実話怪談 合宿の夜

暇崎ルア

合宿の夜

 筆者の友人Hさんから聞いた話である。

 Hさんは、霊感というものが全くない「0感」だとよく自称する。しかし、一度だけ「幽霊がいたかもしれない部屋にいた」ことがあるという。

 彼女が大学生のころだ。Hさんは大学生の頃、文科系サークルに所属していた。

 サークルでは夏になると二泊三日の夏合宿に行くのが恒例となっており、その年はY県が宿泊先となった。

「合宿といってもほとんど物見遊山だったんですけどね」

 Hさんの言う通り、合宿ではきつい練習など行わず、宿泊地での観光と飲み会がメインとなるようなゆるいものだった。

 合宿も翌日で終わりを迎える二日目の夜。民泊の広間に集まり、ビールやらサワーを片手につまみと他愛もない話で盛り上がる飲み会が始まった。酒に耐性がないにも関わらず飲みすぎた同期のBちゃんが奇行に走ったりしたこと以外、喧嘩なども起きず、平和な時間が過ぎようとしていた。

 そのBちゃんも先に部屋へと戻った八時頃のことだ。まだまだ広間には、はしゃいだ雰囲気が満ちていた。

 理由はわからないが、こういった場面で必ずといっていいほど始まるのが怖い話である。

 「インターネットで方法を知った降霊術を試してみた」とか、真偽は定かでない話が交わされるなか、Hさんは、「幽霊っているのかな」と思った。独り言のようにそう呟くと、それを聞いていたD先輩がこくりと頷いた。

「ああ、いるよ」

 先輩の返答にHさんや他の部員が「えっ」と凍り付く。D先輩はHさんの二学年上だったのだが、それまで後輩たちとあまり話をするような人ではなかったので、二重に驚きだったという。

「この部屋の近くにもいる。だからオレ、この部屋に入ってきたときからずっと頭痛かったんだよ」

 元々霊感が強いという先輩は事も無げに言ってみせた。

 明かりが煌々と灯る部屋の中。先輩は「部屋の近く」と言っただけだったので、室内、あるいは廊下や窓の外かもしれないが、幽霊がどこかにいる。

 それだけで、酒と夏の暑さで火照った身体が冷えていくようだった、とHさんは語る。

「大げさかもしれませんけど、世界がひっくり返ったような感覚になりましたね。何しろ私は何も見てないし、感じてもいなかったので」

 Hさんと同じように何も感じていなかったらしい他の部員が、先輩に「どんな幽霊がいるんですか?」と聞いた。Hさんも知りたい情報だった。

「それは知らない方がいいよ」

 先輩は、これまたうやむやに誤魔化しただけだった。

 その代わり、他のサークルの合宿でも幽霊を見たり、怖い体験をしたことがあるとだけ語った。

「今みたいに夜に怖い話したら、落ち武者の霊に憑りつかれちゃった奴がいたんだよね」

 幸いと言えばいいのか、Hさんたちの通っていた大学は仏教系の大学のため、その時もお坊さんとして修業中だった学生がお祓いをしたことで事なきを得たという。

 先輩の怖い話はそこで終わったが、Hさんや他の部員たちは幽霊への恐怖に怯え、静けさが広間に広まったときだ。

 あぎゃああああああああ!

 すさまじい叫び声が外から聞こえてきた。

「なんだ、なんだ?」

「もしかして、本物の幽霊じゃねーのか?」

「やばい、どうしよどうしよ」

「お札とかお守りとか持ってる人いないよね?」

 部員たちの恐怖はピークに達する。

外の様子は気になる。だが、もし窓の向こうに長い髪を垂らした幽霊なんかがいたら? 部員の間で、その日一番の緊張感が走った。運悪く、恐怖をもたらしたD先輩はトイレに立っていたので、外にいるのが幽霊なのかも聞きようがなかった。

「しょうがないっ」

 男子部員が閉め切っていたカーテンを思い切って開ける。

 幽霊はいなかった。その代わり、民泊入口脇の公道、酔いつぶれて一番先に部屋へ戻ったはずのBちゃんが雄たけびをあけながら、裸足で全力疾走していた。言うまでもなく、部員たちに部屋へと連れ戻された。

 翌朝、Bちゃんはこのことを何も覚えていなかったという。

「お酒で記憶をなくすことってあるんだなあ、って実感しましたね」

 こっちの方がある意味、幽霊より怖いかもしれない。

 先輩の感じた幽霊がどんな姿をしていたのか。真相を聞く暇もないまま、合宿は終わった。合宿後は、卒業が近かったD先輩もサークルに顔を出さなくなっていたため、そのまま疎遠になってしまったという。

 幽霊話の真相をもっと深堀りすればよかった、と後悔の念を口にしながらも、Hさんは首をひねる。

「今考えたら、幽霊がいたっていうのは先輩が場を盛り上げるために作った嘘だったのかもしれませんね」

 Hさんは苦笑しつつも、「でも、あのときは本気で怖かったです」と締めくくった。

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実話怪談 合宿の夜 暇崎ルア @kashiwagi612

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