第6話

 朽縄くちなわに連行されたとき、すれ違い様に、片桐はこう言った。

郁奈ふみなが私のものにならないなら、あんたごと死んじゃえばいい」

 刑事には聞こえないように声を落として、私だけにそう言った。

 もし、私が片桐が今言ったことを朽縄に話したところで、信じてはもらえない。そもそも、私のした話はあらゆる方向で手詰まりだった。


 なぜ、私がくしの話を知っているのか、朽縄はこう続けた。

「櫛の情報は警察でも厳重に秘匿されていたことです」

 なぜ知っているのかと聞かれても、私には答えられなかった。

「どうしてあなたが知っているんですか。あなたの論証によれば、犯人以外に櫛を残していく人物はいません。犯人と警察以外に知らない事実を、あなたが知っているのはどうしてですか」

 どうして。どうして私は知っているのか。

 再び問われて、思い出す。

 櫛の存在を私に教えたのは、片桐だ。

 しかし、ここで問題が起きた。この状況で片桐から聞いたと証言するとして、はたしてこの男は信じるだろうか。

 刑事に対して開陳かいちんした推理を思い出す。

 私が犯人だった場合、櫛を残していくならば、誰かに濡れ衣を着せる意図のもののはずで、これまで誰かの犯行を示唆していなかったからだ。

 仮にここで、櫛の話を片桐に聞いたと話せば、それこそ片桐に濡れ衣を着せようとしていると思われてしまう。すると、私が櫛を置いていく合理性を証明することになる。そして、櫛を置いていったのは犯人のはずで、私が犯人ということになってしまう。

 なにより、片桐から口頭で聞いただけで、彼女が言っていたなんて証明できない。

 手詰まりだ。

 今はこれ以上なにを言おうと、私の容疑が晴れることはなさそうだ。

「刑事さん、櫛の話の前から、ずっと私のことを疑っていましたよね。それはどうしてですか」

 そう尋ねると、朽縄は「ふふ、ふ」と嗤いはじめた。

「先生、あなた、うっかり者ですね。幽霊騒ぎの話なんて、先生しかしていませんでした。部員の口止めを忘れていらしたんですか?」

 ああ、そういうことか。

 部員とのやりとりはほとんど片桐に任せていた。つまり、片桐が私の伝言を伝えないだけで、簡単にこの状況が作り出せるわけだ。私の命綱は常に彼女に握られ続けていたのか。

「先生、あなた、倉井郁奈さんに肉体関係を強要していたそうですね。バスケ部員のなかには郁奈さんから相談を受けていた生徒がいるんですよ」

 朽縄は、写真を取り出した。

 郁奈が私のアパートに入っていくところだった。

「こちら、先生のお住まいですよね」

 たしかに、郁奈は私の部屋に来ていた。でも、強要なんかしていない。私たちは恋人だった。

 けれど、恋人だったなんて、どう証明すればいいのだろう。それは、私たちしか知らない秘密だ。

 いや、厳密にはもう一人知っている。片桐だ。肉体関係の強要というでっち上げを話したのは片桐しかいない。

「先生、ご自分の淫行を隠すために、倉井郁奈さんを殺害しましたね」

 否定することができない。

「黙秘します。権利はあるでしょう?」

 最後の抵抗だった。あとはもう弁護士に任せよう。

「もちろん」と朽縄は答えて、私を連れて行く。


 警察署へ行く朽縄の車のなか、ふと思い出した。

「あの、刑事さん。スクールカウンセラーの方には証言をもらいましたか。倉井さんはカウンセラーに相談していたはずです」

 もし、カウンセラーがきちんと記録をとっていたなら、私の無実が主張できるかもしれない。

 微かに射した光明だった。

 車を運転する朽縄は、視線を前にやったまま話す。

「ああ、倉井さんにも偽証をさせようとしたんですか。彼女、カウンセラーにはなにも話していませんよ。すぐに相談に来なくなったそうです」

 ああ、そうか。

 秘密、だもんね。二人だけの。

 ごめんなさい、郁奈。

 嘘扱いされちゃったけれど、あなたの秘密を話してしまった。

 許してくれる?

「そうですか」

 それ以上、私はもう口を開かなかった。

 沈黙した車のなか、窓の外を眺めた。

 ねぇ、郁奈。

 あなたの名前を、ちゃんと呼びたかった。

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私と彼女は秘密を守る ものういうつろ @Utsuro_Monoui

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