人類に仇なす憎きヤツとの戦い

武藤勇城

↓本編はこちらです↓

人類に仇なす憎きヤツとの戦い

『ヤツ』は人類に仇なす、憎き相手だ。何としても世界から根絶しなければならない――


「いらっしゃいませー!」

 俺は広大な店内を歩き回り、見付け出した4つのアイテムを店員の前に並べる。ここは国内屈指の有名店。食料品・日用品から、建築資材・武器装備品まで、何でも揃う。俺には読めない魔法の言語が記された書物も、子供に買い与える玩具もある。愛玩動物も売っているし、自分で育てる植物の苗もある。硬い容器に入ったヤツの仲間を見付けた時、俺は暫く足を止め、憎しみを込めた眼差しでそいつを睨み付けた。

「お会計は4点で、21336ヱンになりまーす!」

 流暢な言葉を話しているが、この国の人間ではない。やや浅黒い肌をした、明るく活発な女性店員。よく教育されているな、などと考えながら決済を済ませる。重い金貨を持ち運んでいた時代はとうの昔、今は個人情報を1枚のカード状のモノに詰め込んだ簡易決済が可能になっている。その弊害で、最近は自分自身の所持金残高が分からず、うっかり使い込んで借金まみれになり、生活が破綻する若者も多くなっているという。人生経験豊富な俺は、そんな愚か者とは一線を画す。毎日の生活に消費するモノ、毎月の決済に必要な額、緊急で必要になった時のための貯蓄と備蓄。全て頭の中で管理出来ている。その俺にとって、今回の臨時出費も想定の範囲内である。

「ありがとうございましたー! いらっしゃいませー!」

 俺の後に続いて、膨大な量の生活用品を買い込もうとする老夫婦。一つ一つ丁寧に値札を確認していく異国の店員を尻目に、重い荷物を担いで店を後にした。


 国からのクエストを受注したのは、数日前だった。ヤツが繁殖期に入る前に、その数を少し減らしておく必要があるのだ、と。ヤツは深い森の奥に棲息しており、その数は正確には分からないが、数十億にのぼると言われている。それが温かくなる頃、一斉に繁殖を始めるのだ。普段は人里離れた山奥にいるので、我々人類と生活圏が異なり接点はない。しかし繁殖期を過ぎると、森から人里へ大量に溢れ出す。そうなる前に少しでも間引きたい――それが俺の受けたクエストである。

 今回討伐に向かう人類の敵は、とにかく硬くて手強い。人間に対して攻撃を仕掛けてくるのは、温かくなる繁殖期に限定される。硬い外皮に頼ってほぼ動かず、直接的な攻撃手段は持たない。人間の内部に対する、精神攻撃に近いものしか行えない。しかし、それが大変に厄介で、この国に住む人間の約4割は何らかの被害を受ける。何を隠そう、この俺自身もヤツに精神を搔き乱されている一人であり、ヤツを憎む人間の一人だ。だからこのクエストは渡りに船だった。集会所で張り紙を発見した時は小躍りしたものだ。

 ヤツの精神攻撃に対抗するために、俺は頭部を一分の隙間もなく覆うフルフェイスヘルムを購入した。まだ寒い時期なので、ヤツらが反撃してくる可能性は低い。硬い外皮の中に籠って守りに徹するだろう。それでも安全のために頭部だけは守る必要がある。それ以外に俺が購入した装備品は、柄の長さが1メートル超、刃渡り15センチ弱、重さ3キロというハルバードである。両刃のバトルアックスではなく、片刃のものを選んだ。両刃のものなら刃こぼれしても使えるメリットがある一方で、重量が嵩み持ち運ぶだけで一苦労だ。それに刃の部分ではなく、柄の部分が折れてしまえば終わりだ。それより軽く扱い易い、片刃のハルバードを2挺、用意するべきだと考えた。更に予備武器として、柄の短いハンドアックスも1挺。これが2万数千ヱンの初期投資、クエスト達成のために買い込んだアイテムの全容である。見事クエストを達成した暁には、成功報酬として倒したヤツらの数に応じた報酬が入る。回収を十二分に見込んでの初期投資である。これら新調した装備品の他に、普段から使っているテント、ランタン、食料品などを背負い袋に詰め込むと、白い息を吐きながら、ヤツの棲む山奥へと足を踏み入れた。


「くっそ痛ぇ」

 ヤツの外皮は噂に違わぬ硬さだ。斧を持つ両手には、布製の手袋と革製のグローブを二重に重ねて装備している。それなのに、ヤツに一撃を入れると、反動でこちらの両手が痺れてしまう。攻撃されているヤツより、攻撃している俺のダメージの方が大きいのでは?

