第54話 “さよなら”は据え置き
ファインは困惑していた。
如何やら本当に知らなかったようだ。
コージーはポカンとしてしまうが、それでもすぐに表情を戻すと、ファインに伝えた。
「俺はもうすぐこの世界を去る」
「えっ、どういうこと? この街を出るってこと?」
「まあ、それでもいいか……そういうことだ。つまり、ファインとのパーティーはこの瞬間を持って終了。解散って訳だ。お疲れ様、じゃあな」
「あ、あっ、ま、待ってよ!」
ファインは戸惑いながらも腕を伸ばす。
振り返って先を行こうとする俺の服を掴む。
ギュッと皺ができるくらい掴むと、ファインは涙目になっていた。
「放せ」
「放さない!」
「俺だって忙しいんだ」
「それでも放さない。だって、ようやく私も勇者らしくなって来たのに、そんなの酷いよ!」
「なに言ってるんだ。俺だって暇じゃない。お前の勝手な都合に巻き込むな」
コージーはファインのことを睨み付ける。
実際、コージーはファインとパーティーを組んだのは、バグモンを倒すため。
それが終わった今、ここに長居する必要は無かった。
「それじゃあ、私のこと、最初から仲間なんて……」
「思ってなかったって言いたいのか?」
「思ってたなら、私のこと捨てないで!」
「……面倒な奴だな。ヤンデレか? 悪いが、俺にそんな趣味は無い」
「酷い、コージー君酷いよ」
「いや、俺は最初からそのつもりだったんだが……実際、俺は学校が……」
「えっ?」
コージーが頭を掻きながら吐露すると、ファインの目が変わった。
意外な表情を浮かべると、瞬きを何度もする。
「どうした?」
「コージー君、学生だったの?」
「当り前だ。実際、一週間の間だけこっちにいたんだ。今から戻らないとマズい」
「それって魔法学校!? 私と同じで休学してるの?」
「そんな訳ないだろ。俺は、その、部活だ」
「部活? えっ、ええっ、そうだったの? ご、ごめんなさい」
「なんで謝るんだ?」
やけに機器訳が良すぎて俺は怖くなる。
それでもファインが手を放したのを見て、瞬きを幾度かする。
如何やら本気で俺を解放してくれたようで、なにを以ってこの判断に至ったのか、全く分からない。
「ファイン、俺は行くけどいいのか?」
「うん、学校があるんでしょ? それじゃあ仕方ないよ」
「仕方ないで受け入れるんだな……意外だ」
「意外もなにも無いよ。それよりコージー君、もう会えないの?」
「はっ、俺なんかに会ってなにになる。それよりもっとマシな奴とパーティーを組め。俺の力は、この世界に有ってはいけないものだからな」
コージーは慕ってくれるファインのことを突き離す。
やけに聞き訳が良いのも不気味で、コージーは早めに退散したい。
それどころか、笑顔が怖くて仕方なかった。
「私、またコージー君と戦いたい。なんだったら、コージー君の友達も一緒に」
「あいつ等か……まあ、俺に匹敵するくらい強いが」
「あはは、勇者より?」
「勇者よりもな」
「そっか。それじゃあ楽しみにしてる……ねぇ、また会えるよね?」
ファインはよっぽどコージーに入れ込んでいた。
正直期待されるのは嫌いではないが、面倒。
そのスタンスは決して変わらない、上に約束もできないので、コージーは困り顔を浮かべる。
「……保証はできない」
「そうなの?」
「まあ、またバグモンが現れれば来るかもな、面倒だ」
「そうなの? でも、そうなってくれたら嬉しいな」
「期待はするな。俺が手間を取らされるだけだ……もういいか?」
「うん、あっ、最後に一つだけ」
そう言うとファインはコージーのことを最後に引き止める。
可愛らしい笑顔を見せると、コージーに印象を付けた。
「ありがとう、コージー君。また、一緒に冒険しようね」
今までに見たことが無い、溌溂とした笑顔だった。
眩しくて太陽みたい。
コージーは動揺……することも無く、淡々と受け取る。
心には一切響かない。
ましてや動じることも無い。
そこに在るのはファインと言うNPC個人のもので、コージーのようなドライ人間には刺さらないだけだった。
「ふん。さよなら」
「またね、コージー君」
コージーは踵を返すと、ファインに背中を見せる。
ファインは大きく手を振るが、コージーには見えない。
けれどシステムを介することで、コージーはファインが見送りのため、手を振っていることに気が付いていた。
「全くだな。俺は……なんにも響かないなんて」
コージーは自分が大概だと思っていた。
けれどそれは仕方がない。
コージーは人間。しかも冷めている。
それもそのはず、上を見て知っているからだ。
「姉ちゃんの尻に敷かれているようじゃ、俺には響かないんだろうな」
だからだろうか、コージーは自分ファーストだった。
姉には頭が上がらないが、それ以外には堂々とする。
決して変わらない姿勢を取ると、高台を後にし、誰も居ない場所でログアウトする。
そうすれば一瞬、この異世界から、コージーの存在は、歴史と共に凍結され、修正力が働いた。
「あ、あれ? 私、なんでこんな所にいるんだっけ?」
コージーが去って数秒。
一瞬だけこの世界にノイズが生じた。
すると高台の展望台でのんびりしていたファインは、何故自分がここにいるのか、何故自分が手を振っていたのか、その全ての理由を忘れていた。
「どうして私、こんな所で……逸れに手を振ってた。なんでだろ?」
ファインはポカンとしたまま顎に手を当てる。
しかし考えても分からない。
頭の中がモヤモヤしてしまい、考えることさえ億劫になる。
「うーん、思い出せない。逸れに頭も痛い」
ファインは悩みの種になってしまい、頭を抱えてしまう。
苦しい表情を浮かべると、ソッと背中を風が撫でる。
冷たくて涼しい。けれど何処か暖かい。不思議な感触にファインは違和感を覚えた。
「な、なに、この感覚?」
ファインは嫌ではなかった。
何故か受け入れたくて仕方がない。
そのせいだろうか。ファインは目を瞑ると、咄嗟に口走る。
「まあ、いっか」
ファインの気持ちが澄んでいく。
余計な記憶は全て凍結され、考えることを止めるとスッキリする。
そうして高台に来たこともあってか、ファインは黄昏る。
「やっぱり私、この景色好きだな。“最低最弱”の勇者も、悪くないかな。ふふっ」
何故かファインには達成感があった。
それは誰にも負けない強い芯があった。
如何してだろうか。寂しくない。
むしろ期待に胸を膨らませる乙女な感情が沸き上がると、ファインは木の柵に腕を預ける。
肘を打ち、顎を乗せると、美しいアメリアの街並みに清々しくなるのだった。
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