第19話 順位、そして夢 sideフィエルorティーンス

 宿に帰ってこの世界では初めてとなる、身体を洗うという行為をした。


 桶にお湯を溜めた物を用意してもらって布を浸してそれで身体を拭くという、この世界主流の身体を洗う方法である。

 他には川で水浴びするという現代人は絶対やらないであろうことも主流だそうだ。


 女性でも川で水浴びするというのだから驚きだ。


「それにしても251位、ねぇ……」


 俺は先程確認したプレイヤーランキングの事を思い出して溜息を吐いた。


 順位の基準は『レベル』と『実力』である。その『実力』には生産系も含まれているらしく、そのお陰もあるのか俺は1000位以内にランクイン出来たのだろう。

 この順位は三十分ごとに変動するらしく、1000位付近のプレイヤーの名前が入れ替わっていた。


 こればかりは目標、夢の為に高望みしなければいけない。

 『史上最悪・最凶の悪役』を目指すならば、プレイヤーランキング一位なんて通過点に過ぎないと思うのだ。


 現状この世界には未知の敵や強者がアホほどいる。

 一介のしがない錬金術師を装っていたマーヤさんでさえあの迫力なのだ。未だに勝てる気がしない。


 遅くとも後二ヶ月以内にはあの領域にまでは辿り着きたい。

 その時にはTOP10プレイヤーも物凄い実力を持っているだろう。


 因みに今のTOP10のプレイヤー達の顔ぶれはこんな感じだ。


 一位『【炎骨迎雷えんこつげいらい】 匿名 C級冒険者』

 二位『【秘蔵庫に憑かれし者】 ガル・エッケラー E級冒険者』

 三位『【死者殺しの勇者】 匿名 C級冒険者』

 四位『【光食らいの聖騎士】 鉄壁のゲイ C級冒険者』

 五位『【誉汚しの不審者】 匿名 D級冒険者』

 六位『【炭本集癖】 匿名 C級冒険者』

 七位『【正邪行進】 グラミ・フォージャー C級冒険者』

 八位『【花波の剣化】 匿名 F級冒険者』

 九位『【天我狂乱】 竹鞠 C級冒険者』

 十位『【朱守の外糸】 匿名 D級冒険者』


 TOP50以上は殆どの者が二つ名のような物を持っていた。

 『殆ど』と言った通り、異名を持っていない者もいるのだが、流石にTOP10には異名無しは居なかった。


 掲示板の話では冒険者はB級以上から異名を持つらしい。

 しかし、表示を見る限り異名持ちのプレイヤーがB級冒険者に達しているとは見受けられない。


 俺は勝手に何となく、神様が異名を与えたのではないかと思っている。


 それにしても竹鞠……。

 掲示板で危険人物認定を受けていたプレイヤーが九位なのか。


 こいつの悪行は数知らず。

 依頼横取りに魔物の横取り、森への放火に孤児への暴力。

 掲示板に上がっているだけでもこれだけある。


 こいつに関しては攻略板でも一目を置かれている存在だ。


 迷惑プレイヤーなのに偶に情報を落として去っていく無法者。

 それが竹鞠への俺の印象だ。

 正直現時点俺よりかなり悪役している。


 しかし俺の目指す悪役はこういう小者臭がするやつじゃない。

 世界中の誰もが畏怖し忌避する、そんな存在になりたいのだ。


 しかしどちらにせよ、竹鞠くらいは超えないといけない。

 そのためにはまず明日からの旅やダンジョンを経てレベルを上げる事。


 俺は意欲を燃やしながらなんとか眠りについた。






 ◇◆◇◆◇《side:ティーンス》


 私は夢を見ている。


 意識が灯った瞬間にそう思った。


 過去に見た事がある景色。過去に取り残された景色。

 アルビア王国軍、カムバフリア第二基地、大食堂。


 ――どうせ、今回も悪夢なのだろう。決まりきったことだ。

 過去は変えられない。


 そう溜息を吐こうとして出ない。

 ……やはりここは夢の中だ。


 この若かりし頃の身体を動かす権限は、意識だけの、塗り潰された私には無い。

 動かすことができるのは、夢の中で、過去の中で生きる私しかいない。


 何度も見過ぎていて、この時点ではもう取り乱すことも無くなってきた。


 当時も鋭かった五感が俺の方へ向かってくる足音を捉える。

 ガヤガヤとうるさいこの空間でもわかる、特徴のある足音だ。


 ずっしりとしていて、それでいて静か。しかし存在感のある足音。


「なぁにいつまでもしんみりした顔してんだ!

