第20話 衛兵とティーンスさん

 最後の一個となった謎肉サンドを頬張りながら西門まで歩く。


 少し考え深い。

 ゲームだと思ってこの街に降り立ってから約三日と少し。

 現実よりも密度の濃い時間を過ごしたと思う。これからもっと様々な事を経験をできると思うとワクワクが止まらないね!


 最後にお世話になったマーヤさんにでも挨拶しておくべきだったかな。

 そう思いつつ歩く。


 因みに横にはうとうとしながら瞼を擦るニーナがいる。

 案の定宿を尋ねると寝息を立てて寝ていやがったのだ。それを叩き起こして、西門に向かっている最中である。


 やがて西門が見えてくると、時間通りティーンスさんと――は?


 え、ちょ、待って。どういう状況?

 一体何があったんだ、ティーンスさん……。


 遠目からは豆粒にしか見えなかった姿。

 それは土下座して頭を地面に擦り付けている衛兵の姿だったのだ。

 肝心のティーンスさんと言えば、それを見下ろしている形だ。


 話しかけるのも憚れる雰囲気を醸し出しているティーンスさんに声を掛ける訳にもいかず、俺は空気だと思いながらそろりそろりと近付く。


 すると会話の内容が聞こえてきた。


「殺さないでくれ!! あんたの事は誰にも言わないっ!」


 命乞い……?待って、理解が追いつかない。

 この衛兵、ティーンスさんに何したんだ?いや、ティーンスさんが何をしたんだ?


「その確証はどこにある?

 俺としては、ここでお前を殺してしまった方がリスクが少ないのだが?」

「ひっ」


 殺意が暴風のように辺りに吹き荒れる。

 だが、ティーンスさんは俺達がいることに気付いていたのか、殺意の暴風がこちらに向かないように配慮してくれているようだ。

 その証拠に俺よりも強い筈の衛兵が口から泡を吹いている。しかし俺とニーナは足を震えさせるだけに止まっているのだ。


 てか、普通衛兵を殺す方がリスクだろ。

 この世界では人殺しも歴とした罪なはずだ。それも衛兵殺しともなれば、懸賞金が掛けられて兵団や騎士団が出る可能性もある。


 それとも、そこまでして隠したい事があったのか?


 てか普通二人の衛兵が門を守っているはずだよな……?

 辺りにはこの土下座している衛兵しか見当たらない。


 いや、よく見ると衛兵の詰め所から何人かの衛兵が首だけ出して、この様子を伺っているのが見える。

 あいつら酷いな。同僚を助けようともしないのは、どうなんだ?


 そう思っていると土下座している衛兵が俺に気付いたのか、口をパクパクと動かして「に、げろ」と言っている。


 この衛兵は俺とニーナをティーンスさんの知り合いだと思っていないみたいだ。

 しかも自分の事よりも他人の事を気遣ってやれる。中々できる事じゃない。


「ちっ」


 ティーンスさんが舌打ちをした。

 そう認識した瞬間、吹き荒れていた殺意が霧散し衛兵達の意識が奪われた。


 詰め所のから顔を出していた衛兵達が雪崩のように倒れ、土下座していた衛兵は地面に頭を打ちつけるようにして白目を剥いた。


 こ、殺したのか?


「フィエル、ニーナ。お前達にはどうせ見せるつもりでいた。

 ああ、安心しろ?殺してはいない。意識を一時的に奪っただけだ」


 ティーンスの身体を濃密な魔力が巡っているの見えた。それが眼に集っていく。

 【魔力感知】のおかげで見えるのだろう。それだったら賢者のニーナの方がより精密に見えるんじゃないか?


 そう思い、横をちらりと見ると青褪めた顔でティーンスさんを凝視するニーナがいた。


 ああ、これは恐ろしいものが見えたっぽいな。



「【塗り潰される記憶】」



 そう聞こえ、視線をティーンスさんに戻すと眼に集っていた魔力が消えていた。

 視線を動かしても辺りに異常は見られない。というか技名的に、記憶に干渉する能力か?


「……さて、行くとしよう」


 そう言って詰め所の入り口に向かっていくティーンスさん。

 いろいろと訊きたいことがあるのでついていきながら、返事を返す。


「お、おはよう。ティーンスさん。

 今のは記憶を消す能力か?

 というか野暮かもしれないが、その能力があるというのに何故殺そうと……?」

「その通りだ。今のスキルは対象の記憶の一部を塗り潰す能力。……が、

 このスキルは魔力消費が高い。何度も連発できるものではないのだ。

 だから念の為、今この場では使いたくなかった」


 こちらに目を向けず、淡々と横たわる衛兵をどかして扉を開けながら話すティーンスさん。


 やっぱり記憶を消す関係の能力だったようだ。

 まあそりゃ相手の記憶に干渉するスキルなら魔力消費が高くて当然か。


 それでも少し不思議な点がある。それは、レベルが上がるほど魔力の回復速度も上がるはず。加えて、A級ともなると恐らく定番の魔力回復速度アップなどのスキルを持っていてもおかしくない。それでも補えないほどの魔力消費なのか?


 それに、この場では使いたくなかったという言葉が気にかかる。

 もしもの話だが、ティーンスさんが何者かに追われていて、彼の魔力を感知して寄ってくるって可能性もあるのではなかろうか。

 いや、俺の想像力が豊か過ぎるだけか。


「……なるほど」


 ティーンスさんが市壁の外側へ通じる扉を開ける。

 その後に俺達も続いた。


 衛兵達には悪いが通らせてもらうよ。

 そう思い、気持ちを切り替える。


 そう言えば、現在時刻は朝方……ギリ、スケルトンがいるかいないかの境だな。


『カタカタ』


 やっぱりいたかスケルトン。

 位置的に門に群がっていたであろうスケルトンが一斉にこちらに駆けてくる。


 戦っていいか?の意を込めて目線をティーンスさんに向けると、頷き


「フィエル、ニーナ。あれはお前たちに任せた」


 と言って跳躍した。


「は?」


 あり得ないような跳躍力を見せたティーンスさんは、市壁の上に腰掛けたようだった。


 いや、呆けている場合じゃない。ティーンスさんには色々突っ込みたいところだが、まずは目の前のスケルトンたちだ。

 数は大体40近く。その中には中々足の速い者も居る。恐らくあれは骸骨兵士だろう。


 ……いやいや、なんでこんなに集まってるんだよ!?

 俺一人で片付けるのは流石に無理がある。ここは賢者サマにも頑張ってもらわないといけないのだが……。


 その賢者サマというと市壁の上を見上げて、未だに呆けた顔で棒立ちしているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不遇職:農民だけど悪役ロールプレイしたいので生産しつつ最恐になるため頑張ります! ボンジュール田中 @bonzyu-ru_tanaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