最終話 駆け巡る熱

 私は慌てて二人の後を追います。

 庭園に出ましたが、そこに守護竜様と姫君の姿は見当たりません。

(お二方は一体どこへ?)

「何をなさるの!?」


 上空より聞こえてきた微かな声に、私は目を上げます。

 そこには本来の姿に戻った守護竜様が、バッサバッサと翼を大きくはためかせていました。

「グリフィン?」

 振り返った守護竜様の口元には、ロクサーヌ様がぶら下がっています。

(ロクサーヌ様!)

 守護竜様は私を一瞥するとすぐに首を巡らせ、山の向こうへと飛び去って行きました。



 小一時間も経った頃でしょうか。

 大きな翼の音と共に、守護竜様が戻っていらっしゃいました。その口元に、ロクサーヌ様の姿はありません。

「守護竜様、あの、ロクサーヌ様は……」

「返してきた」

「かえ、す……?」

「こんなのはいらんと、城の上に放り出してきた」

「……!」

 私はほっと息をつきます。

「どうした? まさか俺があの女を食ってしまったとでも思ったか?」

「い、いえ、そんな恐ろしいこと……」

 申し訳ありません、少しだけ想像していました。



 守護竜様の大きな翼が、とばりのように私の周りを取り巻きます。

「お前は、姫ではなかったのだな」

「……はい」

 守護竜様の静かな声に、私の眼から再び涙が流れます。

「嘘をついて、申し訳ありませんでした……」

「好きでついた嘘ではなかろう。あの女に強いられていのだな」

「なぜ、そのことを……」

 その時、足元を青いトカゲが走り抜けます。

 トカゲは一瞬、足を止めてこちらをふり返ると、すぐさま石の間へ姿を消しました。

「……全く、知っていたなら最初から報告すればいいものを」

 今のはトカゲに向けた言葉でしょうか?


「エレナ」

「私は……」

 涙をぬぐいながら、私は正直な気持ちを口にします。

「姫ではありません。ですから、守護竜様に」

「グリフィンだ」

「……グリフィンに与えられる特別な力など持ち合わせておりません。それでも」

 目を上げると、守護竜様の蒼銀色の瞳に、私の泣き顔が映っています。

「あなたの側に、いたいです」

「いたい、ではない。俺の側にいるのだ、お前は」

「グリフィン」

「俺がお前を、手放しはしない」


 翼に背を支えられ、私は守護竜様の固く大きな唇を受けとめます。

「特別な力を持ち合わせていない? なら、お前の手が触れるたび、俺の中で逆巻き駆け巡るこの熱は一体何だというのだ」

「グリフィン」

「他でもない、お前だけが俺に力を与えてくれるのだ」

 私は守護竜様の顎に両手を添え、今度は私から唇を寄せました。

「愛しています、グリフィン」

「俺もだ。愛している、エレナ」



――END――


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竜めづる偽の姫君 香久乃このみ @kakunoko

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