第3話 㒒従は如何に

図書 達者であるぞォー。

奥方 お殿さま、出放題(でほうだい)なんぞにお応(こた)えなされて、恥辱恥辱。

図書 (笑いながら)ハハハ、出放題にだまされてやるのも、頭(かしら)に立つ者の

   役目じゃ。庭掃き、まじないのようなものを並べても分からぬ。何が云いた

   い。

娘子 されば、『言之葉典』、第三、第四(しぃー)、五、六(ろく) (ろく)、七(しち)

   を跳びこえて、ミズノエトラ年発(としはつ)、畢竟(ひっきょう)、2022

   (にーまるにーにー)年発(ねんはつ)、第八(はち)版(はん)いわく――、


          ・4人カブリ、トッテイル。

          ・以下、娘子、奥方、図書、㒒従の4人でカノン(輪唱)。4

           人各人が別々に▼から▲まで謡う。順番は、娘子、奥方、

           図書、㒒従。初めに、娘子が▼から謡いはじめ■にかかっ

           た時、次の奥方が▼から謡いはじめ■にかかった時、3番

           目の図書が▼から謡いはじめ■にかかった時、4番目㒒従

           が▼から謡いはじめる。各人▲まで謡い通す。当然、終わ

           り方も各人に時間差が生じる。謡い速度は各人適当で可。

           他の人の調子に合わせなくて可。


娘子・奥方・図書・㒒従(カノン)

   「▼人間のうち、子を生むための器官を■、持って生まれた人の性別。また、

   生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分はこの性別だと、感じている人

   も含む。▲」


娘子 「人間のうち、」

地謡 「子を生むための器官を持って生まれた人の性別。」

娘子 「また、生まれたときの、」

地謡 「身体的特徴と関係なく、」

娘子 「自分は、」

地謡 「この性別だと感じている人も含む。」と謂(い)えり。


          ・図書、力なく肩を落とす。

          ・㒒従、再び問う。


㒒従 さてと改めまして、ズショのカミさま、おなごとは如何に。

図書 イヤハヤ、わしに断り無しに、勝手な説明を付けるとは認めがたき、ならん

   ならん。

奥方 ナランナランのカランカラ、ああ、くりごとの情けなや。これたれか、持て

   持て、持てェー――


地謡 薙刀アアアー。


奥方 ――ではない。給金袋。

図書 お、トウーートツー。何ゆえ。

奥方 庭掃きおなご、炯眼(けいがん)ひときわ熙(ひろ)く、図書ノ頭の役目を果たし

   たゆえ、図書ノ頭の給金をそのままやりまする。等しい仕事、等しい給金、こ

   れ今様(いまよう)にございまする。

図書 奧(つま)が良人(おっと)の侮辱を作って何とする。

奥方 殿は十分つくされました。ご勇退あそばせ。若芽をめでましょう。

㒒従 この話、春秋ノ守へ持ち帰りまする。

奥方 顛末(てんまつ)、未(いま)だし。わらわはおなごか否か、如何にと再び問うて

   辞せ。

㒒従 畏まってござる。図書ノ頭のお殿さま、奥方さまはおなごや否や、教えて御

   教示願いヨコまつりまする。

図書 この強権ぶり、おなごで在る筈がなかろう、問うな問うな。

㒒従 では奥方さま、御本人の思いは如何に。

奥方 おなごに在るぞ。


          ・娘子、一差し(少し)舞うて、註=舞うは滑稽おどりと解

           するも可。


娘子 で、ござれば、『言典』第八版いわく、「この性別だと感じている人」とし

   ていますゆえ、奥方はおなごにござりまする。


          ・娘子ふたたび、つづきを舞うて、


娘子 ――して、為(し)て、㒒従(ぼく)どのは如何に。


          ・㒒従も一差し舞うて、


㒒従 如何にとは如何に。

娘子 おのこやおなごや、いかにいかに、烏賊(いか)に章魚(たこ)。

㒒従 奇天烈な問い掛け、見ての通り。

娘子 見ての通りならば、奥方さまには何ゆえ問われた? 㒒どの、春秋ノ守の使

   いとは方便、真の心は、おまえさま自身のことを解き明かしたかったのでは

   ありませぬか。


          ・㒒従、ふたたび舞うて、狂ったごとく。


㒒従 貴殿、何の権化(ごんげ)。見抜いていたか。われ、外見(そとみ)と中身(うち

   み)とは己(おの)が身なれど異なりて、ワタクシ㒒(ぼく)は、

地謡 ワタクシ㒒は、ワタクシーーィ㒒はァー、

㒒従 お・な・ご・と、思ーうーて、おりまーーするゥゥ。


                    ――幕

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新狂言「おなご」 鬼伯 (kihaku) @sinigy

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