これ、返すね。 怖怖百物語用

Tempp @ぷかぷか

第1話 これ、返すね。

 大学の卒業式が終わって、卒業旅行も終わって、引っ越す人はもう引っ越しちゃって、今年もまた3月中に桜も散っちゃいそうな春の陽気にあふれている。喫茶店の窓ガラス越しに少しだけ緑がまじり始めた桜並木を眺めながら、そんなことを思った。

 ガラリと音がして喫茶店の入口を振り返れば、湯浅ゆあさが軽く手を降っていた。湯浅は大学に入って初めての友達だ。一番最初の英語で同じクラスだった。

「待った~?」

「全然。で、何。改まって」

 今日は最後に会いたいと改まって連絡があったのだ。

 湯浅は卒業して、地元の北海道に帰る。私は実家の九州に帰らずここで就職した。だから今日を逃せば今までみたいには気軽に会えなくなる。湯浅は何故だか気があって、思い返せば大学生活を通じてずっと一緒にいた。楽しい思い出で一杯だ。

 思い出……。この4年間がもうすぐ思い出になってしまうと思えば、湯浅を目の前にしてもすでに懐かしい気分がこみ上げる。ああ、なんだか感傷的だな。

「んー。加瀬かせに返さないといけないものがあってさ」

「え、何か貸してたっけ」

「貸してたっていうか。加瀬ってドラッグストアでサンプルもらうの好きじゃん」

「え、まあ」

 予想外の言葉に混乱する。確かにドラッグストアやスーパーで新製品のサンプルがあればもって帰る。試してみないと肌に合うかわからないし?

 湯浅はちょっとはにかみながら、大きめのトートバッグから取り出したものに固まった。

 たくさんの化粧品やシャンプーのサンプル。それぞれが1回分の小さい使い切りサイズのものだったけれど、それが大量に集まれば、テーブルの上に小山のように盛り上がる。

「えっと、これは?」

「加瀬にもらったサンプルだよ。一緒にドラッグストアとか行ったら加瀬が2個取って1つくれるじゃん」

「そう……だね?」

 思い当たる記憶はたくさんある。湯浅は親友だ。だからよく一緒に出かけてたし、なんなら毎日くらいの勢いで大学の講義が終わったらその辺でお茶したり、もちろんドラッグストアによることもあった。

「私、人からもらったものってなんとなく気持ち悪くて使えなくてさ」

「は? え? いらないなら捨てちゃえばいいじゃん。サンプルだし」

「捨てるのも忍びなくてさ。置いといたらこんな量になっちゃった。だから返すよ。北海道帰ったら返すタイミングもなくなるし。それからこれも」

 そうして更に、トートバッグの奥から取り出されたものに愕然とした。それはちょっとしたお土産で買って帰ったストラップとかブレスレット、一番最初の誕生日にプレゼントした湯浅の好きだって言っていたブランドの化粧水……。

「いや、返すって」

 呆然とした。何より湯浅の考えていることが全くわからなかった。なのに湯浅はいつもと同じようにニコニコしている。それがなんだかとても奇妙で、妙に恐ろしかった。

「あの、嫌だったらそう言ってくれてたら」

「嫌なわけないじゃん。加瀬は親友だったし」

 そのいい方に妙に距離感、というか違和感を感じる。人からもらったものは気持ち悪くて使えないけど、嫌なわけじゃなかった?

「えっと? ちょっと言ってることがわからない」

 もらったものが、気持ち悪い? そんなことは考えたこともない。だって喜んでた……よね?

 そういえば化粧水を贈った時、気がとがめると言われた。だからそれ以降の誕生日プレゼントはお互いに食事をご馳走することにした。

「でもまあ、もう会うこともないだろうしさ。この際と思って全部持ってきちゃった」

 そう照れたようないつもの表情で呟く湯浅は、本当に私の知っている湯浅だろうか。本当は嫌だった? 背中に一筋、冷たい汗が流れる。

「会うこともないって……えっと、人間関係断捨離ってやつ? でも私たちは親友だったよね?」

「あ、うん。もちろん。超親友だったよ! 大学生活、すごく楽しかった」

 何か話が噛み合わない。それが怖い。

「でも私実家に帰っちゃうしさ。連絡もしなくなるだろうし」

「電話くらいはたまに……」

「でも、面倒くさくない? そのうち加瀬にも新しい友だちできるでしょ? だんだん億劫になると思う」

「いや、まあ友達はできるといえばできるだろうけれど……」

「加瀬もさ、高校のときの親友って今は連絡してないでしょ?」

「ええと、そういえばそう、だけど。でもたまに実家に帰った時は合ったり?」

「あはは」

 その朗らかな笑顔も、湯浅のものだった。

「私らは実家が違うじゃん。だからもう合わないよ」

「いや、そうかもしれないけど、さ」

「ねえ加瀬。実家が同じなら会うかもしれないけど、わざわざ私に会いに北海道までくる?」

 そう言われると、わざわざ行く、とはいえないけれど、北海道に旅行する時は会ったり……したいなと思っていた。でもそんな機会って現実的に、本当にあるんだろうか。なんだか頭の中が冷えていく。

「私はあんたが親友でとても楽しかったよ」

 ふと目を上げればやはり、いつもと同じ表情の湯浅がいた。けれどもなんだか、同じ人間とは思えない。

「あ、私も楽しかった、けど」

「だからこれからも元気でね! バイバイ」

 そうして湯浅はすっかり軽くなったトートバックを肩にかけて出ていった。なんとなく、私との思い出も全部私に返却されたように思われた。私と言えば、喫茶店にビニール袋をもらってサンプル品をつめ、途中のゴミ捨て場に捨てた。

 あれからもう3年経ち、湯浅からは一度も連絡がない。連絡をしようと思ったことはあるけれど、電話口で誰って言われそうで怖くてかけられなかった。

 思えばあの喫茶店で話し合っていた時、途中から私も湯浅も過去形だった。だからあの時すでに、湯浅との関係は未来に繋がらない思い出になってしまっていたんだと思う。


Fin

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