人類滅亡アンケートと、祈られ女の存在ショウメイ

葉月氷菓

アンケートにご協力ください

 【アンケートにご協力ください】

 ──入力後、動画は再生されます▶


「うぜー」

 部屋の中でひとり、悪態をつく。

 私がベッドに寝転がりながらスマホのユーチューブアプリを開くとアンケート画面に飛ばされた。最近はショート動画にも頻繁に広告が入るし、こういった入力を強要するタイプも増えてきた。この調子だといつかは一分の動画を観るごとに二分くらいの広告を見せられたりして。

 心底ウザくて溜め息が出るけど、プレミアム会員になるのは賢いヤツらの思う壺みたいで広告以上に癪だ。これ以上、持たざる者からリソースを奪うのは止めてくれ。

 うだうだ考えてる時間が勿体ない(そもそも寝る前にぼーっとショート動画みてる方が勿体ないとか言うなよ)。適当に文字数埋めてやろう。

 そこで、はたと指が止まる。アンケートの内容が流石に看過できないものだったからだ。


【アイデア募集!】

 地球に住む人類を滅亡させるアイデアを募集します。複数回答可。ただし以下の条件に従ってご記入ください。


・直接的に命を奪うものは避ける 例)大量殺戮兵器を使用する

・隠匿性が高いほど望ましい

・地球人類に与える肉体的または精神的苦痛は小さいほど望ましい

・人類以外の地球生物の命はなるべく奪わないことが望ましい

・滅亡にかかる期間は三千年以内が望ましい

・あなたを含む地球人類にとって非現実的な手法や現象を含む内容であっても可


 奮ってご応募ください!


「……なにこれやば。どこが出してんの?」

 広告主の名前は見当たらない。イタズラだろうか。こんな物騒な広告の掲載が許されるのだろうか。金さえ積めば、なんでもOKってこと?

 見えもしない闇の真相を勝手に想像し、怒りを湧き上がらせる。


 今の私は就職活動が上手く実らずストレスが溜まっていた。今日でちょうど二十社目の面接落ちだった(なにが〝ちょうど〟なの?)。メールを開けばお祈りお祈りお祈りお祈り。うるせぇ私は祭壇か?


 けど、そういう意味ではちょうどいいかもしれない。毎日失敗と絶望の繰り返し。苦渋と辛酸で口の中は満たされ、吐き気が止まらない。きっと私はいま世界一、世界滅亡を願っている人間だ。世界だって私を拒絶しているのだから、お互い様だろう。イタズラだかなんだか知らないが、俄然やる気になってきた。


 すっかり眠気が飛び、冴えてきた頭でアイデアを絞り出す。条件が意外と難しいな。地味で、知らずの内に滅びるほどいいってことか。そして非現実的なことでも可と。新作ゲームの世界観のアイデアでも募ってるんだろうか。採用されたらクレジットに名前載せてくれるかな。

 身体を起こし、ベッドの上で胡坐をかくと血の巡りが良くなってきた。


『地球の酸素濃度をちょっとずつ下げる!』

 ……うーん。高山病は苦しいし、加減を間違うと人類の心肺機能が鍛えられるだけか。人類以外も死んじゃうし。

『平均気温を毎年一度ずつ上げていく!』

 ……これ既に実行されてない? 真夏にリクルートスーツを着て歩き回れば誰でもお手軽に臨死体験できるよ。

 『万人が寝食も仕事も忘れるくらい面白い本やゲームを流通させる!』

 ……これなら楽しく、文字通り夢中に滅亡できそう?


 私が最後に心から趣味に夢中になったのって、いつだっけ?


 中学の時から趣味で描いていたイラストは、少し前に辞めてしまった。SNSにアップしても誰からも反応を得られず、その意義や意味を失ってしまったからだ。

 意義? 意味? いつから承認欲求を満たすことが私の人生にすり替わったんだろう。「好きだから」絵を描いていた私は何処に消えたんだろう。


 眩しい「何か」になりたくて。そう思った瞬間から私の目は世界の〝明〟と〝暗〟を見分けるようになって。そうしたら自分という存在がどこまでも暗闇に包まれていることを自覚してしまった。

 だから追いかけた。光を追いかけて自分なりに頑張ってきた。


 ダメで不合格でお祈りでも。否定され拒絶され続けても。どうにか明るい方へと必死に走り回る自分の姿が闇夜に飛ぶ羽虫とそっくりだと自覚したとき、嫌悪感が情熱を塗り潰した。


