第112話 炎魔アルマゲスト(前編)

 まぶたに降り注ぐ青い光で、わたしは目を覚ました。

 洞窟どうくつ天井てんじょうに群生する水晶すいしょうが、まるで星空のようにまたたいている。


「ん……」


 体のつかれはまだ残っているものの、意識ははっきりしている。

 横を見ると、イリスも同じように目を覚ましかけているようだった。


 彼女かのじょの銀色のかみが、水晶すいしょうの青い光を反射してキラキラとかがやいている。

 その横顔は記憶きおくもどしたせいか、どこか物憂ものうげだ。そして、そのおくにはいまだ燃えたぎるいかりがれている。


「ミュウちゃん! イリスも、やっときたー!」


 シャルの声が洞窟どうくつひびき、水晶すいしょうがその振動しんどうに反応してかすかに音をかなでる。

 キィン、というんだ音色が、幾重いくえにも重なって反響はんきょうする。


 シャルはわたしたちのかたわらで、ずっと見守っていてくれたみたいだ。

 彼女かのじょの赤いかみも、青い光の中で不思議な色に染まっている。


「すまぬな、シャル。心配をかけた」


 イリスがゆっくりと体を起こす。その動きには、まだ少し力が入っていないように見える。


「いいのいいの! それより、イリスの記憶きおくは? ちゃんともどった?」


 シャルの質問に、イリスは少し目をせた。

 その表情には、いまだいかりと悲しみが混ざっている。ひとみおくで、何かが燃えている。


「ああ。父上の最期さいごも、マーリンとの戦いも、そして……『かく』のこともな」


 彼女かのじょの声には力がめられていた。赤色のひとみに、決意の色が宿る。


「クロムウェルの居城――というより、王城、『終末のとりで』について話そう」


 イリスは立ち上がり、洞窟どうくつおくにある大きな水晶すいしょうに手をれた。

 まるで生きているかのように脈打つ水晶すいしょうは、彼女かのじょの手に反応して光を強める。

 ……すると、水晶すいしょうの中にきりのような物がうずを巻き始める。なんだろう、あれ。


「『終末のとりで』は、かつてわたしの父が築いた城。父上の死後、魔王まおうの分家たる魔族まぞく、クロムウェルがそこを居城としたのだ。王の不在をいいことにな」


 水晶すいしょうの中に、巨大きょだいな城の姿がかびがる。

 漆黒しっこくの岩で造られた尖塔せんとうが、赤い空にさるようにびている。

 尖塔せんとうからは、まるで血管のように赤い筋がっていた。


 その周りには、まるで生きているかのようにうごめ魔力まりょくうずが巻いていた。

 うずは不規則に脈打ち、時折稲妻いなずまのような光を放っている。


「ここまでの道のりは――」


 その時、突然とつぜん洞窟どうくつが大きくはじめた。水晶すいしょうが不規則に明滅めいめつし、不協和音をかなでる。

 その光の明滅めいめつが、まるで恐怖きょうふおびえているかのよう。


 その振動しんどうで、天井てんじょうから小さな石が落ちてきた。

 カラカラと転がる音がひびく。石の一つが水晶すいしょうに当たって、不気味な音を立てた。


「な、なに!?」


 シャルがけんく。金属音が、水晶すいしょうの音と重なる。

 彼女かのじょの手には、すで黄龍こうりゅう勾玉まがたまの力によるかみなりまつわりついていた。


 洞窟どうくつの外から、異様な咆哮ほうこうが聞こえてきた。

 いくつもの声が重なり合い、その声は洞窟どうくつかべふるわせ、水晶すいしょうを共鳴させる。


「外の魔物まものたちがさわがしいな……」


 イリスが顔をしかめる。彼女かのじょの表情には、明らかな苛立いらだちの色がかんでいた。


「様子を見てみよっか」


 シャルが洞窟どうくつの入り口に向かって走り出す。彼女かのじょの足音が、水晶すいしょう反響はんきょうする。

