第二十四話 『ゾルラードが来る』


 翌朝――。


 俺とユリシアは、訓練のためにベルタから酒場へと呼び出された。

 またベルタの力に圧倒される日々が続くと思うと憂鬱に感じる。

 ちなみに俺はすでに中沢煌の《外見変化》を解いていた。

 だから昨夜の出来事をユリシアに謝罪する機会を失っていた。

 ルクセリオの姿に戻った俺を、いつものように冷たく見る。


 酒場には、俺たち二人だけでなく、ルーファスも姿を見せていた。

 彼とユリシアの関係は、ただの幼馴染という枠を越えているように思えた。

 何か別のものに発展しているようだ。

 ユリシアは赤面しながら、まるで恋する少女のようにルーファスを見つめ続けている。

 俺の存在に気づかないのはどうかと思う。

 昨日の時点では、俺とユリシアが親しくしていたはずなのに、この変化は一体何なのだ?

 あーそうか。

 浮気か。

 そんな考えが頭をよぎる。

 ただ、それもベルタの冷静な声で一瞬にして掻き消された。


「今日は訓練の予定だったけれど、急遽中止になったわ」

「え? わざわざルーファスさんも来てくださったのに?」


 俺はそう言った。

 結局、訓練が中止になるのであれば朝早くから酒場に呼んでほしくないものだ。

 全く。

 ただ、呼び出したのには別の理由があったらしい。


「何かあったのですか、ベルタさん?」


 ルーファスが鋭く察し、静かに問いかける。


「昨晩、ニレニアでゾルラードを見かけたわ」

「――ゾルラードが!?」


 ゾルラード。

 聞き慣れないその名前に、ルーファスの表情は険しさを増した。

 事態は尋常ではない。

 そんな予感が俺の中に広がる。


「だから、皆、準備を急ぎましょう」


 予想外の展開だった。

 ベルタの言っていた『二ヶ月』までまだ時間はあったはずなのに。

 もっと強くなり、万全の準備を整える予定だったのに……。

 しかし、今やその計画は崩れ去った。

 俺たちは急遽、ロックス迷宮の攻略を本格的に始めることとなった。


 その理由は、ロックス迷宮の一階層を彷徨っている時にベルタが明かしてくれた。


「ゾルラードは、かつて焔鯨のメンバーだった。だけど、ある事情で脱退したのよ」


 詳しいことは語られなかった。

 ただ、ベルタたちがこの急な展開に焦りを見せた理由は、なんとなく理解できた。


「彼は、人類史上稀に見る最強の戦士よ」


 その言葉に、俺は緊張を覚えた。

 ベルタが最強というのであれば間違いないのだろう。


 ユリシアはルーファスからさらなる説明を受けているが、やはり二人の距離感は異様に近いような気がする。

 ――浮気だな。

 そんなくだらない妄想が頭をかすめる。


 それにしても、最強の戦士か。

 ならば、どうして世界最強を謳う焔鯨を脱退したのだろうか。


「どうして彼は焔鯨を脱退したんですか?」


 そのままベルタに尋ねる。

 彼女は表情を曇らせ、何かを隠すように低い声で答えた。


「その話は、聞かない方がいいわ」


 すると、背後からルーファスが声をかけてきた。


「あいつは俺の両親を殺したんだ」


 その言葉に、俺は言葉を失った。

 ゾルラードが脱退した理由が、一気に重く胸にのしかかる。

 ルーファスはさらに話を続けた。


「俺は、焔鯨の次期リーダーを彼と争っていたんだ。元々のリーダーが死んだ直後だったからな」


 沈黙が場を支配する。

 俺は、ただ耳を傾けるしかなかった。


「俺はゾルラードほど強くはなかったが、ギルド内では信頼を得ていた。逆に、あいつは強すぎるがゆえに孤立していた」


 ゾルラードは、その圧倒的な力に酔いしれ、次第に増長していった。

 彼の態度はギルド内で反発を招いたが、その圧倒的な強さの前に誰も逆らうことができなかった。

 結果として、彼は無敵ゆえに孤立した存在となり、誰からも畏れられる孤高の存在となったのだ。


「結局、ギルドの投票で俺が次のリーダーに選ばれた。ゾルラードはそのことを受け入れられずに、焔鯨を去った。そして同時に、俺の親を殺していったんだ」


 俺は、ただ「クソ野郎だな」と彼に呟いた。

 しかし、奇妙なことに胸の内に沸き上がるべき怒りや反骨の炎は、思ったほど熱を持たなかった。

 それは、視線の先に映るユリシアの姿のせいだった。

 彼女がルーファスの腕をしっかりと握り、その胸を彼に寄せるように押し当てている――まるで、彼を全身で守るかのように。


 「これからは私が支えてあげる」とでも言いたげな表情で、彼に寄り添うユリシア。

 その姿に、俺の胸中には僅かばかりの嫉妬と焦燥感が芽生えた。


――俺がクズだということは、自覚している。

 それでも、ルーファスの親が殺されたと聞いて、俺は何の感情も湧かなかった。


◇◇◇


 そして、一時間も経たずに俺たちはロックス迷宮の三階層にたどり着いた。

 周囲は不気味なほど静寂に包まれているが、以前来た時とは何かが違う。

 整然と並べられていた本が、今では床に無造作に散らばっていた。

 ――それも雑に。

 だが、その乱雑さから俺たち全員が同じことを感じ取っていた。

 ユリシアも、ベルタも、そしてルーファスも。


 これは、ゾルラードの仕業だと。

 ゾルラードはすでに三階層の本棚にある本、およそ二万冊のうち、その半分を開けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界役者〜剣と魔法の世界を演技で無双する〜 ハチニク @hachiniku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画