 これからもスポットライトの当たらない人生を死ぬまで永劫送るのだろう。自分で選んだ道なのに、ずいぶん歩き心地が悪い。


 いつの間にか閉じていた目をはっと開く。ユーチューブを観るための貴重な時間をネガティブな思考に費やしてしまった。

 開いたままだったアンケート画面に、先ほど思いついた案をまとめて入力する。

 送信前に自分の書いたアンケート内容を見返してみる。

 こんなものでは到底、人類は滅びそうになかった。


 ──しぶといな、人類。


「あほくさ」

 入力を済ませ、私は再びベッドに背を預ける。真面目に考えていた時間が急にバカらしくなる。やっと開いたアプリ画面の中から、適当なショート動画のサムネイルをタップする。


 コントの切り抜き。海外のホームビデオの転載。人気アニメの飛躍し過ぎた考察。猫可愛い。おもしろサイエンス。ものすごく切れる黒曜石のナイフ。ダイエット豆知識。バスケのスーパーゴール。ボトルキャップチャレンジ。猫可愛い。


 たくさんのおもしろい動画たちが、笑顔でゆっくりと私の首を締め付ける。私の人生を弱毒性の快楽で満たしてくれる。


 たのしい。気持ちいい。眠い。



 週末の午後、合同企業説明会が終わり、私は幼馴染の白鳥旭姫しらとり あさひと一緒に互いにリクルートスーツ姿のままスタバで涼をとっていた。

「調子どう?」

 旭姫の言う「調子」の意味するところは、体調ではなくもちろん就活の進捗のことだろう。

「ダメダメ。たぶん今受けてるとこも無理。三十社目落ちたらお祝いしてよ」

「もー、そんなネガティブにならないでよ。半分は運なんだから大丈夫だって」

 慰めとわかっていても旭姫の言葉は私の神経をちくちくと刺激する。

 運でここまで落ちるなら、収束すればぽんぽん内定が出るのか? それならどん底の私は、来年にはビル・ゲイツの側近にでもなれそうだ。

 なにより、目の前の旭姫は既に二社からの内定を貰っているという事実が私の卑屈さに拍車をかける。さらには本人曰くそれは滑り止めで、本命志望の化粧品メーカーに就職するための助走なのだそうだ。じゃあ、大してやりたいでもない仕事に手を伸ばしては落ちていく私の価値は地面に降り積もる土埃以下だろうか。

「そんな言うなら、内定いっこ寄越せ!」

「あはは。スタバカード三万円分くれたら考える」

 ふてぶてしい私に、旭姫は余裕のジョークで切り返す。

「面接、ちゃんと笑えてる? 笑った方が可愛いんだから、強み活かしていこ」

 笑おうが無表情だろうが私よりずっと整って愛らしい顔立ちの旭姫は言う。旭姫は間違いなく私が求めてやまない〝光〟側の人間だ。スポットライトに照らされるべき子だ。優しくて気が利いて要領がよくて、いつもキラキラ眩しくて。

 きっと見えないところで私の何倍も、全身のすみずみまで努力をして輝かしい人生を形成しているのだろう。そう思わなければやってられない。


 フラペチーノが溶けきって見栄えが最悪になった頃、ふとガラス窓の向こう側がどんより薄暗くなっていることに気付く。まだ午後四時。陽が沈むには早すぎる時間なのだが。

「やば。夕立くるかな」

「えっ。予報どうだっけ。傘もってないよー」

 土砂降りを回避するため、私たちはさっさと店を出る。

 雨が降る寸前の、特有のむんとした湿気は感じない。その代わりに通行人たちのどよめきと上方を見上げる視線が、元凶の所在を教えてくれた。


「……うそ」


 〝それ〟を目にして、私はたったそれだけしか言葉にできなかった。アドリブに弱くて、面接の場でも定形外の質問には口ごもりがちなのも頷ける。



 都市の天に蓋をするように、超巨大な真円形の物体が中空に鎮座していた。



 遠近感がつかめないけど、底面は東京ドーム百個分くらい? 平べったいのか縦に長いのか、地表からではその全貌は想像もつかない。金属というよりは生物の表皮に近い有機的なサーフェスに嫌悪感を覚える。

「ゆ、UFO……? まじ?」

 旭姫も大きな目を丸くして驚愕している。

 未確認飛行物体。テレビやネットで刷り込まれたそれっぽい単語や関連用語が脳内を駆け巡る。これほどの巨体が暴風や轟音も伴わずに突如出現したことが信じられない。ワープ航法的な技術を使ったのだろうか。