 お前は俺の相棒だろうが。そんな事では兵卒に示しがつかんだろ?」


 後ろから大岩でも乗っかってきたかのような重さを肩に感じた。

 彼が私の肩を組んできたのだ。


「カトロ大隊長……私は彼を引き留めるべきだったのでしょうか。

 いや……今からでも」


 ああ……そんなに悲痛な顔をしながら問いを返すな。

 これが大隊長が先陣に立つ理由になってしまう。


 嘆いてももう遅い。

 私は抗えず、この悪夢を追体験するしかないのだ。

 しかし、私はいつかこの声が過去の自分に届くと信じている。

 だから何度でも、何度でもこの先の絶望を回避させるために叫ぶ。


 せめて、せめて、私も一緒に先陣に立つことを強く進言しろ……っ!


「爺さんの意思は固かっただろ?

 爺さんも自分がもう戦いに貢献できない事を悟ったんじゃないか。

 俺も爺さんはまだまだ戦えるとは思ってはいるが、爺さんが退役するというのなら俺達にそれを止める強制力はない」


 その時、私もそのことは理解していた筈だ。


 第五戦線付近に位置するこの第二基地で去ってしまった人を未練がましく待つというのは、戦時中にあるまじき行為。

 しかし、ここで悩んでいなければ私はもうこの世に存在してないかっただろう。


「そう、ですよね。

 気持ちを切り替えて、明日から大隊長と同じ戦線に立たせて頂きます」

「いや、お前はまだ俺と同じ場所に立たなくていい。

 大分身体が鈍っているだろう?第三戦線辺りで待機しつつ仮想訓練をしてこい」

「……承知いたしました」


 これが大隊長との最後の会話だった。

 後に聞いた話では、大隊長は四肢をもがれて生きたままゆっくりと咀嚼されたそうだ。



「大隊長……。クッソっ!!」


 場面が変わり、私の執務室にて机を叩く私の右腕が目に映った。


 私は大隊長の訃報でまたもや感情的になっていた。


「私が無理を通してでも、大隊長の隣にいれば救えたかも知れないのに」


 そう嘆いても大隊長は帰ってこない。

 そしてその時、別の問題も発生していた。


 また場面が変わる。


 王都や街からの補給部隊が来ない。

 話では軍主導の元冒険者や傭兵を雇って運ばせているという話だったはずだ。


 私はその時、嫌な予感が頭を過ったのだ。

 こういう時だけ、私の勘は当たる。


 転移魔法陣のスクロールを発動しようとしても王都に飛べない。

 敵が転移阻害の魔法でも張っているのかとも思ったが、それは違っていた。



 私は駆けた。

 王都に向かって駆けた。


 軍用馬車で二週間の距離を、休まず走って三日で走破した。


 ――やめてくれ。もう見たくない。


 王都は壊滅していた。


 向かったのは私の邸宅。

 中に入ると魔物が我が物顔で闊歩しているのが目に入った。


 明らかに魔物に占拠されている。

 これではもう、妻は、息子は――。


「はっ、はっ、はっ……」


 息が乱れる。

 これだけは私の意識と合致していた。


 この時私は王都で決められていた避難所に向かうべきだったのだ。

 そうすれば凄惨な現場を見ることもなかったはずだ。


 妻と私の寝室に、息子と妻の死体はあった。


 息子は腹を斬られ、腸がぶちまけられていた。頭は陥没し片目がない。


 妻は――見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない。見たくないんだ、頼む。


 足を千切られ、局部は裂け、胸を噛み千切られていた。

 ここで何があったのか想像しようとして、心が拒む。


「おぇぇぇぇ……ゴホッエホッ」


 あろうことか、私は愛した者達の近くで、その亡骸を見て吐いてしまった。

 それを悔やみつつ、想像してしまった。


「あ゛あ゛あぁ……!

 ……許せない。許しはしない」


 ――許せない。たとえこの身が尽きようとも、かの魔王の脳髄を腸を――



「ぶちまけてやる」



【条件を達成しました】


【心を塗り潰した憎悪を感知しました。心核が反応します】


【――――――――――】




「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 布団を押しのけて勢いよく上体を起こす。

 そして私は顔を覆ったのだった。

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