 一歩ごとに、水晶すいしょうかろやかな音色をかなでた。


 その直後、シャルは入り口で立ち止まった。

 彼女かのじょの背中が明らかに緊張きんちょうしているのがわかる。


「う、うーわ……」


 わたしも入り口まで行き、外を見た。そして、思わず息を飲んだ。


 洞窟どうくつの周りにいた魔物まものたちが、まるで発狂はっきょうしたかのように暴れ回っていた。

 その動きは不自然で、糸であやつられた人形のようだ。


 普段ふだんは文句を言いながらもおとなしくしていたかれらが、今は目を血走らせ、たがいにき合っている。

 するどきばが肉をく音が不気味にひびく。


 その体からのぼる赤い蒸気のような物が、魔物まものたちの狂気きょうきをさらにあおっているかのようだ。

 蒸気は生き物のようにうごめき、魔物まものたちの周りをまわっている。


「この蒸気、この熱は……! アルマゲストの仕業か!」

「アルマゲスト? 四天王の?」


 その瞬間しゅんかん魔物まものたちは一斉いっせいにこちらを向いた。無数の赤い目が、わたしたちをらえる。

 その目は、まるで血に染まったルビーのようにかがやいている。


 その目には、もはや理性の欠片かけらも残っていなかった。

 純粋じゅんすい憎悪ぞうおかたまりと化し、ひとみおくにはうずを巻く狂気きょうきだけが見える。


「クソがぁぁぁ! クソクソのクソが!」

「みんなみんな死ねばいいのにいいのにいいのにいいのに!」

にくにくにくにくみ~~~~い!」


 魔物まものたちのさけごえが、重なり合う。

 その声には、これまでとちがい人間のような感情が混ざっていて、それが余計に不気味だった。

 声にふくまれる憎悪ぞうおが、まるで実体を持ったかのように空気をふるわせる。


「完全に正気を失っているな。フン……ちょうどいい。我も少々苛立いらだっている……消してやろう」


 イリスのつぶやきに、わたしは背筋が冷えるのを感じた。

 彼女かのじょの体から放たれる魔力まりょくが、水晶すいしょうとどろかせていく。


「では――が声をかせてやろう」


 イリスの声がひびいた瞬間しゅんかん、周囲の空気がこおりついたような感覚。

 まるで時間そのものが止まったかのように、世界が静止する。


 水晶すいしょう不吉ふきつな音を立て、そのかがやきが徐々じょじょに赤みを帯びていく。

 青かった光が、まるで血に染まるように変化していった。水晶すいしょうの表面には細かいヒビが走り始める。


 彼女かのじょは一歩前に出ると、ゆっくりと口を開いた。その銀色のかみが、見えない風にれ始める。


 そこからこぼれ出たのは、人の言葉とは異質なひびき。

 まるで深海からひびいてくるような、底知れない音色。


 まるで複数の声が重なり合ったような、不協和音めいた歌声。

 低くうなるような音から、金属がきしむような高音まで、様々な音が混ざり合う。


 それはわたしの耳を通り過ぎ、脳を直撃ちょくげきするような感覚だった。


 理解できない言葉が、わたしの意識をさぶっていく。

 それは古代の言葉なのか、それとも魔族まぞく固有のひびきなのだろうか。


「うっ……!」


 思わず耳をさえる。シャルも同じように苦しそうな表情をかべていた。

 彼女かのじょの手の中で黄龍こうりゅう勾玉まがたまが不規則に明滅めいめつし、その光が彼女かのじょ苦悶くもんの表情を照らし出す。


 魔物まものたちは、イリスの歌声に反応して一斉いっせいに動きを止める。

 その赤く光る目が、恐怖きょうふに満ちた色に変わっていく。

 瞳孔どうこうが縮み、まるで底なしのやみを見たかのような表情をかべる。


(これまでとはちがう……。すごく攻撃的こうげきてきな歌……!)