 異様な光景に対してスマホを向ける者、叫び逃げ惑う者、スマホを向ける者、スマホを向ける者……大した行動バリエーションもない人々に向けてUFOの底面からいきなり、光線が放たれる。

 空を見上げていた人々が恐怖に叫ぶが、光線はスタバの店舗前──人に命中するのを上手く避けるように地面に照射された。破壊を伴う攻撃の類ではないみたいだ。


 UFOと地表とを結ぶ光の柱。それを伝って、上空から妙ちくりんなモノが降りてくる。

 そいつは大きな頭部(地球人比)を持ち、脚はなく車椅子のような補助機械に乗っている。異様に小さな胴からは四本の触腕が生え、指はそれぞれ五本ずつあるだろうか。地球人との微妙な共通項がむしろ気味悪さを助長する。


『────परीक्षाтестテスト。チャネリング成功。こんにちは! この度はご応募ありがとうございます』


 エフェクターを通したようなわざとらしい合成音声は、しかし丁寧に地球人の言語を話した。

「なにコイツしゃべった。宇宙人?」

 旭姫に話を振るが、彼女は恐怖の顔色に涙を浮かべて首を振るばかりだ。私だって泣いて震えるべき場面なのだが、そのどこか間の抜けた容姿の生命体を前にして、不思議なほど心は平静を保っていた。鋭い牙や爪を剥き出しにされれば反応は違っただろうが、人間も宇宙人も、見た目が9割だ。


『あれ、翻訳機が上手く動作していないのかな。こんにちは!』

「聞こえてるってば!」

 いつの間にか周囲からはひとが消え失せ、この場には私と旭姫と宇宙人しか居なかった。自然と、受け答えするのは私の役目になる。

『あ、どうもすみません! この度は、ワタクシ共のアンケートにご回答いただきまして、誠にありがとうございます!』

「えっ」


 ──アンケート。


 その単語が、眼前の異常事態と私とを結びつける。

 数日前、ユーチューブ上で答えたばかばかしいアンケート。地球人類の滅亡。そして宇宙人の襲来。

「あのアンケート……まさかアンタ達がばら撒いたの?」

『ご理解いただき、ありがとうございます。ご応募いただいたアイデアの採用通知を兼ねて、直接お伺いしたのです』

 私と宇宙人との会話を聞いて、旭姫が私の顔をまじまじと眺める。やばい。心当たりがあり過ぎる。冷や汗が止まらず、メイクが流れ落ちていくのを肌で感じる。頼む。見ないでくれ。


 あのアンケートは金持ちの悪ふざけなどではなく、宇宙人の侵略の下地だったらしい。しかし湧きあがる疑問をぶつけずにはいられなかった。

「で、でもアンタ達くらいの技術があるなら地球を滅ぼすなんて簡単そうじゃん? あんな宇宙船もあるんだし。なんでこんな回りくどいこと……」

『はあ……こちらとしましても、地球全土を焼いてしまった方がコストも時間も省けるのですが』

 ほとほと困った、とでも言いたげにソイツは触腕で後頭部を掻いた。宇宙人もその仕草やるんだ。

『コズミカル・コレクトネスの概念はご存知ですよね? 同じ銀河に住む生命同士、偏見や差別を無くそうという……』

「いや、聞いたことないけど……」

『ああ、失礼しました。順を追ってご説明いたします。実は弊種族の居住惑星は、その寿命まで残り七億年と迫っているため、移住に好条件である地球を侵略統治しようと決定したわけです。しかし……』

 宇宙人は額を叩き、天を仰ぐ。大仰なその所作に私はイラっとくる。

『銀河評議会は数百年前からコズミカル・コレクトネスを推進しはじめ……たとえ下等な生命体であっても敬意をもって対等に接しろというのが今のスタンダードでして。地球に住みついたあなた達──地球人類も、みだりに滅ぼすことは許されない時代なのです』

 つまりコズミカルなんとかがなければ、地球はとっくに焼き尽くされていたということか。暗に下等生物呼ばわりされたことにも、慇懃無礼な態度にも腹が立つが それ以上にゾッとして血の気が引く。

『そこで! 惑星安楽死法に則って、地球人類自ら退場していただくという方法をワタクシ共は採ることにしたのです』

 また知らない法だか条約が出てきた。けど私たちも宇宙に棲んでいる限りは従わないといけないのだろうか。刑法三十八条三項。法の不知はこれを許さず?