――ガン、ガン、ガン!

 一撃、二撃、三撃。力任せにハルバードを振るう。ヤツの外皮に僅かに刃が突き刺さる。

――ガン、ガン、ガン!

 八撃,九撃、十撃。同じ場所を狙って撃ち込み続けると、ようやく外皮の一部が削れ、凹みが生まれる。我々人類に対して、反撃手段を精神攻撃しか持たないヤツは、ただ硬い外皮の中で身を守り、俺の攻撃に耐えている。

「まだまだだっ!」

 二十撃、三十撃。ハルバードを持つ腕が重い。しかしヤツへのダメージも蓄積されてきた。眼前にそびえ立ち、未だ屈する様子を見せないが、硬い外皮は完全に剥がれ落ち、ハルバードの傷跡が深く刻み込まれる。両手に伝わる感触も、ヤツの内部を斬り裂く、やや柔らかいものへと変わってきた。

――ミキ、ミキミキッ!

 五十撃を越えた辺りで、ヤツの外皮の残っている部分が軋むような音を立て始めた。攻撃を加え続けた部分だけではなく、その周囲にもヒビ割れのようなものが浮かび上がる。

「もう一息だ! 喰らえっ!」

 気合一閃。ハルバードの刃が奴の内部へと深く突き刺さる。と、同時に、カン高い金属音が森中に響き渡る。ヤツの身体に深く刺さったハルバードを引き抜き、刃の部分を確認すると、刃先の先端がどこかへ飛んで行ったようで、なくなっていた。

「くそっ、たった一匹相手にしただけで、これか・‥」

 先端が欠け、攻撃力はやや落ちてしまったが、まだ戦える。予備のハルバードとハンドアックスもあるが、ここはもう少し、こいつに頑張って貰おう。そう決意すると、重い腕を振り上げ、撃ち付ける。ハルバードの刃が刺さる度、ヤツの外皮が軋み、ヒビ割れる音が次第に大きくなっていくが、中々しぶとい。それから何十の打撃を加えたか、もはや数えるのも億劫だ。3キロのハルバードが5キロにも10キロにも感じる。重い、腕が痛い、掌がジンジンする――息が上がり、酸欠になりかけ、目の前がクラクラする――それでも俺は、一心不乱にハルバードを振るった。叩き付け、深く刺さった刃を力任せに引き抜き、また振り上げ、撃ち下ろす。

――バキバキバキッ!

 身体が半分に割れた、ヤツの断末魔。大きな音を立てて、遂にヤツは崩れ落ちた。

「よっしゃあ!」

 などと快哉を叫ぶ余裕なんてない。肩で息をして、先の欠けたハルバードを杖代わりに、立っているのがやっとという有様だ。ヤツが一匹、完全に倒れる様子を、憔悴しきった瞳で見届けると、俺もその場にへたり込んだ。

「はぁ、はぁ・‥失敗した・‥」

 フルフェイスマスクを脱き、タオルで額の汗を拭い、深呼吸して荒い呼吸を整える。

「やはりチェーンソーを買うべきだった・‥」

 ホームセンターで売っていた、お値段4万円を超える品。ちょっと節約しようなんて思ったのが間違いだった。

「今日帰ったら、もう一度ホームセンターに行って、バッテリーとチェーンソーを買おう。十万近く飛ぶだろうな・‥」


 これは、俺が1本のスギの伐採を行うまで物語である。そしてこの後も、花粉症に苦しむ日本人のため、何百何千何万本ものスギを伐採する物語である。俺の戦いは、これからだ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人類に仇なす憎きヤツとの戦い 武藤勇城 @k-d-k-w-yoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