 歌声が次第しだいに大きくなり、わたしの体の中で共鳴するような感覚。

 骨がふるえ、内臓がさぶられるような感覚におそわれる。


 水晶すいしょうが不規則に明滅めいめつし、まるでイリスの歌に合わせておどっているかのよう。

 その光の波が、洞窟どうくつかべに不気味なかげを映し出していく。

 そして――


「――ッ!」


 イリスの声が一気に高まった瞬間しゅんかん衝撃波しょうげきはが放たれる。

 その波動は目に見える形で空気をゆがませ、水晶すいしょうを共鳴させる。


 目の前の景色けしきゆがみ、魔物まものたちの体が赤い光に包まれた。

 その光は暗闇くらやみくようにあざやかで、まるで血の色をした稲妻いなずまのよう。


「グアアアアアア!」

「イヤッイヤアアアア!」


 さけごえと共に、魔物まものたちの体がはじけ飛ぶ。

 その声には、人間のような恐怖きょうふなげきが混ざっている。


 まるでガラスがくだけるように、体が赤い光の中で粉々になっていく。

 粉砕ふんさいされた体は光の粒子りゅうしとなって宙をい、やがてやみの中にけていった。


 くだけた命の光のうずの中で、蒸気は霧散むさんしていく。

 赤いきり一瞬いっしゅんだけ形を保とうとしたが、イリスの歌声の前では無力だった。


「す、すご……」


 シャルが絶句する。わたしも言葉を失う。

 これが本来の魔王まおうの力……? ヴォルグとの戦いでもどした力はこんなにも大きかったんだろうか。


 歌声は次第しだいに収まっていったが、その余韻よいんは空気の中に長く残り続けた。

 水晶すいしょうがかすかに共鳴し、かすかな音をかなで続ける。


「ふぅ……」


 イリスがため息をつく。その表情には、まだいかりの色が残っている。

 銀色のかみが、ゆっくりとかたに落ちていく。


「イリス、大丈夫だいじょうぶ?」


 シャルがる。イリスは小さくうなずいた。

 そのひとみの赤みは少しずつうすれていっている。


(辺りの魔物まものはいなくなったけど……まだ敵は近くにいるっぽい……)


 わたしはぼんやりとそう考えながら、辺りを見回す。


 イリスの歌声は、確かにこの一帯の魔物まものを完全に消し去っていた。

 残されたのは赤く光を放つ水晶すいしょうと、魔物まものたちが消滅しょうめつした後に残された黒い痕跡こんせき

 そして……熱帯夜のような不気味な暑さだ。

 その暑さは、まるでだれかの息遣いきづかいのように感じられた。


「クッ……策が外れたか」


 低い声が、どこからともなくひびいてきた。その声には苛立いらだちがにじんでいる。

 まるでほのおのような奇妙きみょうひびき。


 洞窟どうくつの入り口付近の空気がゆがはじめ、そこからほのお渦巻うずまくように現れた。

 ほのお次第しだいに人型を形作り、やがて一人ひとり巨漢きょかんの姿となる。

 その過程で、水晶すいしょうが放つ青い光がほのおし負けるように、赤く染まっていく。


 全身をおおう赤いよろいは、まるで溶岩ようがんで作られたかのようにゆがみ、光を放っている。

 胸部やけん部の装甲そうこうにはりゅう紋様もんようが刻まれ、その目玉が実際の宝石のようにかがやいていた。

 装飾的そうしょくてきな角の生えたかぶと隙間すきまからは、燃えるような金色のひとみわたしたちを見下ろしていた。


「四天王の……えんアルマゲスト、だな」


 イリスが冷たい声で告げる。その声には、明らかな敵意がめられている。

 周囲の水晶すいしょうが、その声に反応してきしむような音を立てる。


「フン……先代魔王まおうむすめ。力がここまでもどっているとはな。油断したわ」


 アルマゲストの声には、明らかないかりが混じっている。

 その体からのぼる熱気で、周囲の水晶すいしょうきしむような音を立てる。

 よろい隙間すきまからは、まるで内部に火山をかかえているかのように、赤い光がれ出している。


「貴様の『煽動せんどうほのお』など、所詮しょせんは下等なわざが歌にはかなわぬ」


 イリスの挑発的ちょうはつてきな言葉に、アルマゲストの体がより強く発光する。

 そのいかりは、周囲の温度を一気に上昇じょうしょうさせ、わたしはだあつさを感じさせた。あっつ!