『当該種族の破滅願望エントロピーが一定量増大し、種の繁栄という秩序を自ら放棄した場合に、なおかつ! 当該種族自らが提案する方法によって滅亡する場合、その自由を認める。 ……この法を以て、地球人類に自ら滅亡していただこうという訳です』


 つまり。いま地球には〝命〟に対して不誠実で無責任な人たちで溢れていて。そして、私がアンケートでその方法を提案したから。


 ──人類は滅亡する。


 仮に私がアンケート入力しなくても違う誰かが選ばれて、どのみち滅亡は避けられなかっただろう。しかし自らの手でその一端を担ってしまったという事実になおさら震えが止まらなかった。


『アイデアが採用された方への副賞といたしまして、地球統治後に建設予定の博物館に、元地球生命体の標本として永久展示させていただきます。この度は誠におめでとうございます!』


 UFOから地表に向かって再び光線が放たれる。

 必死で追い求めたスポットライト。

 こんな形で浴びることになるなんて。

 歯噛みし、拳を強く握る。そして降り注ぐ光柱に。


 旭姫が照らされていた。


「そっちかーーい‼」

「え……うそ⁉」

 旭姫の顔には戸惑いと焦燥が浮かんでいた。

「おい宇宙人! アンケート答えたのは私なんだけど!」

『ええっ。では貴女が白鳥旭姫さん?』

「いや……旭姫はそっちの子だけど」

『では間違いありませんね。アイデアが採用されたのはそちらの白鳥旭姫さんですので。それにしても近しいお二人ともがアンケートにご参加されてるとは偶然ですね。あれは万人に表示されるわけではなくエントロピー増加傾向にある、命に対して後ろ向きな者だけを対象としたターゲティング広告なので』


 なんだって?


「旭姫が……? どうして? 悩みでも抱えてたの?」

「さ、最近彼氏と別れて……」

 おい。理由がなんかムカつく。

「ちょ、ちょっと待ってよ宇宙人。審査基準はなんだったわけ? 旭姫はどんなアイデアだったの?」

『応募要項に羅列させていただいた条件により合致し、なによりワタクシ共の想像を超える内容を求めておりました。えーと、白鳥旭姫様のアイデアは……』

 ごくりと息を飲み、発表を待つ。

『〝人類の性感を喪失させ、娯楽性交を掃滅させる〟でした! 画一的処理が可能であり、なにより単体分裂増殖可能なワタクシ共には思い浮かばないアイデアで……』

 ちくしょう。パンチと皮肉が利いてて条件もばっちり満たしてる。光に照らされたままの旭姫は居たたまれなさそうに両手で顔を覆ってるけど。

「わ、私のアイデアは? 悪くはなかったでしょ?」

『ええと、あなた様の生態データと一致するアイデアは……ああ~』

 宇宙人はディスプレイを眺めつつ触腕の先端で顎を撫でながら言い放った。

『類似したアイデアが多数あり、そして人類に対する理解度の低さが感じられ効果的な手法ではなかったと総評されていますね。ゲームや本といったインスタンスも、せめて具体案が用意されていれば評価は上向きになったかもしれませんが、その内容もワタクシ共に丸投げというのはマイナスです』

 しっかり的を射た講評に、私は反論の言葉も無かった。

『ですが意欲は感じられましたので、もしもサブプラン募集などがあった際には是非またご参加ください。ご健闘をお祈りしています』


 お祈り?


 お祈り。お祈り。お祈り。


 また、祈られた。

 また、私じゃなかった。

 世界を滅ぼしたいという陰悪な感情ですら、一番になれなかった。ルサンチマンとしてさえ、スポットライトを浴びることができなかった。

 私の価値って、なに?


