第31話 解かれた封印と巨人達

 森の奥に来たのは初めてだ。

 湿った青い匂いが鼻を掠める。


 今朝、マモリにダイチの位置を確認してここにやって来た。

 ミナセとホムラは別行動させ、ダイチを囲うように配置した。


 ダイチはホムラ程ではないが戦闘力がある。


 だけどボクは心のどこかで「こっちの戦力なら楽勝と行かなくても勝てるに違いない」と思い込んでいた。


 背の高い木々の間から顔を覗かせる三体の巨人の姿を見るまでは……。

 優に五メートル、いや、もっと大きい。


「あれは何だ?」


 ボクはうろたえ、マモリに問いかけた。


【ゴーレムよ】

「ミヤが召喚したのか?」

【いいえ。彼らは森の奥に封印されている魔物。恐らく咲衣ダイチが封印を解いたのよ】


 森の奥には魔物がいると噂されていたが、本当だったのか。


【ゴーレムの体は土で出来ているから、地のマギアの使い手である咲衣さくいダイチは彼らを使役できるの】

「マギアって便利な力だな」

【誰でも魔物を使役できるわけではないわ。それも三体同時なんて、とても難しいことをしているのよ】


 ダイチは優秀過ぎる兄二人と比べて落ち込んでいるだけで、デキが悪い奴ではない。原作でもそんな設定だった。


「作戦を立て直した方がいいな」

【そうね】


 ボクはミナセとホムラがそれぞれいる場所まで向かい、二人を集めた。


 森の、ダイチのいる場所から離れたところで再び作戦会議を行う。


「あんなのと一緒にいるなんて……。やっぱりひとりじゃ寂しかったのかな」


 ミナセは森の奥を見つめ、言った。


「早くダイチを助けて、傍にいてあげたいよ」

「……王侍おうじ、お前は隠れていろ」


 ホムラがひと際低い声で言い放つ。


「ダイチは一番のお友達なんだよ。僕が助けてあげなくちゃ!」

「ゴーレムとやり合えば、お前はただでは済まない」


 ホムラの言葉にミナセが黙ったのは、戦力差が嫌でもわかっていたからだろう。

 ミナセはよく勉強しているから、魔物についても知識があるはずだ。

 属性相性やフィールド強化バフなども当然知っているだろう。


 森では地属性にフィールド強化がかかる。

 ゴーレムの属性は闇ではなく「地」だ。

 水属性は地属性に弱い。

 加えて、森では水属性にフィールド弱体化デバフがかかる。


 ゴーレムはかなり強力な魔物らしい。

 素の状態でもミナセとの戦力差は激しいのにこれでは……。


「お前が死んだら咲衣はどうなる」


 この世界にエリクサーは存在しない。

 死者を蘇らせる寺院みたいな施設もだ。

 マモリいわく元はあったようだが、乙女ゲームになったせいで消え去った。


 未使用データは閲覧できても流石に使うことはできない。


 ミナセの体には強力なリジェネがかかっているが、即死すれば発動しないだろう。


 死んだ人間は生き返らない。

 手ごわい(恋愛)シミュレーションって奴だ。


「……狩人かると君、宗護しゅうご君。お願い、僕の代わりにダイチを助けてあげて」


 また涙を溢すミナセの頬を、子犬の魔成獣が慰めるように舐めていた。


 ホムラは強く頷き、ボクの方に視線を移した。


「内藤も危険な時はすぐに逃げろ。護りきれるかわからない」

「わかった」


 ミナセにも後方から支援して貰いつつ、一体ずつ確実にゴーレムを倒すことにした。

 ゴーレムは胸部にコアがあり、これを破壊すれば戦闘不能になるらしい。


 ボクがダイチを翻弄して隙を作り、ホムラとファイアーウルフに攻撃させる。


 ゴーレムは命令無しでも動けるらしいがあまり頭はよくないそうだ。

 司令塔であるダイチをボクが押さえれば、あいつらなら倒してしまえるだろう。



 出来る限りの準備を整え、ボクとホムラ、ファイアーウルフはダイチのところに向かった。



