第30話 君と過ごした平和な世界をまた
目の前で、波が寄せては返している。
水平線は相変わらずバグ画面のようなカラフルなノイズに浸食されていた。
浸食は徐々に酷くなっている。
世界の終わりまで秒読みというところだ。
ボクは海から視線を剥がし、ミナセに回復魔法を施されているホムラを見ながら考えた。
奴にどこまで現状を話すべきか。
ホムラはミナセよりずっとメンタルが安定しているし、すべてを話しても問題ないかもしれない。
だがミナセをあんな状態にしてしまったせいでどうしても慎重な考えになる。
ホムラの性格ならやるべきことを伝えるだけでも協力してくれそうだ。
余計なことは言わないに限る。
「また
ミナセはホムラに無邪気な様子でそう言った。
「そうか」
「ダイチにも早く会いたいよ」
「
「だって僕たち一番の仲良しだもん。ダイチはひとりが嫌いだから今頃寂しがってるよ。またひどい怪我をして泣いてるかも。死んじゃいそうになってたらどうしよう……」
急に不安になったのかミナセは子どもみたいに泣き出した。
「
「だってダイチが心配だし、変なこともいっぱい起きるから」
そう答えた後は泣きじゃくって言葉になっていなかった。
ホムラは慰めるようにミナセの肩を優しく抱いてやっていた。
ミナセのメンタルは昨日より安定していると思ったがまたパニックになっている。
戦闘で無理をさせたし、回復のマギアを使い通しで疲れているせいだろう。
友人のホムラが戻って来て緊張の糸が切れたのもあるかもしれない。
ホムラはミナセを落ち着かせてからボクに視線を向けた。
「
「ちがうよ。その子は姫野さんじゃなくて
泣き止んだミナセは瞳を拭いながら言った。
「どういうことだ」
ホムラはボクに問いかける。
……これはもう全部話さないといけないな。
「説明は後だ。まずは休めるところに移動しよう」
ボクが言うとホムラは了承した。
ミナセは納得がいかないようだ。
「早くダイチを助けに行こうよ」
「今日はもう戦闘は避けた方がいい。お前だって疲れているだろ」
「僕なら平気だよ!」
そう言ったあとでミナセはくらりとよろめいた。
ホムラが咄嗟に支えた。
「王侍、焦るな」
ミナセの気持ちはわかる。
ボクだって早く陽彩ちゃんを救いたい。
「ミナセ。食事と睡眠をとって体を回復させたらすぐにダイチを救いに行く。今日は休め」
「……うん」
ボク達は学園の地下にある仮眠室に移動した。
途中で食堂にも向かった。
ホムラが食堂の冷蔵室に料理を保管しているのを教えてくれたから、まともな食事ができた。
保存食だけでは味気なかったので助かる。
食事を終えた後、ミナセをシャワー室にやってからボクはホムラに話を切り出した。
ミナセに話を聞かせてまた不安定になられても困るからだ。
ボクはホムラに現状をありのまま伝えた。
ホムラは話を聞いた後、しばらく黙っていた。
やがて「わかった」と呟いた。
無表情なので感情が読めない。
「どこまで理解したんだ」
「咲衣を正気に戻す。『神』を復活させる。真堂ミヤを止める。やるべきことはこれでいいか」
こいつの言う神とは
「間違いない。……取り乱したりしないのか」
「この世界が同じ時間を繰り返している予感はしていた」
マモリが言っていた通り、ホムラはヒカルとプログラム上で密接な繋がりがあるからだろうか。
「王侍は何も知らなかったのだろう」
「そうみたいだな」
「それに姫野の話をしている時、あいつはいつも嬉しそうだった。全部嘘だったのは悲しいだろうな」
ボクはまた胸の中に重い物を感じた。
「あいつには悪いことしたかもしれないが、ボクは愛する女の子を救いたかった」
「……何かを犠牲にしてでも成し遂げたいことがあるのは理解できる」
ホムラはファイアーウルフの背に手を置いた。
こいつも他人を犠牲にして愛する家族を救おうとしていた奴だ。
だがボクという他人を気に掛けるくらいに優しいから、そこは全然ボクと違うな。
「お前が『神』の力を持っている理由もわかった」
ボクはポケットの、ヒカルの力が入ったクリスタルを触った。
神の力とはこいつのことだろう。
「……兄者は『神』の力を守ろうとしていた」
それでさっきファイアーウルフはボクを庇ったのか。
ホムラとその兄を攫った『狩人一族』は、真堂ヒカルを神と崇め、その復活を目論んでいる。
一族の都合のいいように育てられた二人にとって、ヒカルは特別な存在だ。
「内藤。オレはお前に協力する」
「助かるよ」
「明日はまず咲衣の居場所の把握からだな」
「それならすぐにわかる」
「『プレイヤー』の力か?」
「いや、姫野マモリの力だ」
「すごい能力だな」
ホムラの言葉に姫野マモリが姿を現した。
【彼はよくわかっているわ。褒めてあげてもいいわよ】
得意満面に言うが、ホムラにはマモリの姿が見えていなければ声も聞こえていない。
ミナセがシャワー室から出て来てから、明日の作戦を二人に伝えた。
ダイチに逃げられないように三方向から囲み、痺れ薬かミナセの身体支配のマギアでダイチの動きを止めてクリスタルを近づける。
【咲衣ダイチは素早い動きと反射神経のよさが厄介ね。だけど一番厄介なのは防御に専念されてしまうことよ。彼が本気で盾を作れば滅多な攻撃は通らないの】
マモリから事前にそう聞いていた。
「ならボクが強化のマギアをホムラに使うのはどうだ? 強化したあいつの火力ならダイチの盾だって壊せそうだ」
【咲衣ダイチごと壊れるかもしれないわ。相手をあまり傷つけずに倒すのは、殺すより難しいのよ】
今回はこちらの方が戦力が上だが、楽勝とは行かないかもしれないな。
明日の作戦を聞いた後でミナセがこんなことを言った。
「ダイチを助けて、全部上手く行って世界が元に戻ったらまたみんなで遊びに行きたいなぁ。楽しかったよね。遊園地とか動物園とか。みんなでご飯食べたり」
四人でレジャーランドに行った時の話か。
原作にはない謎のイベントだった。
ホムラが頷いて同意した。
「楽しかったよ。全部作り物でも……楽しい気持ちは本物だったよ」
ボクはまたうるみ始めた濃いブルーの瞳をしっかりと見つめた。
「……ボクもあの時は楽しかったよ。レジャーランドなんて初めて行ったし。……友達と遊んだりしたこともなかったし。ボクは『マモリ』を演じていたけど、全部が嘘だったわけじゃない」
「宗護君……」
「お前たちのことも嫌いじゃない。……なんなら、現実の人間のほとんどよりお前たちと一緒にいる時間の方が長いし」
こんなことを言い出したのは、ミナセへの罪悪感からだろうか。
或いはもっと別の……。
「もしも世界が全部元に戻ったら……また一緒に行ってもいいくらいだ」
「……うん」
深いブルーの瞳が細められた。
「今度は宗護君と行ってみたいな」
「ああ。次は水族館も付き合ってやる」
「狩人君もね。僕も可愛いオムライス食べようかな」
「ああ」
明日こそは平和な世界を取り戻しに行こう。
まるで勇者みたいだな……などと考えながら、悪い気はしなかった。
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