第33話 真実の愛を教える者

 ゆったりと湯船に浸かるのはひどく久しぶりの気がした。


 平和が壊されてからまだ三日くらいしか経っていない。

 恐ろしく濃密な日々だった。



 ダイチがマギアを使って瓦礫を退けてくれたおかげで、寮の自室に入ることができた。

 泥だらけになった服を着替えられるのはありがたい。

 だけどこの部屋に入ると、嫌でも陽彩ちゃんがミヤに奪われた時のことを思い出す。



 風呂から上がり、黒い攻略ノートを開いた。

 念のため残りのタスクを整理しておこう。


 まずはメシア博物館へと向かい、ヒカルの体を祈りの間へ持って行く。

 ボクとミナセ達で祈りの儀式を行い、ヒカルを目覚めさせる。


「すると、デバックルームへの道が現れるんだったな」


 その道を辿ってミヤに会いに行き、あいつが満足するまで彼女を愛する。

 ヒカルいわくそういう話だった。


 無理矢理愛されたところでミヤは満足するのだろうか。


 とはいえ彼女を心から愛するのは難しい。

 別の方法で満足させることができればいいが。


 最悪の場合ミヤを殺すしかないだろう。

 彼女と互角に戦えるのは同等の力を持つヒカルだけだ。

 あいつにそれができるならとっくにミヤは死んでいる。


 考えれば考える程詰んでいるな。

 思わずため息が零れた。


内藤宗護ないとう しゅうごさん。随分と暗い表情をしているわね】


 姫野ひめのマモリがすっと現れた。


「ミヤを倒す方法を考えていたんだ」

【わたしの体で彼女に勝とうなんて100%無理だから、戦闘を仕掛けるはやめた方がいいわ】

「100%無理か」

【ええ。真堂まどうミヤは真堂ヒカルでしか太刀打ちできない。どうあがいてもね】


 マモリは陽彩ひいろちゃんのベッドに腰かけた。


「あの女も攻略できればよかったのにな」

【……不可能ではないわ】

「乙女ゲームで女の子を堕とすなんて、無理だろう」

【このゲームは既に壊れているのよ。もう乙女ゲームがどうなど関係ないわ】

「彼女を攻略できるとして、正解の選択肢がわからない」

【貴方、コミュニケーション能力が高くなさそうだものね】


 それは放っておいてくれ。


【……真堂ミヤについてわかる範囲で教えてあげる。ヒントになるかはわからないけど】

「なんでもいい。情報をくれ」


 マモリは語り始めた。


【『ヤミのマギア』は当初乙女ゲームではなかったと言ったわね】

「ああ」

【元々はRPGだったのよ。他のゲームとの差別化ができず、人気作と違ってウリも無かった。採算が取れないと判断されて開発が中断されることになったの】


 世知辛いが、商業作品なら仕方ない話だ。


【開発チームのひとりが『乙女ゲームにするのはどうか』と提案した。攻略キャラクターを全員ヤンデレにすることでウリを作り、元いたキャラクターと世界観を流用して今の形になったのよ】

「それとミヤに何の関係があるんだ?」

【真堂ミヤは元々RPGの主人公として作られたの。乙女ゲームの主人公にするには個性が強すぎたから、彼女を没個性にして年齢を引き上げたセカイが生まれた】


 だからミヤとセカイはビジュアルが似ていたのか。


【本来なら主人公として、自身と向き合ってコンプレックスを解消するストーリーが用意されていたのに……彼女の冒険は始まらなかった】


 創造物の悲哀という奴か。


【真堂ミヤの攻略に生かして貰えると嬉しいわ】



 集合場所に指定した地下の仮眠室に行くと、既にミナセ達三人は集まっていた。


「おっ、マモリちゃん。なぁ、何があったんだよ。ミナは誤魔化すし、狩人は黙ってるし。おれだけ蚊帳の外とかさみしーじゃん」


 ダイチと隣り合ってソファーに座るミナセは、こちらをじっと見て来た。


 ミナセからはあらかじめ「この世界や自分たちが作り物なことはダイチには黙っていて欲しい」と言われている。

 ショックを与えたくないようだ。


「なんかやばいこと起きてんだろ? 魔物は復活するし、おれ達みんな操られるし」

「ダイチ、だからそれは……」

「悪い奴が世界をぶっ壊したんだよなぁ。けどお前もそんなんなってるし、絶対それだけじゃねーよ!」


 ダイチは勘が鋭い。

 下手な嘘をついてもバレてしまうだろう。

 ミナセの望み通り「余計なこと」は言わないでおくが、それ以外は全部話した方がいい。


 ボクは自分のことと、魔物を復活させて世界を壊した張本人が真堂ミヤであること、ミヤがこの世界を都合のいいものに変えるためにミナセ達を操っていたことをダイチに話した。