「下等だと!? クロムウェル様からたまわった力を侮辱ぶじょくするかァァ!」


 かれ怒声どせいと共に、熱波がわたしたちをおそう。真夏のような暑さに、思わず目がくらむ。

 水晶すいしょうが熱できしみ、小さなヒビが入り始めている。


「ちょっとー! 暑すぎなんだけど!」


 シャルがさけぶ。彼女かのじょの赤いかみが、熱波でがる。

 しかし、アルマゲストは彼女かのじょの言葉など聞いていないかのように、さらに激昂げきこうした様子を見せる。


ほのお愚弄ぐろうするか! おろかなる人間ッ!!」

「してないけど!?」

「いいやしたッ! おそらくなァ!」


 コ……コミュ強のシャルがマトモに会話ができていない。人間語わかってないのかな……。

 しかし、そのいかりに任せた大声の中に、わたし違和感いわかんを覚えた。

 暑さで目がチカチカする中、わたしかれの表情を凝視ぎょうしする。


(なんか……わざとらしい?)


 アルマゲストのいかりは確かに本物に見える。

 しかし、それは何か別の意図をかくすためのもののように感じられた。


 わたしの視線に気づいたのか、アルマゲストは一瞬いっしゅんだけ目を細める。

 その目には、計算するような冷たさが宿っていた。ほのおの中にひそむ氷のような光。


「さてイリス様。ここまでのあなたの行動、たくさんえて見ておりましたぞ」

(「たくさん」て何)


 突如とつじょ、アルマゲストの声のトーンが変わり、ほのおが弱まる。

 それは役者が舞台ぶたいを降りたかのような自然さだった。

 よろい隙間すきまかられる光も、一瞬いっしゅんだけ落ち着きを見せる。


「何?」

「『煽動せんどうほのお』による魔物まものたちの暴走。そして、それをしずめるためのイリス様の力の発露はつろ……。

 おかげで、貴様の力がいまだ完全ではないことが判明した!!」


 アルマゲストの声が再び燃え上がる。何なのこの人……起伏きふく激しすぎなんだけど!


「な……」


 イリスの表情が強張こわばる。確かに彼女かのじょの力は完全にはもどっていない。

 リリアンをのがしてしまったせいで、魔力まりょくそろっていないし……。

 その事実をかれ、彼女かのじょの表情に一瞬いっしゅんすきが生まれる。


「この程度の力ではクロムウェル様にはかなわぬ。帰ってそう報告させていただこう」


 振り向き、背を向けたアルマゲストのよろい隙間すきまから、ほのおし始める。

 そのほのおは、先ほどの赤い蒸気とはちがう、純粋じゅんすい破壊はかいの力を帯びていた。

 水晶すいしょうに映るほのおかげが、獰猛どうもう野獣やじゅうのようにうごめく。


「――いいややっぱり! おれがここで殺してやる!!」

「!?」


 アルマゲストの体が再びほのおに包まれ、こちらに振り向いた。

 周囲の温度が急激に増加する。水晶すいしょうが次々とヒビを入れ、くだけ始める。


情緒じょうちょ不安定すぎでしょコイツ!」

「……まぁよい。ヤツのペースに飲まれるな。かかってくるなら、殺してやるだけだ!」


 イリスが魔力まりょくを散らす。アルマゲストがえ、ほのおす。

 厄介やっかいな戦いが始まりそうだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コミュ障すぎて会話するだけでMPが尽きる最強ヒーラー〜追放されたけど、うるさい陽キャ剣士と組んで旅に出ます〜 玄野久三郎 @kurono936

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画