 ダイチは三体のゴーレムの内、一体の肩に乗っていた。

 ロボット物の主人公かよ。


 ダイチが乗っているゴーレムには迂闊に攻撃できない。

 殺すわけにはいかない味方と敵が混在しているパーティーとの戦闘は面倒だ。

 RPGでもたまに見る奴だな。


 普通のゲームだったら味方を殺せばゲームオーバーになってセーブデータからやり直せるだろう。

 あいにくこのゲームではどうなるかわからない。


 ダイチがいなくなればデバックルームに入れず詰むことはわかっている。


「内藤。咲衣を乗せたゴーレムを、他の二体からなるべく引き離してくれ」


 ホムラとファイアーウルフはボクがマギアを強化している。

 奴らに思い切りやらせるためにも、ホムラの言う通りした方がいい。


 ボクは意を決し、ダイチを乗せたゴーレムの前に向かった。



 ゴーレムが歩くたびに地面が揺れた。

 あんな足で踏みつぶされたら終わりだな。


「ダイチ! ボクが相手になってやる!」


 なるべく近づいて大声で叫ぶと、ダイチがボクに気づいた。

 途端にゴーレムがボクに向かって拳を振り下ろした。


 さっきまでボクが立っていた地面は無残にも抉られた。


「そんな攻撃当たらないんだよ!」


 ゴーレムはめり込んだ腕を重そうに持ち上げると、二発目のパンチを繰り出した。

 図体がでかい分動きはトロい。

 速度を強化したボクの敵じゃないんだよ。


【後ろからもう一体来ているわ!】


 マモリの声に、弾かれるように横に飛んだ。

 地面が大きく揺れて砂塵が舞った。


 安心したのもつかの間、目の前にもう一体のゴーレムが現れた。


 やばい。


 ボクに迫る拳を、赤い閃光が突き刺した。


 ホムラのボウガンだ。


 近くにボクとダイチがいるから威力を落としているのだろう。

 矢は簡単にゴーレムに振り払われた。


 次々と矢が放たれるがまったく効いていない。

 早くダイチをここから離さないと。



 ダイチは何かを探しているようにあちこちに視線をやっていた。


 こっちを見ろ!


 ボクは奴に向かって突風をお見舞いした。

 だがゴーレムの体の一部を盾に変形させ、防がれた。


 別の一体がボクに攻撃しようとした。

 炎を纏ったファイアーウルフがゴーレムに突進して食い止めた。


 ダイチは自分を乗せているゴーレムに命令し、ファイアーウルフを踏み潰そうとした。

 その足に再びホムラが矢を放つが、威力が弱すぎてノーダメージだ。

 ファイアーウルフは素早く体を横転させてゴーレムの足を逃れた。


 ダイチはゴーレムに命令すると、今度はホムラに攻撃をさせた。


 混戦になってしまった。


 ボクはホムラやゴーレムたちから距離を取り、遠くからダイチの乗っているゴーレムに攻撃した。

 まったく効いていないようで無反応だった。

 こちらに気づいてすらいない。


 何とかダイチをボクに注目をさせられないか。


 こういう時賢い奴なら、すぐに打開策を思いつくのだろう。

 遠くから見ているだけでも状況を正確に把握して的確な支援を行うことができる。


 ずっと向こうで噴水が天高く舞い上がった。

 水は落ちる時、宝石みたいな塊りになって煌めいていた。

 ボクはあれを以前にも見せて貰った。


 ダイチの視線は煌めくもの達に奪われた。

 さっき奴が探していただろうものがそこにあるからだ。


 途端に物凄いスピードで、噴水が上がった方向にダイチを乗せたゴーレムは走り出した。

 今までのトロさはどうしたんだ。


 ボクはゴーレムを追いかけた。

 ミナセを死なせないために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る