「うへぇ、漫画かゲームみたいな話じゃん」

「信じたか?」

「まー、起きてることの説明が全部つくもんな。マモリちゃん……じゃなくて、宗護だっけ? お前が異世界から来たってのだけはちょっと信じらんねーけど」


 ボクが同じことを言われたら、相手をライトノベルを読み過ぎで頭がおかしくなった奴だと認定するだろう。


「今の方が素ってのはわかるぜ。にしても、思った通り悪い女の子だよなー。おれ達のこと全員騙してたなんてさー。あ、女の子じゃなかったっけ? 全部嘘だったとかミナもショック受けるよなぁ。遊園地でおれに『自分のばっかり』とか言ってたけど、お前の方がそうじゃん」


 すべてもっともなので何も言い返せない。


咲衣さくい、あまり言ってやるな」


 ホムラがフォローをしてくれた。


「けどさー、こいつめちゃくちゃ自分勝手じゃん。騙しておいて、いざおれたちの力が必要になったら協力しろってさー」

「この世界を救うには宗護君をお手伝いしないと」

「ミヤちゃんが世界を壊すのって、陽彩ちゃんって子と二人っきりになりたいからだろ? 二人の邪魔しなきゃおれ達だけは見逃してくれるんじゃねー?」

「ミヤちゃんはこの世界を壊しちゃったんだよ。そんなことしちゃ駄目だって怒ってあげないと」

「おれは世界をぶっ壊してくれて嬉しかったけどな。なんならこの島の外の世界も全部ぶっ壊して欲しいぜ」


 ダイチはミナセの方に向き直った。


「お前だって一族から期待されまくってしんどいだろ? 外の世界が全部なくなったら解放されるじゃん」

「それは……」

「おれ、ミヤちゃんの気持ちわかるんだよなー。蔑ろにされんのってムカつくし。愛してくれる人間がいたら嬉しいじゃん。おれだって力があれば愛してくれる人間以外の全部壊しちゃうかもなー」


 ダイチはミヤ側の考えというわけか。


 祈りの儀式は、心に迷いがあったら上手く行かない。

 ダイチを納得させないことには儀式は成功しない。


「陽彩ちゃんとミヤがお互いに二人でいることを望んでいるならボクも止めない」


 ダイチはまたボクの方を向いた。


「宗護は陽彩ちゃんって子が好きなんだろ。だったら側にいたいんじゃねーの?」

「ボクの望みは彼女が幸せでいることだ」

「綺麗ごとじゃん」

「どう思って貰っても構わない」

「……なんで、誰かのためにそう思えるんだよ」


 弱々しい声でダイチは呟いた。


「彼女のことを愛しているからだ」


 愛するだけで力が湧いて来る。

 生きる希望になる。

 それだけで十分だ。


「……羨ましい奴」


 ダイチは両膝を両腕で抱え込み、元々小柄な体をさらに小さくさせた。

 ミナセは奴の姿を見つめ、慰めるように肩を叩いた。


「宗護君。僕はこのまま君に協力するよ」


 ミナセが口を開いた。


「ミヤちゃんは可哀想なんだ。君の話を聞いて彼女がお兄さんから愛されてるのはわかったよ。他にも愛してくれたひとがいたと思うんだ。だけどミヤちゃんは満足できなかった。陽彩ちゃんから愛されても満足しなくなる日が来るよ。心のどこかで『自分は愛されない』って思ってるから」


 ミナセがそう分析するのは、ダイチの姿を近くで見続けていたからだろう。


「ミヤには本来、自身と向き合ってコンプレックスを解消する力があるらしい。」


 ボクが言うと、ダイチはハッとしてこちらを向いた。


「彼女に会って本来の姿をとりもどすことは、本当の意味でミヤの救いになるかもしれない」


 ダイチは珍しく真剣な様子で何かを考えていた。


「……お前に協力したいとは思わねーけど、ミヤちゃんのためなら手伝ってやってもいいぜ」


 やがてダイチは口を開き、そう言った。

 ミナセは満足げに目を細めた。



 これで無事に祈りの儀式ができる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【長編】ヤミのマギア~ヤンデレ♂がヤンデレしか登場しない乙女ゲームのヒロイン……の親友キャラ♀に転移した~【ファンタジー/サスペンス】 桜野うさ @sakuranousa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