、人はまだ全知全能の神になった訳では無い。きっとまだ、人としての未来が残されているはずだ。ユリアはそんな未来を見ている。帝国に未来を見せたいと思っている。

 地球に行くことで未来を見ることができるのかは分からない。

 だが、自分たちよりも遥かに幼い赤子のような文明を見て、その先に未来を見ることが出来るかもしれない。

 文明の停滞が人の終着点ではなく、新たな未来の始発点となることを、この少女は”夢見ている”

 

 「だからアルス。私と未来を見つけに行きましょう」

 

 俺は迷うことなく、ユリアから差し出された手を取った。

 

 願わくば、俺たちの見つけた未来が、地球が掴み取った未来が、停滞した帝国の新たな始発点となることを。

 

 

 

 第一章 完 

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宇宙帝国の上級貴族に転生したから地球を支配しに行こう(仮タイトル) 小宮現世 @Komiya_Arise

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