第32話 二人目の男の『闇』を払え

 ゴーレムは木々をなぎ倒しながら猛スピードで進んで行く。



 マモリの説明によると、ダイチは一体の操作に集中することによりゴーレムの能力を高めているらしい。


「ということは、残った二体は馬鹿になっているわけだな」

【ええ。司令塔を失ったわけだもの】


 なら二体はホムラ達に任せよう。

 奴らなら上手く倒してくれるはずだ。


咲衣さくいダイチは王侍おうじミナセにかなり接近しているわ】


 ただ親友に会いに行くというわけではないだろう。

 ミヤの待つデバックルームへの道を開くためには、ミナセもダイチも死なすわけには行かない。


 操られてなお親友に執着するとは恐れ入る。

 ミナセも自分の価値をわかっているからこそ囮になったのだろう。

 だが勝算はあるのか。あいつに限って考え無しということはないはずだが。


 ダイチを乗せたゴーレムを追いかけ森を渡っていると、やがて視界が開けて海が見えた。

 ミナセは有利フィールドまでダイチを誘い出すつもりだったんだな。


 断崖絶壁を背景に、二人が対峙していた。


 ミナセが詠唱する。

 崖の下から海水が渦を巻き上昇した。


 海水はドラゴンのように蛇行してゴーレムに襲い掛かった。

 ダイチの守備魔法により防がれる。

 数度ドラゴンによる攻撃が入るも同じことだった。


 加勢だ。


 限界まで強化した風のマギアをゴーレムにお見舞いした。


 相性はいいはずなのに、これもまた守備魔法に阻まれてノーダメージだ。


 固すぎる。


 ボクはミナセに貰った痺れ薬を風に混ぜた。

 ゴーレムが手の平でダイチを庇い、当たらなかった。

さらにゴーレムには効果がないようだ。


 こうなればダイチがミナセに気を取られている内に、ゴーレムによじ登ってダイチにクリスタルを近づけてやろうか。


 隙を見てゴーレムの足に齧りつこうとしたが、勢いよく足で払いのけられた。


 ダイチは視野が広い。

 スポーツ全般が得意なだけある。


 戦ってダイチを足止めしながらホムラとファイアーウルフを待つか。

 奴らが来れば勝機はある。


 そう思っていたが、悠長に構えることができなくなった。


 ゴーレムの手が、断崖の際にいたミナセの体を掴んで持ち上げたのだ。

 あのまま力を入れたら即死する。

 すぐに助けないと。


 だが取れる手段は何もない。

 またマギアをぶつけてみたが焼け石に水だった。


 ミナセを見やると、奴と目が合った。

 助けを求めている視線ではない。

 策があるのかもしれない。


 ミナセの考えは読めないが、ボクはできることをするだけだ。

 ホムラ達の援護を得るためにも、一秒でも長く時間を稼ぐ。


「ダイチ! 自分が何しようとしてるかわかってるのか!」


 ボクは大声で叫んだ。

 ダイチはボクに視線を移した。


「邪魔者を消そうとしてるんだよ」

「そいつはお前の親友だろ?」

「……ミナはそう思ってない。だからおれのこと殺そうとしたんだ」


 祈りの間でミナセがダイチを水の牢獄に閉じ込めようとした時のことか?

 随分と根に持っているじゃないか。


「ミナセは操られていた」

「操られてるからって親友を殺そうとするか?」

「その言葉はそっくりお前に返してやる!」

「……ミナを殺せば、もうどっか行ったりしねーもん」


 なにヤンデレみたいなこと言ってんだよ。

 いや、こいつヤンデレだったな。


「どこまでも自分勝手な奴だ。大切な相手なら全力で守れよ」

「お前におれの気持ちなんかわかんねーよ」

「わからないな。例え相手に嫌われてようが、蔑ろにされようが、愛しているなら相手の幸せを願うもんだろ」

「お前の考えを押し付けんな!」


 ゴーレムがミナセを握る手に力を込めた。

 ミナセが苦し気な声を上げた。


宗護しゅうご……君……」


 ゴーレムの手中で、ミナセは絞り出すような声を出した。


「ダイチを……元に、戻してあげて……」


 声は弱々しかったが、ボクを見つめる濃いブルーの瞳には意思が宿っている。


 次の瞬間、ミナセを握っていたゴーレムの腕にひびが入った。

 そのまま、水を含んだ泥みたいに崩れて行く。

 恐らくミナセがマギアを使ったのだ。ダイチに気づかれないように少しずつ。


 ゴーレムの腕から逃れたミナセは崖から落下して行った。


「ミナ!」


 ダイチは咄嗟にゴーレムを操り、残った腕を崖下に向かって伸ばした。

 奴の注意は完全にミナセに向いている。


 今だ!