 力が抜けて、地面に膝をつく。もう自分というものが分からなくて、泣くしかなかった。世界が滅びても滅びなくても、私の人生には暗闇しかなかった。


『それでは、さようなら。行きましょう白鳥旭姫さん』

 宇宙人がそう言うと、光の柱が旭姫の身体を空中に吊り上げる。これ、キャトルミューティレーションだ。

 宇宙人も一緒になって上昇していく。私一人を地上に置いて。

 上空から、二人が揉める声が聞こえてくる。


「ま、待って。やだよ標本なんて。人類を滅ぼすなんて、そんなの本気で望んでないのに!」

『ワタクシ共はあなたのアイデアを買ったのです。本気かどうかは無関係です』

「いや……嫌! 助けて、ヒカリちゃん!」


 私の名前を叫ぶ声が聞こえて、我に返る。その時にはもう、爆ぜるように身体が動いていた。全力で地面を蹴って、光の柱に飛び込んだ。

 旭姫はもう十メートルほどの高さにいる。無謀なんて承知で膝に力を溜めて、思い切りジャンプする。


 跳んだ。一気に高度十メートル。


 光の柱の中はまるで重力がないみたいだった。身体はぐんぐん上昇して、すぐに旭姫の脚に手が届いた。強く掴み過ぎてストッキングを破いてしまう。旭姫の処理の甘いムダ毛が手にちくちくと刺さった。

「ヒカリちゃん!」

 私を見下ろす旭姫の顔が希望に満ち溢れたようにぱあっと明るくなる。なんだろう、複雑だ。だって私は……私は……。


『ああーっ! 困ります! 勝手についてこられては!』

「うるせーっ! 好き勝手言いやがって! 人が考えたアイデアをなーっ!」

 ふよふよと眼前に浮かぶ宇宙人の顔面に蹴りをお見舞いしてやる。

『痛い! なんて乱暴な。あなたは厳正な審査によって落選したのです。そこに不平等を感じるのは逆恨みというもので……』

「黙れーっ! 人類を滅ぼすのは私だ!」

「ヒカリちゃん⁉」


 上空、たぶん三百メートルくらい。都会の空に、私のみっともない罵詈雑言が響き渡る。上空のUFOも動き出したらしく、景色がどんどん流れていく。

 黙ってしまったら、きっと恐怖で二度と声を出せなくなる。だから私は、魂の限りを叫び続けた。

「本気かどうかも見抜けない奴が偉そうに人様に優劣をつけやがって! 十五分そこらの面接でなにが分かるって言うんだよ! したり顔で値踏みしていい気になりやがって! イラストだって……上手い人が五分十分で描くような絵を私は二時間も三時間もかけて描くようなへたくそだけど! そこに込めた魂の温度じゃ負けてない! 見る人にとってはそんなの無価値かもしれないけど、偉そうに評価するんだったらその裏まで見抜いてみせろよ!」

『それはワタクシ共には全く関係がありません!』

 吐き出した言葉の刃は宇宙人にはまったくかすりもせず、代わりに自分の心にグサグサと刺さりまくった。


 数撃ちゃ当たるで受けた企業。面接官はちゃんと見抜いてたんじゃない?


 趣味のイラスト。いいねの数が伸び悩んで、絵の練習よりも裏垢での愚痴ばっかに時間を費やしてなかった?


 人類滅亡アンケート。上手いアイデアが出なくて、「バカらしくなった」とか言い訳して途中で投げ出したのは誰?


