第55話 今晩は唐揚げよ

「ううっ……」


 VRドライブを外すと、鋼仁はベッドの上から起き上がる。

 全身がグッタリして思うように動かない。

 如何やら相当ダメージを受けたようで、首の辺りをコンコン叩いた。


「辛い……」


 鋼仁は肩をグルグル回す。

 とりあえず何処も怪我をしていないらしい。

 VRドライブを傍らに置くと、ベッドから降りて、パソコンの前にやって来た。


「とりあえず水だ水」


 鋼仁は今まだの比じゃないくらい疲れ果てていた。

 全身が気怠くて仕方がなく、タンブラーに指を掛けると、滑ってしまいそうだ。


「うっぷ、うっぷ、うぶうぶうっぷ!」


 タンブラーは冷え切っていた。

 鋼仁は掴むと指の腹で抑えて口に運ぶ。

 喉を潤すように注ぎ込むと、全身がようやく解放される。


「なんだろ。バグのデバッグ作業は疲れるけどさ、全身が重いし苦しい……」


 今の今までこんな経験は無かった。

 もちろん疲れることはあった。

 けれど今回は例外で、全身が一度作り替えられたみたいな感覚に陥っていた。


「体が変だな。病気か? にしても熱は無いんだよな」


 確かに体は熱い。

 けれど額を触ってみても熱を感じない。

 そもそも論で全身が熱に脅かされているだけなのか、鋼仁は体調の変化にも気が付けなかった。


「……でも、悪くなかったな」


 バグのデバッグや監視は慣れている。

 けれど今までとは比べ物にならない経験をした気がした。

 まるで本当に一週間を過ごした気分で、実際には五日程だったのだが、それでも死を直面するには充分過ぎた。


「ファイン、俺のことは覚えていないだろうな。まあ、それでいいんだが」


 鋼仁は頬を預ける形で肘を付く。

 するとパソコンを置いているデスクでボーッとしてしまう。

 意識が薄っすらと無くなって行く。

 急激に睡魔が襲って来ると、ウトウトして眠ってしまいそうだった。


 ガチャ!


「ん? ……うわぁ!」

「なにしてるの、アンタ?」

「ううっ、姉ちゃん」


 部屋の鍵を開けたのは鋼仁の姉だった。

 何故かエプロンを付けているが、腰に手を当てている。

 表情を訝しめると、姉は溜息を吐いた。


「大変だったのね」

「いや、そんなことは無くて……うわぁ!」

「ほら、力が抜けてる」


 鋼仁は姉に押し倒されてしまった。

 いつもなら数秒は耐えられる筈なのだが、今日は全く耐えられない。

 体から力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちてしまった。


「痛いな、姉ちゃん」

「アンタが悪いんでしょ?」

「うっ、俺頑張ったんだけどな」


 鋼仁は如何足搔いたところで、実の姉には頭が上がらない。

 尻に敷かれる思いを強いられていたが、それを受け入れていた。

 涙目になる中、姉は情けない鋼仁に手を差し伸べる。


「ほら、立てるでしょ?」

「姉ちゃん」


 珍しいことが起きてしまい、鋼仁は目を見開く。

 本当に手を掴んでいいのだろうか?

 不安になる中、鋼仁は手を取ることにする。


「ありがとう、姉ちゃん」

「あんまり無理はしないでよね。でも、お疲れさまよ、頑張ったわね」

「姉ちゃん……うん!」


 鋼仁は笑顔を浮かべた。

 すると姉の満足そうな顔がそこに在る。

 あまりに至近距離過ぎて鋼仁は動揺するも、姉は鋼仁に人差し指を突き付けた。


「ってことで、今晩は鳥の唐揚げだから」

「えっ!?」

「食べられるわよね。今揚げてるから、後で下りてきなさい」

「あっ、待ってよ姉ちゃん。うわぁ!」


 そう言い残すと、鋼仁の姉はキッチンに戻ってしまった。

 手を放されてしまい、鋼仁は転んでしまう。

 お尻をぶつけると、立ち上がれなくなった。


「これ、マジで疲れたな」


 もう疲れを吐露するしかない。

 鋼仁は項垂れてしまうが、それでも笑顔だった。


「まあいっか。頑張ったからな」


 人の頑張りも千差万別。

 鋼仁は自分ができることを全うした。

 あの世界のNPC達の平和を守り、経験を得て、何よりも姉に認められた。

 ただそれだけで良く、近くに見える天井を眺めていた。

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ゲームデバッカーの異世界修正〜ゲームだと思ったら異世界にやって来た俺、その事実に気が付かず追放された女勇者を助けて一緒にバグを取る。 水定ゆう @mizusadayou

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