炊き込みご飯のセットした時間盛っただけなのに。
鹽夜亮
炊き込みご飯のセットした時間盛っただけなのに。
他愛もない一日。昼食を終え、ぼうっとしているとスマートフォンが鳴った。画面には『A』の文字が浮かぶ。
『お昼今日は炊き込みご飯にしようと思って』
SNSを開くと、その文言にほのかな出汁と筍の風味が香ったように思った。
『いいね。私はもうお昼食べ終えてダラダラしてるよ~』
炊き込みご飯の季節ではないが、今や旬は大して関係もない。いつでも大抵の食べ物は手に入る。軽くパンで済ませた自分の昼食を思うと、少し残念な気がした。
『炊き込みご飯に入れるお肉って臭みとかしっかり取った方がいい?』
続く返信に、若干の違和感を覚えた。炊き込みご飯といえば、使用する肉の多くは鶏肉だろう。確かに臭みはあるが、そう気にすることでもない。またAが元々よく料理をしていることを私は知っている。
『ん?鶏肉ならそんなに気にしなくてもいいんじゃない?』
『あー、そっかあ。気にし過ぎかな。ちょっと臭く感じてさ』
数日前にから揚げを仕込んだ時の生臭さが鼻腔によみがえったが、すぐに消えた。
『気になるなら生姜とか、入れてみるのもいいんじゃないかな』
『生姜!いいね。ありがとう』
通知は一旦止んだ。きっと調理を始めたのだろう。一方私は、昼食を終え、特にやることもない午後に穏やかな眠気を感じ始めた。少し寝るとしよう。
スマートフォンの音で目が覚めた。気怠い頭を起こして、画面を見る。そこにはAの文字と、写真が送られてきた旨を伝える通知が光っていた。眠い頭を起こすためにコーヒーでも淹れようかと脳裏で考えながら、通知を開く。
『できたよ~。やっぱ少し肉が臭い』
その文字と共に添えられた写真には、具だくさんの、美味しそうな炊き込みご飯が一人分写っていた。
『え、生姜入れてもダメだった?お肉古かったとかじゃないよね』
考えてみると、炊き込みご飯で入れた肉が臭い、という話はあまり聞いたことがない。肉の鮮度が落ちていたのだろうか。そうであるなら、Aのお腹が心配になる。
『ダメだった。お肉は鮮度いいよ。臭みがとれなかったのかなあ』
ふと横目に時計を見る。私は五分程度しか眠っていなかった。
『なんでだろう?っていうか、炊き込みご飯できるの早すぎない?』
『あ、実は結構前に炊き始めてたんだ。臭いが気になってBに連絡したの』
『あーなんでこんな嘘ついたんだろ』
『人生終わりかも』
『ほんとにごめんな』
なぜか連投されるそれに、一瞬違和感を覚えたが、軽い冗談だろうと私はノることにした。
『人でも殺したん?笑』
『一生かけて償うからほんとゆるして』
もう一度炊き込みご飯の写真が送られてきた。今度は炊飯器にいっぱいに入っている。ずいぶんと多い。
『いっぱい炊いたじゃん。二人暮らしだよね。食べきれるの?』
『作りすぎちゃって』
『でも当分一人なんだよね』
『ねえB、食べに来ない?』
スマートフォンをいじる手が止まった。一瞬背筋を駆け抜けた悪寒は、きっとホラー映画でも見過ぎたせいだろう。
『お肉が臭いってさ、何のお肉?』
『ジビエ』
『ねえ。B。食べに来てよ』
『お肉まだいっぱいあるの。食べきれない』
『臭いの。ねえB』
『きてよ』
インターフォンが、鳴った。
炊き込みご飯のセットした時間盛っただけなのに。 鹽夜亮 @yuu1201
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