 ボクは膝を折って屈んだ体制になっているゴーレムをよじ登り、ダイチにクリスタルを近づけた。

 クリスタルはちかちかと何度か点滅した。


 ダイチは苦しんでいた。

 やがて動かなくなった。奴まで崖の下に落ちそうになったので慌てて腕を引っ張った。


 ダイチを地面の上に寝かせると、ようやく息をつけた。

 作戦通りにはいかなかったが今回もなんとかなった。


【内藤宗護さん。王侍ミナセのことだけど】

「……無事だろ」

【ええ】


 ミナセは優秀な水のマギア使いだ。

 溺死なんてあり得ない。


 さっき奴は、ボクにダイチを元に戻すのを優先するように言いたかったはずだ。


【彼のことを信じているのね。狩人ホムラのこともかしら。或いは咲衣ダイチのことも】

「……まぁ、それなりにはな」

【ふふ。まるで仲間のようね】

「茶化すだけなら消えてくれ。ボクは疲れているんだ」

【……お疲れ様】


 マモリはふっと消えた。


 ボクはその場に座り込み、ホムラが来るのを待った。

 魔物が襲って来るかもしれない時に、気絶したダイチを放置することはできない。

 ゴーレムが木々をなぎ倒して来たおかげで、ホムラは迷わずここに辿り着くだろう。


「……信じている、か」


 母が家族を皆殺しにしてからというもの、誰かを信じる気持ちなんて忘れていたな。



 数分後、ホムラとファイアーウルフが姿を現した。


 ホムラはダイチの姿を見つけると駆け寄って来た。

 ボクは安堵させるために奴が無事なことを伝え、ミナセが崖の下に落ちたことも説明した。


「だが、ミナセは生きている」


 ホムラは崖から海を覗き込んだ。


「あそこにはオレが行く」


 奴がそう言った後で、ダイチが飛び起きた。


「ミナ!」


 ダイチが目覚めると、死んだように動かなくなっていたゴーレムも動き出した。

 ゴーレムは残った方の手でダイチを握ると、そのまま崖の下へとダイブする。


 ボクは慌てて崖の下を見た。


 ダイチはマギアで崖から岩を生やしており、ゴーレムはそこに着地していた。


 階段状に次々と足場を作って行く。

 ゴーレムは難なく一番下まで降りた。


 ホムラは無言でゴーレムに続いた。


 ボクは足場と足場の間の高さに立ちすくんだ。

 こんなものどうやって降りればいいんだ。


 服を引っ張られた。

 ファイアーウルフがボクの制服の裾を咥えている。

 乗れと言っているようだ。


 ボクが跨ると、ファイアーウルフは足場の間を何度も華麗にジャンプして磯に降り立った。


 崖に、おあつらえ向きの洞窟が空いていた。

 洞窟は真新しく、今まさに作られたといった感じだった。


 洞窟の中にはミナセ、ダイチ、ホムラがいた。

 ミナセは全身ずぶ濡れになっていたが、ダイチは構わず抱き着いていた。


「おれ、お前が死んだと思って……! おれ、おれ……!」

「水は僕のお友達だよ。お友達は僕を殺したりしないよ」

「け、けどおれさっき本気でお前のこと……」

「ダイチは操られてたから仕方ないよ。元に戻ってよかった」


 ミナセは愛する女性を、ホムラは家族を、ダイチは親友を手にかけるところだったわけか。

 真堂ミヤめ。エグいことをする。

 まるで愛というものに復讐でもしたいみたいに。


 もしもボクが陽彩ちゃんを手にかけそうになったら……間違いなく死を選ぶだろう。



 ともかく、これで三人の「ヤミ」を払うことができた。


 休んでマギアを回復させてから、メシア博物館に行こう。

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