新狂言「おなご」

鬼伯 (kihaku)

第1話 おなごとは如何に 

       新狂言「おなご」


                         作 鬼伯




               資料:三省堂「国語辞典」第1版~第8版。

               作中では「三思堂(さんしどう)『言之葉典(ことの

               はてん)』」とする。



登場人物

・㒒 従  (ぼく)

・図書頭  (ずしょノかみ)

・奥 方  (おくがた。図書頭ノ妻)

・娘 子  (むすめご。庭掃除のやとい)

・地 謡  (chorosコロス、斉唱団)


・配役:為手(シテ)・迎合(アド)等を決めない。



          ・地謡も板付。

          ・㒒従、図書頭、奥方、娘子、無幕なのでこの順で登場。4

           者とも黒衣(くろこ)カブリを用いている。

          ・台詞を発しはじめるとき、各々カブリをトル。また退場を

           意味するときカブリをツケル。

          ・地謡はカブリをつけたまま。



          ・㒒従、カブリをトッて、


㒒従 もォーしもし。

地謡 もォーしもし。

㒒従 もしも…しも御在宅なれば、図書(ずしょ)ノ頭(かみ)さま、図書ノ頭さま、教

   えを御教示願いたく存じヨコまつりまする。

          

          ・ヨコまつります:タテまつります(奉る)のワザトの変態。


          ・図書頭、カブリをトッて、


図書 教えを御教示――ヨコまつるとは、妙なことば遣(づか)い、新語であるな。や

   や? 春秋(しゅんじゅう)ノ守(かみ)どのの㒒(ぼく)、何をヨコまつるとな。

㒒従 さすがのさすがに図書(としょ)の頭(かしら)さま、ヨコまつると仰(おお)せら

   るる。唐(から)のことばでございまするな。

図書 そこもとがいま、そう申した。


           ・傍白(ぼうはく):観客には聞こえるが、相手には聞こえな

            い台詞。


図書 この㒒、あなどれぬ。わしに花を持たせようとする気遣い。

   (傍白やめて)用を聞こう。


㒒従 用を聞かれるとはありがたや。さて、おなごとは如何(いか)にと問わば、御教

   示の教えは如何に。

図書 おなごと問わるれば、おのこでない方(かた)の、もう一つの生き物と答えん。

㒒従 されば、この㒒は如何が。

図書 おなごで無ければおのこ、おのこで無ければおなご。おのれについておのれ

   がおのれのことを解らぬとは……(傍白)こやつ痴(し)れ者(もの)か。

㒒従 (傍白)それなれば猿猴(えんこう)でも云える。図書の親分の位を、袖の下で

   買いつけたとの風聞、ホントやも。(傍白やめて)きちんと御教示あそばしま

   せ。㒒、春秋ノ守の使いなれば。

図書 きちんとト乞われて、チンと答えられぬはトショの恥。イヤヤァー、ズショの

   恥。免許皆伝『言之葉典(ことのはてん)』を用い出(いだ)して答えん。どォー

   ォれ、どれ。


          ・ちんと:整っているさま。ちゃんと。広辞苑。

          ・「言之葉典」を取り出すさま、扇子でも可、空手でも可。


地謡 どれどれ、どォーれ。やれ古い、古い古色蒼然、用いだし。

図書 三思堂(さんしどう)『言之葉典』カノエネの年発(としはつ)・第一(いち)ノ版

   (はん)いわく、「おなごとは、やさしくて、子どもを産み、育てる人」と誌(し

   る)しておる。


          ・カノエネ:庚子、1960年・昭和35年。


㒒従 まことに、まことに、トショの親分。

地謡 まァーことに、まァーことに、トショの親分。

図書 これこーれ、ズショのカミさまといえ、ズショのカミ、神であるぞ。

㒒従 はい、図書ノ頭さま。

図書 よーしよし。

㒒従 図書ノ頭さまの奥方さまは、おなごには在らせられませぬな。

図書 異(い)なことを申す。


地謡 いなこと、いなこと、いーな、いーなコト。


㒒従 奥方さま、未(いま)だ子を産めまするか? 産めますまい。であれば、おなご

   に非(あら)ず。オナゴに非ずんば、イナゴかオノコ。


          ・奥方、カブリをトッて、


奥方 㒒め、わらわが女人(にょにん)に非ず、男(お)の子と聞こえたが、ぞんざい無

   礼。仕置きしてやらん。


図書 怒るな、憤(いきどお)るな、憤怒(ふんど)するな。『言之葉典』キノエトラの

   年発・第二ノ版に、「女人とは、気持ちがやさしい、弱い、受け身である、な

   どのように、女が本来持つと考えられる性質を特に強く持った人」と有るによ

   って、仕置きなど、以ってのほか。


          ・キノエトラ:甲寅。1974年・昭和49年。


奥方 紙(かみ)ペラごときに、おなご然々(しかじか)ウマウマと意見されてたまり

   ますものかェ。㒒も言之葉典も、そこへ直れ。


          ・然々ウマウマ:鹿と馬をかけているが伝わらなくて可。


図書 いかんいかん、まあ鎮まれ鎮(しず)め。

奥方 いかん・ならんばかりの殿御(とのご)、情けなや。この㒒、赦しておいては我

   が家の恥辱。これたれか、持て持て、薙刀(なぎなた)アーー。こやつを薙(な)

   いでやらん

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