 スポットライトは逃げるべくして逃げたのだ。口ばっかりで私の中身はスカスカだった。裏まで見抜いたフリして他者を見下してるのも私だ。どの口が言ってるんだ。


 力が抜けると同時に強風に晒されて、旭姫の脚からずり落ちる。どうにか足首を掴んだけど、脱げ落ちた旭姫のパンプスが顔面にぶつかって私はぎゃっと悲鳴を上げる。

「ごめんヒカリちゃん」

「大丈夫。痛くない」

「そうじゃない。そこまで思い詰めてたなんて気付けなくて。でも──」

 私の為に、旭姫は表情を悲痛に歪ませる。自分自身はUFOに攫われてるっていう途轍もない事態の真っただ中だというのに。


 思えば、旭姫はいつも私に小さな光をくれていたのかもしれない。こんな私の傍に居てくれて。鼓舞してくれて。小さくても、それはたしかに光だったんだ。

 光源や光の強弱をかってに分別して、私はその小さな光を蔑ろにしていなかっただろうか。

 キラキラしていて、眩しい旭姫。

 そうか。眩しいってことは同時に私も照らされているってことなんだ。


 手からどんどん力が抜けていく。手を離せば風に飛ばされて、地面に真っ逆さまだ。人類滅亡なんて望んでたくせに、まだ死にたくはなかった。

 旭姫が空中で身体をくの字に折って、私に向かって必死の形相で手を伸ばす。キラキラした涙が旭姫の目から零れ落ちて、私の頬を暖かく濡らした。


 生きたい。旭姫と一緒に生きて帰りたい。


『ああーっ!』

 私の握力が限界に達する直前、ディスプレイを見ながら宇宙人が素っ頓狂な声で叫ぶ。

「ちょ、うるさい。なに?」

『地球人類の破滅願望エントロピーが低下している……これでは惑星安楽死法の基準を満たせない!』

「つまり?」

『地球統治計画は全部ご破算、水の泡。計画立て直しのため、これにて失礼させていただきます』

「え? ちょっと!」


 私の言葉を待つことなく、宇宙人もUFOも、ふっと煙のように消えた。

 当然のように、私と旭姫は自由落下の運命を辿ることになった。



 目を覚ますと私たちは生い茂る木々に囲まれていた。森? それとも山の中? 上空数百メートルから落ちて何故無事なのだろう。疑問は尽きないが、とにかく早く帰ってシャワーを浴びたいという欲求が足を突き動かしてくれた。


「どこなんだろう。もしこのまま、遭難しちゃったら……」

「落とされる時に真東にスカイツリー見えたから、たぶん高尾山な気がする。コース外れてるけど登山口もすぐだと思う」

「えっ。方向感覚すごいね」

 不安に泣きそうだった旭姫は驚きで涙が引っ込んだみたいな顔をしている。慰めの為の方便ではなく、何故か昔からこういう感覚は妙に冴えていた。

 私たちは山を歩いて降りる。そういえば旭姫のパンプスが片方なかったことに気付き、私のを貸した。旭姫は遠慮したが、私は陸上部だったから足の裏の皮が厚いとか適当なことを言って押し付けた。


 私の勘はばっちり当たっていて、どうにか日が出ているうちに人里に降りることができた。京王線からJRへ。八王子経由で最寄りの相模原へ到着する頃には辺りはもう暗くなっていた。

 とんでもない一日だった。普通なら話題に事欠かないはずだが、今日は破滅願望だのコンプレックスだの恥部を互いに晒しまくった所為で、どうも気まずい。


「ヒカリちゃんはやっぱりすごいね」

 帰り道。先に沈黙を破ったのは旭姫だった。

「今日を通してその感想、出る?」

「私、宇宙人蹴るの無理だし」

 旭姫は笑って、続ける。

「助けてくれたの、嬉しかった。格好良かった。なんか、ヒーローって感じ」

「……なにそれ」

「結果的に地球まで救っちゃったじゃん。ほんとすごいよ」

「いや、アイツなんか急に帰っただけだし……」


 あの宇宙人は、地球人の破滅願望の総量が減ったみたいなことを言っていた。それはあの時、私が〝生きたい〟と強く願った所為なのだろうか……いや、そんなことない。きっと偶然世界中で何かいいことが重なっただけだろう。


「履歴書に『世界救いました』って書けるね」

「私ならそんなアホ絶対落とすけどね。てか、彼氏のことで悩んでたなら相談してよ」

「フラれ方がダサすぎて、言えなかったの」

 スポットライトの裏で、旭姫はフラれていて。ムダ毛の処理をサボりがちで。人類滅亡アンケートになんか答えていて。

 それでも旭姫の放つキラキラとした眩しさは、少しも損なわれたように見えなかった。


 元彼の愚痴を聞いているうちに、帰りの分かれ道に着いた。


「それじゃ。ありがとね、旭姫」

「ありがとう。ヒカリちゃん」


 何のお礼なのかよくわからないけれど、別れの言葉は自然とシンクロした。


 帰宅してシャワーを浴びて、クタクタの身体をベッドに投げる前に、私は埃をかぶったペンタブを引っ張り出した。

 ペンを走らせて、今日私たちを散々振り回してくれたあの憎らしいタコ星人を、百倍可愛くデフォルメして描いてやった。我ながらいい味が出せて、一人で笑ってしまった。

 そのままSNSにアップする。ソワソワして五分ほど待ったが、通知はひとつも来ない。


「あほくさ」


 私は部屋の照明を消してふて寝する。今日くらいは就活の憂鬱もぜんぶ忘れて、ぐっすり眠ろう。



 寝息を立てるヒカリの横で、スマートフォンに通知が届く。アップしたイラストに、一件の〝いいね〟が付いた。さっきまでスリープ状態だったスマホの液晶画面が暗闇の中でぼうっと光って、ヒカリの寝顔を静かに照らしていた。

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人類滅亡アンケートと、祈られ女の存在ショウメイ 葉月氷菓 @deshiLNS

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