第2話 言之葉典


          ・図書ノ頭、気弱に黒衣の人になる。

          ・㒒従、薙刀を持ってきて奥方に差し出す。薙刀は篠竹のよ

           うな物で表すも可、空手も可。


㒒従 これへ持って参りました。

奥方 なんじゃ、㒒が持ってきやるとは――、薙(な)ぐ気も失せた。

㒒従 薙ぐ気も失せて、(泣き真似をして)泣ぐ気も失せた。その気弱、おやさし

   い真似、「おなごが本来持つと考えられる性質を特に強く持った人」に、一部

   (いちぶ)お帰りあそばしますか、おなごが懐かしゅうございますか、如何に。

奥方 うっとおしい㒒め。

㒒従 左様なら、消え失せましょうが、サヨナラと。して、おなごの語義、「やさ

   しい、子どもを産む、弱い、受け身」然(しか)々(じか)ウマウマと、春秋ノ守

   に持ち帰って宜しゅうございまするか。


          ・図書頭、その場で被り物をトッて、


図書 無論じゃ。一人二人の例外は仕方なし、『言之葉典』略して『言典(ことて

   ん)』、ビクともせぬ。


          ・㒒従、背中を見せて帰りかけ、黒衣の人になる。

          ・図書、再び被り物ツケル。


          ・トそのとき、娘子、カブリをトッて、


娘子 あや、お殿さま、それで帰したでは悔いが残りまシェぬか。

奥方 庭掃きおんなが口を利く、なんと生意気。

地謡 なァーんとなんと、ナマイキ、イキイキ、イキムスメー。

娘子 生きていれば、生(なま)の意気、死んで仕舞えば、あの世の息。

奥方 これはおッ魂消(たまげ)たぞヨ。そちもおなごであれば、――やさしゅう弱く

   受け身であらねばならぬのに、出る杭(くい)の態(ざま)、悔いの残らぬよう

   に、『言典』を尊(たっと)ばねばなるまい。

娘子 悔いッポが残りーあそばされるツゥのは奥方さまで。先ほど、紙ッペラごと

   きに意見されてたまるかと息まいた様(さま)、おらもムシケラもお聞きアソン

   デ、アソバセましたヨ、あそびましょ。

奥方 何じゃ、そのヘンテコ・ヘンチクリン、それでどうした。


地謡 どしたどしたノー高松さまーノ、さまはさまでも、こけてザマねえ、えいとネ

   ッと。


娘子 こりゃー高圧線、でっけえ悔いッポが何ぼん建つだか。


地謡 庭掃きむすめ、庭掃きむすめめ、怖れを知らず、奥方さまのため、人のため、

   『言典』モ少し眺めて下さいましと、(傍白)㒒従(ぼく)のためにも、㒒従のた

   めにも……


          ・図書、カブリをトッて、


図書 なんと庭掃き、言典を知っておるか。

娘子 はい、ちょっとの一寸(いっすん)、一寸法師。


          ・奇妙なアクセント・イントネーションで読む。カッコ内の

           国名アルファベットはそれらしく読む。


娘子 ア行/アンニョンハセヨ(Korea)、オーラ(Portugal)、

   カ行/グーテン・ターク(Germany)、

   サ行/サルウェー(Latin)、ジャンボ(Swahili)、

   タ行/ダンセーズ(Namibia)、ドブリー・デン(Czech)、

   ナ行/ナマステ(India)、ニイハオ(China)、

   ハ行/パイヴァー(Finland)、ボンジュール(France)、

   マ行/ムラホ(Rwanda)、メルハバ(Turkey)、

   ヤ行/ヤスー(Greece)、

   ラ行/ラブディエン(Latvia)、

   ワ行/ワナッカム(Tamil)、

   他/どさ・ゆさ(Tohoku-ben)、ヨウ・オッカ(Kagoshima-ben)、達者ですか

ァー(Zipang)。


          ・どさゆさ:「どこさゆく?」「湯さ行く」という東北の日

           常語。

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